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武道の伝統を継承する:新潟県立武道館/コマツ女子柔道部新柔道場

柔道,剣道,相撲,弓道など,日本の伝統的な競技が行われる武道場。
各武道の様式を重んじながら,その特殊性にあわせた空間と設備,
施設環境が必要とされる。さらには,地域環境,風土への適合も必須条件だ。
当社が手掛けた完成したばかりの武道場を紹介する。

武道の競技力向上を担う
新潟県立武道館(謙信公武道館)

図版:新潟県立武道館外観

新潟県立武道館外観

新潟県立武道館

場所:
新潟県上越市
発注者:
新潟県
事業者:
PFI新潟県立武道館サービス
設計・監理:
松田平田設計
用途:
体育・スポーツ施設
規模:
SRC・S造 2F 延べ13,005m2
工期:
2017年10月~2019年9月
(北陸支店JV施工)

新潟県上越市,上杉謙信ゆかりの地で建設が進められてきた「新潟県立武道館」がいよいよ完成する。愛称は「謙信公武道館」。武道の幅広い種目に対応する本施設は,2019年12月の開館に向けて現在準備が進められている。

施設の中核は,1,000席以上の観客席を備える「大道場」。柔剣道の公式戦8面分を確保する,北信越地方でも最大規模の武道場になると目されている。また,「相撲場」「弓道場(遠的,近的,各1面ずつ)」を備えているのも特色だ。

これらの伝統的な競技の場が,武道の競技力向上と地域の活性化につながり,将来的には,全国レベルの大会が開かれることも期待されている。

施設構造は,豪雪地帯ならではの設計がなされた。吹抜けの大道場は,短辺方向46mに渡るロングスパンのため,大屋根には鉄骨トラスを採用した。天井高は9.2mで,積雪時に屋根のたわみが生じても,床から9m以上の天井高を確保できる寸法だ(最大2.5mの積雪を想定し,12cmまでたわむ計算)。

積雪に耐えられる強い建物であると同時に,鉄骨トラス梁は木材に見える塗装で仕上げ,武道場にふさわしいつくりを施している。

既に本施設の公式ホームページも開設しており,開館後には多数の利用者で賑わいそうだ。

図版:大道場

大道場

図版:弓道場(遠的)

弓道場(遠的)

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強豪チームを支える環境整備
コマツ女子柔道部新柔道場

図版:コマツ女子柔道部新柔道場外観

コマツ女子柔道部新柔道場外観

コマツ女子柔道部新柔道場

場所:
東京都
発注者:
コマツ
設計:
当社建築設計本部
用途:
柔道場,トレーニング室,多目的ホール
規模:
RC造 4F 延べ2,504m2
工期:
2018年6月~2019年4月
(東京建築支店施工)

建設・鉱山機械を中心とした事業を展開するコマツの女子柔道部は,1991年に創部された。今年6月に行われた「第69回全日本実業柔道団体対抗大会」において,通算12回目の優勝を果たすなど,強豪で知られるチームだ。このたび,コーチ,選手を含む約20名が所属する部の新柔道場が東京都内に完成した。

建物は,木調ルーバーから構成される落ち着いたファサードが印象的な,RC造4階建て。1階ホールには,これまでの輝かしい成績を物語るトロフィーや盾が飾られ,同階には指導者執務室やミーティングルームが配置されている。メインの柔道場は2・3階の吹抜け構造で,256畳の広さに2面の試合場を設置。この練習の様子は,3階の見学用ギャラリーから見下ろせる空間構成だ。また,柔道場には最新のIT機器を備え,トレーニング室が隣接。4階の多目的ホールは,折れ戸を全開にすることで屋上テラスと一体となり,祝賀会などさまざまなシーンで活用できる空間となる。将来,この新柔道場からオリンピック選手が数多く輩出されることが期待される。

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図版:柔道場に2面設置された試合場は,場内は黄色,場外は青色で識別されている

柔道場に2面設置された試合場は,場内は黄色,場外は青色で識別されている

アスリートファーストと観客ファースト アスリートが競技場に望むこと

写真:為末 大

為末 大

1978年広島県生まれ。
スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。
男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年7月現在)。
現在は,Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う
株式会社Deportare Partnersの代表を務める。
新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。
主な著作に『走る哲学』(扶桑社),
『諦める力』(プレジデント社)など。

競技はだれのためのものか

「アスリートファースト」という言葉を聞くと,2つの意味があると感じる。それは,アスリートのパフォーマンスを第一に考えるのか,アスリートの望みを第一に考えるのかである。

現役時代にスポーツ界の友人たちとよくこんな話をした。もし自分の競技力以外でスポーツを変えられるとしたら何を変えたいか。多くの選手は「競技自体を人気にしたい」と答えた。頑張って五輪選手になってみたが,普段の試合の観客席はガラガラだし,街で話題に上がることもない。強いだけではなく,競技自体が人気にならないとヒーローは生まれないし,競技も続かないとよく議論した。

スター選手が出れば競技が人気になるだろうとよく言われるが,これは経験則から成り立たないと感じている。競技自体のファンではなく選手のファンであれば,選手が引退したときに去っていってしまう。もちろん選手のファンから競技のファンになることもあるだろうが,競技の観戦体験に魅力がなければいずれその人も離れていく。義務感で人は観戦しない。楽しいものを観にいくだけだ。

ヨーロッパの
「アスリートファースト」

例えば,ヨーロッパではスポーツは観客の娯楽であるという認識が強い。試合時間ひとつ取っても,会社が終わる午後5時よりも前に始まることはほとんどなかった。競技場にはだいたいカフェやバーが併設されている。対照的に日本の競技場ではそういう施設が併設されていることはまだ少なく,試合も昼間に行われることが多い。

試合の演出のために選手が待たされることもよくあったが「観客やファンがいてこそ,われわれの職業が成り立っている」という意識が選手にも強いため,それに文句が出ることもなかった。興行的に成り立てばスポンサーが付き,選手の待遇も良くなり,競技自体が発展するからだ。

ヨーロッパで「アスリートファースト」という言葉が出るのは,エンターテインメントとして成熟した結果,観客や放映するメディアが優先され,むしろ選手がないがしろにされる局面が増えたからだ。日本は,反対に競技のパフォーマンスを優先しすぎて観客が楽しめていない。選手の望みを最優先することが「アスリートファースト」であるなら,「観客ファースト」で運営してほしいというのが日本の選手の本音ではないだろうか。

また,競技場はきちんと整備されていることが必要だ。せっかく競技場に足を運んでくれた観客も,競技が見えにくいとか,トイレに長く並ぶといった負の要素があればリピーターになることはない。

スタジアムの価値

私の競技場の原体験は,海外のスタジアムにカフェやレストラン,ホテルが併設され,ことあるごとにそこでパーティーが行われ,宿泊し,また毎日そこが地元の人のコミュニティになっていた風景である。朝は子どもたちがサッカーをし,昼間にはおじいちゃんがペタンクを楽しみ,午後からトップ選手も含んだ陸上チームがトレーニングを始め,近所の人がそこでビールを飲みながら競技を眺めている。

スタジアムはそこにどれだけの人が集まるかで価値が決まる。これからの競技場は,スポーツをしない人に使われるためにはどうしたらいいかを視点のひとつに入れてほしい。また,パラリンピアンの意見ももっと採り入れるべきだ。障がいを持った人も,高齢者も,子どもも,すべての人にとって利用しやすい競技場にはならないだろうか。そうして,いずれ世界中の競技場がバリアフリーになってほしい。

陸上選手として実際に出場した試合を振り返ってみると,いつも競技場の中での空気感と観客との一体感が思い出される。その観客との空気感を決定付けていたのは,観客席とトラックの位置関係だったと思う。競技場は,なるべく観客が近い位置で選手の息づかいを感じられるかたちのものがいい。

競技場が毎日市民に使われ,すべての人に開かれた競技場であってほしいというのが私のアスリートとしての願いである。

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