非構造部材の被害
BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を考えるときに大きなウエイトを占めるハザードリスクのうち,関心の高まっている地震対策メニューを紹介する。
マグニチュード9.0という未曾有の規模の東日本大震災では,多数の工場建物に被害が出たものの,構造体の被害に比べ,非構造部材や設備機器などの被害が多かった。それは地震波形でもわかるように地震の大きさだけでなく長時間の揺れが続いたことと考えられる。
電子デバイス工場のクリーンルーム内でも,天井の脱落,壁やパーティション,設備・配管の損傷が起こり,生産が中断されるほどの大きな被害を受けた工場もあった。操業継続の面から,構造体だけでなく,非構造部材の損傷を防ぎ,生産装置を守る対策も重要となる。
「守る」選択肢
生産装置は,それを支える床で守る,天井などからの落下物から守る,装置自体を固定して守るといった選択肢が考えられる。
「床」の耐震性を高めるには,揺れを吸収するデバイス(装置)を内部に置いて建物を揺れにくくする制震構造と,それを地盤と建物の間に置いて地震力そのものの伝達を低減させる免震構造とがある。
新築時のみならず,稼働中の工場にも対策をとることが可能だ。耐震の効果,費用や工期の面など,さまざまな条件やニーズに応じたメニューが豊富に用意されている。具体的な技術を紹介していこう。
リニューアルに適した制震補強
新築か既存建物かを問わずに設置でき,耐震性が向上する制震構法のなかでも,地震の加速度を低減するにはオイルダンパによる方法が最も効果的である。その一例である制震装置HiDAM(ハイダム)は,建物に組み込んだオイルダンパが地震や強風による揺れを吸収する。耐久性に優れ,メンテナンス不要で半永久的に使用でき,設置にあたっても操業を中断せず,「居ながら®補強」をすることが可能である。
既存建物に制震補強効果のシミュレーションを行った結果が右下のグラフである。制震装置による補強を行うことで,地震による最大変位を半分以下に低減できているなど,大きな効果があることがわかる。
ピンポイントで対策できる部分床免震
立地条件や建物形状などにより採用すべき構造は異なるが,入力する地震動を低減させる装置を地盤と建物の間に設置する免震構造は新築時に非常に有効である。また既存工場であっても,重要な生産装置が置かれた一部の床だけを免震化することもできる。それが部分床免震システムである。
荷重や微振動対策が必要な機器などの装置条件を考慮し,ボールベアリングや積層ゴム,すべり支承など,さまざまな特質を持った免震装置を組み合わせることにより,生産装置の特性に最も適したシステムを構築する。
設置にあたっても,部分床免震は建築基準法上の手続きが不要であるなど,通常の免震工事よりも短期間で施工ができる。条件に合わせたピンポイントの設備投資により,効率的に重要な生産装置を守ることができ,リスクを低減させることが可能だ。
既存建物に制震装置を設置したシミュレーション。鉄骨造の整形な建物で中央に2層の生産エリアがあり,その周辺の設備エリアに制震装置を計画。告示波を入力した解析結果を示す。
上図は生産装置が置かれた2階生産エリアの床の変位,下図は加速度の応答結果で,最大変位は半分以下に減り,生産装置ごとに定まる加速度の許容基準値を超える時間も大幅に減少している。これにより生産装置への影響が小さくなることがわかる。
鹿島オリジナルの指針
すでに述べたように,事業中断がきわめて広範かつ甚大な影響を及ぼす電子デバイス分野では,被災後の速やかな事業再開へのニーズがとくに強い。当社もこの分野の設計・施工に際し,躯体にとどまらず天井や設備配管についても部位の特性に応じた独自の設計指針を策定している。
たとえばクリーンルームのシステム天井裏では,通常は耐震ブレースを設置するのみだが,当社ではブレースに加え,座屈防止のための耐震支柱を設置している。ブレースだけでは地震力により天井が浮き上がり,落下する場合があるからだ。
また,床に生産装置を固定する際にも,床パネルに止めるだけでは不十分な場合には,根太やアングルに装置を固定させることを推奨している。
なお,対策済みの事例では,さきの東日本大震災でも天井からの設備脱落といった重大な被害は生じなかった。
実物大振動実験での検証
一般天井であっても天井内設備機器の設置基準,壁と天井間のディテールなどにも当社保有の地震対策技術を活用している。
こうした対策は,実験によりその効果を検証したうえで策定されている。当社技術研究所では,天こうした対策は,実験によりその効果を検証したうえで策定されている。当社技術研究所では,天井・設備・配管を組み上げた実物大の模型をつくり,大型振動台に載せ実際の地震さながらに加振試験を行っている。こうして得られたデータから綿密に分析・解析が行われ,当社の各種耐震指針に反映されている。
BCPでは,建物単体や部位の“点”の地震対策にくわえ,敷地や地域単位,災害時の人的ソフトの対策など,いわば“面”でのリスクマネジメントも必要となる。それらに対応する種々のシミュレーションシステムの一部を紹介する。
被害の大きさや「人」の確保
「新・地震リスク簡易評価システム」では,工場の所在地や耐震グレードを考慮して地震リスクを算出し,既存施設の改修・建替えや統廃合など施設計画の検討に反映させることができる。住所などの情報から,その地点で予想される震度を推定し,直接損失額や建物,生産装置,ユーティリティを含めた工場全体の予想最大損失率,直接損失額,および操業中断期間を算出する。これまでのシステムから予測精度を大幅に向上させ,複数敷地・複数建物の同時比較も可能となった。
「従業員自宅耐震診断・参集予測システム」は,震災時の社員一人ひとりの自宅の状況と,自宅と会社拠点間の徒歩移動時間を予測することができる。いつ誰が業務に従事できるのかを想定した「顔が見える」BCPの策定,就業時の発災を想定した帰宅難度や家族との連絡が取れるまでの安否推定など,何よりも大切な「人」に関わる計画やケアを強力にサポートする。
ライフラインの復旧
当社が近年力を入れているのが,各種ライフラインの復旧予測手法だ。阪神・淡路大震災など,これまでの過去の大地震における震度と復旧実績の関係を綿密にモデル化し,震災時のライフラインの機能支障日数をピンポイントで予測できる。さらに上下水道については,敷地外の管路全体の被害も考慮し,自治体の復旧手順に応じて復旧日数を予測する手法も開発した。
また,事業継続には単独施設の被害のみならずサプライチェーンや関連施設の状況を正しく把握することが重要となる。当社の関係会社でリスクマネジメントを専業とする(株)イー・アール・エスは,敷地外施設の広範な被害状況と復旧期間を系統的に予測・整理する手法を提供している。機能分散,対策優先順位,バックアップ体制や円滑な復旧計画など,事前の備え・計画策定に必須の情報が把握できる。
建物内外の多様な視点からBCPを支援するこれらのシミュレーションシステムが,操業のニーズやリスクマネジメントにきめ細かく対応する。