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表層の自然

久しぶりに訪れた熱帯雨林気候の都市で,
人工的な構造物を緑化することの意味について
あらためて考えた。

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ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(シンガポール),スーパーツリー・グローブの風景

植物がもたらす異国情緒

どこか遠くに旅行したときなどに,その土地に生えている木々や草花の見慣れない様子に驚くことがある。植物は自然環境に依存しているため,地域の気候が端的にあらわれる。冷涼な地域と温暖な地域では生えるものや生え方がずいぶん違う。植物の種類や育ち方がわかるにはある程度の慣れが必要だが,森や野原の植物相の違いに気づくようになれば旅の味わいも一段と増すだろう。旅先の見慣れない風景は,自らの地元の風景の固有さに気づく契機でもある。

植物相の違いは,人が植物をどのように育てるかという維持管理の違いのあらわれでもある。たとえば乾燥地帯では芝を生やしておくためにスプリンクラーで常に散水し続ける必要がある。そうしないと芝は枯れて砂漠に戻ってしまう。対して日本列島の大部分のように温暖で湿潤な気候地帯では,芝生の管理の手を抜くと雑草が生え伸び始め,やがて背の高い藪になって人が入り込めなくなってしまう。このような環境では草刈りが管理の基本となる。どちらの方法も,それぞれに異なる気候のなかで望ましい緑のあり方を求める人の営みと環境との関係があらわれたものだ。植栽の有様には地域の気候が特徴となってあらわれ,同時にその地域の人々に望まれている風景も垣間見える。そんなことを観察するのも旅先の楽しみのひとつだ。

今年(2023年)の夏に,シンガポールの植栽を見る機会があった。ほぼ赤道直下に位置するシンガポールは熱帯雨林気候帯に分類される高温多湿の環境である。年間を通じて気温と湿度が高く雨が多い。冒頭の写真は中心市街地に近い埋立地につくられた国立公園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(Gardens by the Bay)」の一部である。この公園は「シンガポール植物園」「ジュロンレイクガーデン」などと並びシンガポール政府が推進する,国を挙げた環境政策「シティ・イン・ア・ガーデン」を象徴する施設のひとつだ。巨大なガラス温室や,スーパーツリー・グローブと名付けられたモニュメントなどがよく知られている。オープンから10年を経た現在でもこの国の代表的な観光地として多くの来訪者がある。

*鹿島グループが国際コンペで最優秀賞に選ばれた「ジュロンレイクガーデン」は,「シンガポール植物園」,この「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」に次ぐ三つ目の国立公園

スーパーツリー・グローブは文字通り巨大な樹木を模した構造物(スーパーツリー)が林立する(グローブ)もので,それぞれは円筒形のコンクリート柱の周囲に鉄製のパイプが添えられて樹冠を広げたような形状につくられている。完成当初は様々なメディアで紹介され,その大きさと異様な造形に度肝を抜かれたものだったが,このたび遅まきながら訪れてみて,当時とは少し違った印象を抱いた。

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ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの温室「クラウド・フォレスト」を歩く

着生植物の自然風景

スーパーツリーの表面には,冠水パイプが張り巡らされた薄い植栽基盤に様々な植物が植えられ固定されている。日本でもよく見かける壁面緑化と同じ手法だが,生えている植物がじつに生き生きとして見えるのである。生えているのはシダ類やポトス,アナナス,ブーゲンビレアやランなど,いわゆる熱帯植物である。どれも葉につやがあり樹形や花に勢いがあって,いかにも元気に育っている。これらは日本では観葉植物として屋内の鉢植えに使われる種類だが,ここでは屋外でつややかに繁茂している。

旺盛に生育する植物には人工的な素材や装飾とは違うレベルの濃厚な現実感がある。ものすごく「本物」の「自然」に見えるということだ。この,植物の持つ力がスーパーツリーの外観の印象を複雑にしているように思えた。言うなれば奇をてらった巨大な構造物なのだが,表面は生命力あふれる緑が覆っている。少し離れて見るとスペクタクルな造形が目に入ってくるが,近寄って眺めると植物の生き生きした様子に圧倒されて全体の奇抜さを忘れてしまう。そんな二重の風景を見るような不思議な感覚を抱いた。

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クラウド・フォレストにそびえる高さ35mの“山”

この壁面の植物の生命を支えているのは熱帯雨林気候の環境である。もちろん手間をかけた維持管理がその質を保っていることもあるだろうが,植物の成長と繁茂を早め,人工物の表層を「自然化」するのはシンガポールの高温多湿な気候だ。植えられている植物のいくつかは,もともと樹木に固着して生活する着生植物と呼ばれる種類である。他の公園や緑地では,自然の樹木の幹や枝からシダなどが垂れ下がっているのをよく見かける。それを目にすると,スーパーツリーの植栽もそれなりに理にかなった熱帯らしいものに思えてくる。着生植物は樹木から水や栄養を得ているわけではなく,基盤として利用しているだけである。樹木の葉は根や幹や枝とひと続きで一体をなしているが,着生植物は構造体を借りているだけで,樹木の理屈とは関係なく生えている。その性質を利用することで,スーパーツリーという「巨大な枯れ木」に花を咲かせることができる。

考えてみれば,多くの建築物の「緑化」はそのようなものだ。植物にとって建築物は単に固着する基盤でしかない。スーパーツリーの風景は,人工的に緑化する行為の意味をわかりやすく極端に具現化して見せてくれているのだろう。

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旺盛に生育する植物

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樹木に固着する着生植物

参考文献:
吉田謙一「成熟都市シンガポールの公園のこれから」,建築保全センター「Re」No.202,2019年4月所収

いしかわ・はじめ

ランドスケープアーキテクト/慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。
1964年生,鹿島建設建築設計本部,米国HOKプランニンググループ,ランドスケープデザイン設計部を経て,2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。著書に『ランドスケール・ブック—地上へのまなざし』(LIXIL出版,2012年),『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』(LIXIL出版,2018年)ほか。

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