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都市をよむ:第8回 ツーリズムをよむ

世界で増加するツーリズム

現代の都市は「ツーリズム」を抜きに語ることはできない。世界中,特に先進国で定住人口あるいは労働人口の確保が課題となる一方,観光客の数は増加の一途をたどっている。これまでの都市がそこに住む住民を対象に計画されてきたとすると,これからの都市はそこに一時的に滞在する「ツーリスト」の視点からもつくられるようになるかもしれない。そのような仮説のもと,明治大学大学院,建築・都市デザイン国際プロフェッショナルコース*1で筆者が主宰するスタジオでは「ツーリズムからみた建築・都市」をテーマに研究・設計活動を行っている。今回はそのリサーチを通して,「ツーリズム」という視点から都市を語ってみたい。

*1 グローバルに活躍する建築・都市デザイナーの育成を目的に設立された大学院コース。国内外からの学生を対象に研究・設計教育を行っている。http://meiji-architecture.net/iaud/

冒頭に述べたように,世界中で観光客,特に海外からのツーリストが増加している。しかしながら,各国のインバウンドツーリスト数の変遷をみると,その増加のしかたは一様ではないようだ(図1)。例えば多くの国が2008年9月のリーマン・ショックを受けて,観光客数が一時的に落ち込んだのに対して,韓国,マレーシアなど,その影響をほとんど受けていない国も存在する。そしてその後の回復の度合いも各国で異なっている。そこには各国の観光政策への取組みの違いが出ているとも言えよう。ツーリズムは大きな経済効果をもたらし,我々の環境形成に大きな影響を及ぼすが,時にとても繊細に政治・経済の影響を受けやすいのだ。

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図版:図1

図1 各国の外国人観光客数の変遷
(THE WORLD BANK公表資料をもとに作成)

東京を変容させるインバウンドツーリズム

では,日本ではどうだろう。前回の東京オリンピックが開催された1964年に日本を訪れた外国人観光客は約35万人だったが,その50年後の2014年には約1,340万人と40倍近く増加している。そして日本政府は,今後この数を2回目の東京オリンピックが開催される2020年には2,000万人,そして2030年には3,000万人まで増やすとの目標を,ある種の期待感を持って掲げている(図2)。これには2030年に日本の人口が現在より3,000万人減少する想定とも大きく関連している。このような日本のインバウンドツーリズムの劇的な増加には国策としてのツーリズムのテコ入れがあり,2003年から始まった「ビジット・ジャパン・キャンペーン」や2007年施行の「観光立国推進基本法」などはその代表例と言えるだろう。

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図版:図2

図2 訪日外国人観光客数の変遷
(日本政府観光局公表資料をもとに作成/2020年,30年は観光庁の目標値)

ただ日本のインバウンドツーリズムも単純な右肩上がりを経験してきたわけではない。諸外国と同様に2008年のリーマン・ショックの影響から逃れることはできず,また2011年の東日本大震災も日本のツーリズムに大きな影を落としたのである。しかし,驚くべきはこの2つの危機の影響をあっという間に払拭し,これまでと同様な拡大を再び始めたことである。それを遂行させるために各地の行政が様々な観光政策を打ち出したり,また交通や旅行などを扱う民間企業でも多様な試みを行うなどの努力が行われたことは特筆すべきだろう。

当然のことながら,2020年にオリンピックを迎える日本の首都・東京にも,インバウンドツーリズムは大きな影響を与えている。外国人観光客は2004年には約420万人だったものが,2014年には約890万人と,2倍以上も増加している。この数字は東京の都市の風景を大きく変えている。銀座での「爆買い」や,サブカルの聖地・秋葉原などを満喫する外国人――ここで興味深いのは東京を訪れる観光客の国籍によって,観光エリアが異なっている点である。図3が示すようにアジアからのツーリストには購買意欲をかきたてる新宿や銀座が,そしてヨーロッパからの人々には日本の先端文化の発信地である渋谷が人気である。東京には海外からのツーリストがつくり出す,エリアのアイデンティティなるものもできはじめているようだ。

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図版:図3

図版:図3

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図3 東京を訪れる外国人の国籍別訪問エリア。
各国の観光客が訪れる場所を色分けしたこの図からは,アジアからの観光客(韓国,香港,シンガポール)に人気の新宿(青色)と,ヨーロッパからの観光客(イギリス,ドイツ,フランス)に人気の渋谷(ピンク色)の差が明瞭に分かる。またそれぞれの国の観光客がどのような形態で観光しているかを示す中央の円グラフからは,個人旅行が圧倒的に多いヨーロッパと,グループ旅行が多い中華圏からの観光客の差も明瞭に理解できる(東京都公表資料をもとに作成)

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「空間」と「時間」のデザイン

より具体的にツーリズムと都市の関係を探るため,一例として青梅市にフォーカスしたリサーチを取り上げてみたい。青梅市は東京の西部に位置する人口約14万人,新宿から電車で1時間ほどの距離にある都市である。緑豊かな山間に位置し,まちを西に進むにつれて,山に囲まれた市街地の幅は徐々に細くなっていく。青梅にはその豊かな自然だけでなく,美術館や酒蔵など文化施設のツーリストアトラクションも多いことから多くの観光客が訪れる。特に東京圏では数少ない日本酒の酒蔵は外国人にも人気である。しかし,それでも青梅を訪れる観光客は緩やかに減少しつつあり,さらには大きな課題となっているのが,観光資源の地理的なばらつきと,そこを訪れる人々の時間的なばらつきである。

地理的なばらつきとは,観光スポットが分散し,なおかつ,それぞれが惹きつける観光客数に大きな差があることから生まれる。市内で最も多くの人が訪れるのは御岳山エリアでのトレッキングや川遊びなどのレジャーアクティビティである。しかしながら,それ以外では集客に苦労しているエリアもある(図4)。このような空間的な不均衡をいかに解決していくかが地理的な課題である。

図版:図4

図版:図4

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図4 青梅市内の観光スポットごとの観光客数の比較。
この図からは多くの観光客の集まるエリアが,御岳山エリアを含む西側山間部と青梅鉄道公園などのある東側山間部にあり,その中間エリアの集客力が弱いことが分かる。また2001年と2010年の観光客数を比較すると,これら中間エリアに位置する美術館の集客力が他のエリアに比べて大きく減少していることが理解できる (青梅市公表資料をもとに作成)

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これに加えて,例えば1年を通して観光客の数が大きく上下する,時間的なばらつきがある。梅園の美しい3月*2,花火大会のある8月,そして紅葉の季節などは多くの人で賑わうが,なかなか人が訪れない時期もある(図5)。1年を通して,多様な魅力をつくり出し,恒常的に人々を惹きつけることが求められているのである。

*2 これまで多くの観光客を集めていた吉野梅郷は,梅樹がウイルスに感染したことにより,現在は閉鎖されている。そのため3月の観光客は激減し,この時期の集客が大きな課題となっている。

図版:図5

図5 青梅市の月別観光客数,2012年時点
(西多摩地域広域行政圏協議会公表資料をもとに作成)

青梅の観光にとっての課題である「地理的」あるいは「時間的」なばらつきを解消すること,つまり都市の「空間」と「時間」をツーリズムという視点からデザインすること。そのための建築的なアイデアを提示することが,スタジオで最終的に探求したことである。それには個々の建築のデザインよりも,それが建てられる場所あるいはその建設プロセスなどが重要視された。さらにはそのような建築を1日,1ヵ月あるいは1年を通してどのように使っていくかという問題が,建物のコンテンツの提案という形で示された(下図)。

もちろんこれらの提案はすぐに具現化できるものではない。しかし,スタジオの成果を青梅市の関係者の方々に発表したときに頂いた好意的なコメントは,建築がツーリズムというフィルターを通して,地域の活性化にまだまだ貢献しうることを予感させた。そのためのやわらかな思考が求められているのである。

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青梅をツーリズムからデザインする──スタジオの提案

写真:市内に残る旧織物工場

市内に残る旧織物工場
スタジオでは,こうした既存の建物に新たな価値を見出し再活用するなど,リサーチで明らかに なった青梅市の「地理的」「時間的」なばらつきを解消するための提案を行っている。また,そこにどのような人々が関わっていくかという,仕組みのデザインも提案した。

図版:人々の関わり方の仕組みをデザイン

人々の関わり方の仕組みをデザイン

図版:建物の再活用によって生まれる新しい観光エリアの想定

建物の再活用によって生まれる新しい観光エリアの想定
新スポット(中央の赤い柱)の影響が周囲に波及する様子を描く

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図版:既存の建物や地域の素材を活用するための設計案

既存の建物や地域の素材を活用するための設計案

作図:明治大学大学院 建築・都市デザイン国際プロフェッショナルコース 2015年度白井宏昌スタジオ
(須崎雄輝,丹波慶人,Fong Cheong Tai,黒木美沙,So Chun Kit Kevin,早川 侑,畠 佳久,藤 佳紀,右田 萌)

Profile:白井宏昌(しらい・ひろまさ)

建築家,滋賀県立大学准教授。早稲田大学大学院修了後,Kajima Design勤務。2001年文化庁派遣在外研修員としてオランダに派遣。2001~06年OMA(ロッテルダム・北京)に勤務。中国中央電視台本社屋などを担当。ロンドン大学政治経済学院(London School of Economics)都市研究科博士課程より「オリンピックと都市」の研究にて博士号取得。2008年には国際オリンピック委員会(IOC)助成研究員に就任。研究の傍ら2012年ロンドンオリンピックパークの設計チームメンバーとしても活動。現在,H2Rアーキテクツ(東京・台北)共同主宰。また明治大学大学院,国際建築・都市デザインコースなどで兼任講師も務める。

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