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ミニチュア・ワンダー・ランド

理想郷としてのミニチュア

図版:理想とする共同体の姿を写す

理想とする共同体の姿を写す

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本物と同じ素材

英国各地に「モデル・ヴィレッジ」と称するミニチュア遊園地がある。

「モデル・ヴィレッジ」は,他国で発展したような世界中の著名建築のミニチュアを集めて公開するテーマパークの類とは異なる。あくまで,古き良き時代の雰囲気そのままに伝統的な街並みや身近な風景を再現する点が特徴である。地域の人々が理想とする共同体の姿を,模型サイズで見せようとする趣旨である。

可能な限り,本物の建物と同じ素材をそのまま使用する点も,英国流「モデル・ヴィレッジ」の流儀である。石積みの建物のミニチュアには,小さく割った地元産の石を用いる。茅葺住居の屋根には茅材を用い,漆喰壁には漆喰を塗る。窓には可愛いサイズのガラス板を用いる。

たとえばロンドン郊外では,ビーコンスフィールドの「ベコンスコット・モデル・ヴィレッジ」などが知られている。面積は1.5エーカー,開業から90年以上の歴史を有する遊園である。1930年代の英国の街並みとともに,当時の人々の生活が再現されている。園内を走るミニチュアの鉄道模型も人気がある。

他の地域では,コッツウォルズ地域のボートン・オン・ザ・ウォーターにある「モデル・ヴィレッジ」なども有名である。ウィンドラッシュ川の穏やかな流れに面して発展したボートン・オン・ザ・ウォーターは,風光明媚なことで知られる。人口4,000人ほど,「コッツウォルズのベニス」と呼ばれるほどに美しい街だ。

ボートン・オン・ザ・ウォーターの「モデル・ヴィレッジ」では,伝統的な家屋が並ぶ街並みを,正確に9分の1のサイズにミニチュア化している。地元の工芸家が,5年の歳月を費やして作成したものだという。住宅や外観や内装,商家の看板や陳列窓など,細かいところまでリアルに再現されている。ミニチュアの教会からは賛美歌が聞こえてくる。各家の庭や周辺にある木々は,あたかも盆栽のように巧みに作られている。「モデル・ヴィレッジ」そのもののミニチュアがある入れ子構造などの趣向も面白い。

「モデル・ヴィレッジ」で遊ぶ人々の様子を見ると,わが町,わが地域のミニチュアを楽しむ文化が,英国の人々の生活に定着しているように思える。

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図版:古き良き時代の雰囲気そのままのコテージ

古き良き時代の雰囲気そのままのコテージ

図版:細部にこだわった造形

細部にこだわった造形

細部にこだわった造形

英国では,農村風景を切り取った精巧なカントリーハウスやコテージのハンドメイド・モデルが制作され販売されている。収集家も世界各地にいるようだ。

この分野にあって,有名なアーティストや工房がある。たとえば1958年にヨークシャーで生まれた彫刻家であるデビッド・ウィンターのコテージ・コレクションなどが先駆であろう。1979年に最初のコテージのミニチュアを制作,当初は1個,10ポンドで販売された。1980年代後半以降,米国で収集熱が高まったという。収集家の組織もあり,20万人以上の会員を数えるのだという 。ただデビッド・ウィンター名義のものは,2003年までには生産を終えている。

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デビッド・テイトが1982年に設立した「リリパットレーン」のミニチュアハウスも,50ヵ国以上で販売されるなど,世界的に広く知られている。名称は「ガリバー旅行記」に出てくる小人の国「リリパット」に由来する。

ロンドン塔やタワーブリッジ,ロイヤル・アルバート・ホールといった名所を扱ったもの,マナーハウスや邸宅を題材としたものもあるが,無名のカントリーハウスや店舗,作業小屋などの作品にこそ,「リリパットレーン」独特の味わいを見て取ることができる。

同じデザインのモデルは,数量を限定して制作された。屋根瓦やレンガの壁,植物や庭の情景など細部にこだわった造形がなされている。丁寧になされた手彩色の表現も見どころである。イングランドやウェールズの農村や漁村に実在する建物をモデルとしているからだろう,英国の美しい村の雰囲気を感じとることができる。

「リリパットレーン」は2016年に工房を閉鎖,翌2017年1月に創業者のデビッド・テイトが逝去している。4,000種ほどの作品が制作されたというが,もはや新作が販売されることはない。珍しい作品は,貴重なコレクターズ・アイテムとなり,ネットオークションなどで高価で売買がなされている。

図版:「リリパットレーン」の風車が独特の味わいを醸し出す

「リリパットレーン」の風車が独特の味わいを醸し出す

本連載も,今月号で最終回となります。1年間ありがとうございました。川村さんの素晴らしい写真によって,収集した建築ミニチュアたちが,毎回,異なる風景に収まり,独特の魅力を発揮する様子を私も楽しみにしていました。新型コロナウイルスの世界的な流行によって,従来のように自由に海外旅行ができないなか,ミニチュア世界への旅をご一緒できる連載となったと思います。 またいつか,建築ミニチュアのパラレルワールドにお誘いできる機会があれば幸いです。

ミニチュア提供:橋爪紳也コレクション

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はしづめ・しんや

建築史・都市史家。大阪府立大学研究推進機構特別教授,
大阪府立大学観光産業戦略研究所長。
1960年大阪市生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程,大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
『日本の遊園地』(講談社),『あったかもしれない日本』(紀伊国屋書店),『集客都市』(日本経済新聞社),『「水都」大阪物語』(藤原書店),『ツーリズムの都市デザイン』(鹿島出版会)など,建築史,都市文化論に関する著作は50冊以上。日本観光研究学会賞,日本建築学会賞,日本都市計画学会石川賞など受賞多数。
『大阪万博の戦後史―EXPO’70から2025年万博へ』(創元社)が2月に刊行。

かわむら・けんた

写真家。1981年生まれ。
滋賀県在住,株式会社tametoma主宰。
建築・広告写真を主に,グラフィックデザインやWEB制作も行う。オフィス兼ギャラリーにて旅先で出会った風景写真などの個展も開催。

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