(仮称)紀尾井町計画オフィス・ホテル棟新築工事
現在,東京都心部では,多数の大型再開発が進んでいる。そのひとつが,「(仮称)紀尾井町計画」である。
旧グランドプリンスホテル赤坂跡地約3万m2に巨大な複合施設を整備する都下最大規模のプロジェクトだ。
莫大な資材調達と性能発注,建築の限界に挑戦する大規模な地下工事。
数々の難問を克服し,竣工に向けて繁忙が続く現場を紹介する。
【工事概要】
(仮称)紀尾井町計画オフィス・ホテル棟新築工事
- 場所:
- 東京都千代田区
- 発注者:
- 西武プロパティーズ
- 設計・施工者:
- 日建設計
- 用途:
- オフィス,ホテル,店舗,駐車場
- 規模:
- CFT・SRC・RC造(制震構造)
B2,36F,PH2F 延べ211,067m2 - 工期:
- 2013年1月~2016年5月(予定)
(東京建築支店JV施工)
都下最大規模のプロジェクト
東京都千代田区紀尾井町。江戸時代,紀伊徳川家や尾張徳川家,彦根井伊家などが屋敷を構えたこの地は,弁慶濠や清水谷公園などの豊かな緑が残る一方で,赤坂見附駅と永田町駅の地下鉄5路線が利用できる交通至便のビジネス街でもある。
ここで現在進んでいるのが「(仮称)紀尾井町計画」だ。2013年1月に着工した現場は,西武プロパティーズが“赤プリ”として親しまれた旧グランドプリンスホテル赤坂跡地約3万m2にオフィス・ホテル棟と住宅棟などを建設する。東京都指定有形文化財「旧李王家東京邸」の再整備も併せて行う計画で,総延床面積はおよそ22万7,200m2。これは2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け,都下で進むプロジェクトでも最大規模となる。
当社JVはオフィス・ホテル棟の施工を担当する。地上36階建て,高さ約180mの超高層ビルは,1~4階が約40区画の商業施設,5~28階は貸付面積が1フロア1,000坪を超える都内屈指の広さを誇る開放的なオフィスとなり,30~36階に客室数約250室のホテルが設けられる。設計・監理は日建設計が行い,外装デザインは米国の設計事務所コーン・ペダーセン・フォックスが務める。
現場では現在,躯体がほぼ完成して仕上げ工事が行われている。昨年秋から本格化した躯体工事は急ピッチで進み,突然現れた巨大なビルに行き交う人々が立ち止まって写真を撮るシーンも増えた。
現場事務所には130人ほどのJV職員が詰める。作業員は現在約1,800人。最大3,000人を予定しており,持ち場につくためのエレベーター待ち時間だけで数十分かかることもある。「ここは縦にも横にも現場が広い。厳しい工程のなか,工事が錯綜すれば様々なことが起きる。現場の隅々まで行き届く目が必要」と話すのは,現場を率いる野村祥一所長だ。六本木ヒルズや八重洲のグラントウキョウノースタワーなどに従事し,いくつもの大規模現場を完成に導いてきた。規模が大きいからこそ作業間の調整が非常に重要で,問題が発生した場合には,即座に対応することが大切だという。「ひとつのわずかな作業間の調整不足が連鎖的にトラブルを引き起こす可能性もある。職長会とも連携して体制を整え,工事を進めているところです」。
建築の限界に挑む大規模地下工事
現場の大きな山場は着工直後から訪れた。大規模な地下工事である。敷地は17mの高低差があり,掘削深度は最大で40m近くにもなる。乗り込みから工事を指揮してきた松井盛房副所長はいう。「約29万m3の莫大な掘削量と3万m2におよぶ山留面積,地下鉄との近接など種々の制約条件も厳しい。地下工事としては建築では類を見ない規模だと思います」。
なかでも,現場を悩ませたのが高低差と旧李王家東京邸の存在だった。この歴史的建築物を保存しながら地下を構築するため,建物下部を掘削する間,1万6,000tの荷重を鉄骨柱で支えなければならない。しかし高低差があるため控えを取ることができず,万が一,施工中に地震が起きた際の揺れによる倒壊を防止する必要があった。「ここに関しては発注者も心配されていました。お互い技術者ですから工事の難度がわかるわけです」(松井副所長)。そうしたなか,複雑な構造解析など全社から技術的なバックアップを受け,建物を支える鉄骨柱に梁やブレスを手当てして無事工事を進めることに成功した。
もうひとつ,苦労したのが大規模な出水への対応だ。松井副所長は振り返る。「工事着手前のボーリング調査はもちろん,過去に当社が施工した土木工事のデータなども入手して十分な検討を重ねましたが,ここまでの出水は予想できませんでした」。現場では,地下水を汲み上げて新たな水が湧いてくる前に掘削することで地道に工事を進めていった。掘削面から1~2mほどの浅い部分には「ウェルポイント」と呼ばれる工法を採用。主に湿地帯を掘削する際などに使われる工法で,都内の建築現場ではまず見ない。「今回,大規模・大深度の掘削を伴う地下工事における土・建協働の必要性を感じました。ただ,一つひとつ丁寧に課題を解決することで,発注者から大きな信頼を寄せて頂くことができた。そこは評価してもいいのではと思っています」。
性能発注への対応
このプロジェクトの大きな特徴が,「性能発注」である。これは,詳細設計図面による仕様ではなく“要求性能”に基づき請負契約を交わす手法で,ここでは,詳細な図面・仕様を設計者と施工者が提案し,発注者と協議しながら進めていく。
現場では,施工を担う工事グループのほかに,計画と工務の2グループを設けた。計画が主に図面管理を行い,工務が発注・予算管理を行う。性能発注に対応するための布陣である。「予算と工期に応じて詳細な仕様をつくりこむことができるのは,発注者にとって大きなメリットになる。難しい仕事だが,その分やりがいを感じている」と話すのは,計画グループを率いる下村淳二副所長だ。最盛期には図面の作成だけで50名近いスタッフが在席したという。
工務グループを指揮する割石芳忠副所長は,「物量がとにかく膨大で調達に苦労している。もう少し時間が欲しいというのが正直なところ」と話す。資材によっては需要がメーカー供給量を超えてしまっている状況に,現場では支店に相談しながら早い段階から資材・労務調達の検討を進めていった。モックアップをつくって品質を担保しながら海外調達も積極的に行っている。「当社にはどんな状況にも対応できる様々な引き出しがある。性能発注への対応は,今後ゼネコンに期待される分野ではないか」(下村副所長)。
業界関係者の注目を浴びる性能発注だが,当然メリットばかりではない。乗り込みから現場の総指揮を執ってきた豊田省治総合所長は,この方式について「霧のなかでゴルフをしているような時期もあった」と評する。決められる余地があるだけに,物決めが進まないこともあるのだ。品質と工期,コスト。プロジェクト推進に潜む様々なリスクをどうマネジメントするのか。ノウハウにするために整理すべき課題も大きい。
2015年9月16日,現地で上棟式が行われた。式典には報道関係者も多数駆けつけ,発注者による記者発表も行われた。記者発表では「東京ガーデンテラス紀尾井町」の施設名が発表され,オープンに向けて期待も高まりをみせている。野村所長はいう。「“チーム”が一丸となってここまで漕ぎつけた。竣工まであと少し。コミュニケーションを密にやり遂げたい」。
紀尾井町に生まれる新たなランドマークは,2016年夏に開業予定である。