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KAJIMAダイジェスト

SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

CASE7 がん患者を受けとめる「家」(イギリス)

写真:マギーズセンターのリビングは家庭的な雰囲気。スタッフも普段着。コンバージョンされたグラスゴーの建物は地元建築家によるデザイン

マギーズセンターのリビングは家庭的な雰囲気。スタッフも普段着。コンバージョンされたグラスゴーの建物は地元建築家によるデザイン

現在,日本人の3人に1人ががんで亡くなっている。がんは30年前から日本人の死因第1位であり,患者の数は今も増え続けている。

イギリスも同じ状況だ。現在も200万人が,がんとともに生きている。患者数は毎年30万人ずつ増えている。

この国では医者ががん患者にかけられる診療の時間はひとりあたり7分と言われている。患者や家族が抱えるさまざまな心配事について,ゆっくりと相談にのることもままならない。

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1988年,病院で乳がんを宣告された女性がいた。ランドスケープデザイナーのマギー・ジェンクスだ。医者から自分ががんだということを知らされ,気が動転し,大きな不安に襲われ,泣き出したい気持ちをこらえているとき,看護師は丁寧にこう言ったという。「次の患者さんが待っているので廊下に出ましょう」。患者の気持ちを受けとめる場所をつくる必要がある,とマギーは考えた。

マギーは言う。「がんになるというのは,地図もコンパスも持たずに飛行機からパラシュートで敵地に降りていくようなものです」。自分がどの方向へ向かって進めばいいのかもわからず,適切な情報も与えられず,武器も持たず,近づいてくる死におびえるばかり。そんながん患者を助けるために,彼女はがん患者支援施設「マギーズセンター」の設立に向けて尽力した。

「死の恐怖の中にあっても生きる喜びを失わないこと」。これがセンターのミッションである。そのために,適切な情報の提供,社会的なケア,感情面のサポート,金銭面や栄養面のケアなどを行う。患者だけでなく,家族や友人も利用することができる。

建物は小規模で家庭的な雰囲気を持つデザインだ。現在,イギリス各地に7ヵ所のセンターが存在する。いずれも病院の敷地内にあるが,病院とは別に建てられている。マギーズセンターでの相談内容が医師に伝わり,治療が不利にならないかと患者が心配しなくて済むための配慮である。

写真:地元建築家によるコンバージョンで,1996年にエディンバラで実現した最初のマギーズセンター

地元建築家によるコンバージョンで,1996年にエディンバラで実現した最初のマギーズセンター

写真:フランク・ゲーリー設計によるダンディーのセンター。

フランク・ゲーリー設計によるダンディーのセンター。 建築はマギーの遺志を継いでランドスケープと一体的に考えられている

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センターの設計にもマギーの考えが反映されている。いわゆる病院とはまったく違う。まず受付がない。予約なし,完全無料で利用できるため,自分が患者としてではなくひとりの人間としてセンターに入ることができる。センター内にはトイレにいたるまで案内サインがない。友人の家に遊びに来たような雰囲気だ。どのマギーズセンターにも中心にはキッチンテーブルとキッチンがある。お茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら,ほかの人たちと話ができ,自分はひとりではないと感じられる。誰もがその場所にいてもいい理由をつくりだしてくれるのがキッチンだ。そのほか,15人程度の人が集まれる部屋と個別の相談にのることができる小さな部屋,図書室などがある。ひとりで泣いても大丈夫なようにトイレには顔を洗って化粧直しするスペースがついている。

がん患者は常に甚大な不安を抱えている。診断されたその日から不安が募り,孤独になるし絶望感を味わう。がんの種類は250以上あって,どれが自分に適している情報なのかも判別しづらい。いったん治療が済んでも再発の恐怖に苛まれながらの生活となる。

当人だけではない。家族や友人も患者のために何をすればいいのかが分からない。一家の生活を支えるために大変な日々が続くし,患者本人にもストレスが伝わる。

センターは,美術館のように魅力的であり,教会のようにじっくり考えることができ,病院のように安心でき,家のように帰ってきたいと思えるデザインだ。それぞれのセンターは,フランク・ゲーリー,ザハ・ハディド,リチャード・ロジャース,黒川紀章,レム・コールハースなど,世界的な建築家たちが無償で設計している。みなマギーの夫,建築批評家であるチャールズ・ジェンクスの友人である。いずれの建物にも大きな窓があり,外の風景がよく見えるようにしている。ランドスケープデザインはチャールズ・ジェンクス自身が携わることが多い。建築とランドスケープが一体的な環境をつくり,それが患者の不安を軽減するという考え方に基づいている。

センターでのプログラムは,個人的なカウンセリング,アロマセラピー,グループエクササイズ,栄養指導など。家族と一緒に受けるカウンセリングもある。これまで料理したことのなかった夫が妻のために料理を学ぶ講座も開かれている。

写真:グラスゴーのインテリア。センターはいずれも開口部が広く,風景がよく見えるように配慮されている

グラスゴーのインテリア。センターはいずれも開口部が広く,風景がよく見えるように配慮されている

写真:リビングとキッチンはつながっていて,プランの中心に位置することが多い。大きな開口から光が注ぐロンドンのセンターはリチャード・ロジャースらによる設計。白で統一された室内空間はザハ・ハディド設計によるファイフのセンター

写真:リビングとキッチンはつながっていて,プランの中心に位置することが多い。大きな開口から光が注ぐロンドンのセンターはリチャード・ロジャースらによる設計。白で統一された室内空間はザハ・ハディド設計によるファイフのセンター

リビングとキッチンはつながっていて,プランの中心に位置することが多い。大きな開口から光が注ぐロンドンのセンターはリチャード・ロジャースらによる設計。白で統一された室内空間はザハ・ハディド設計によるファイフのセンター

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写真:開口部の広いダンディーのキッチンとリビング

開口部の広いダンディーのキッチンとリビング

スタッフは看護師,放射線療法士,臨床心理士,栄養士ら5名と数名のボランティア。いずれも普段着だ。センターまで来るのが困難な人に対するオンラインのサポートも充実している。

マギーズセンターは地域住民や企業の寄付によって建設され,運営されている。センターの特徴的なデザインは地域の誇りとなり,それが寄付を促している。多くの人の協力と建築家の努力があってマギーズセンタープロジェクトは始動した。

1995年に亡くなる直前,マギーは自身がデザインした自宅の庭でくつろぎながら「私たちは幸運ね」と夫に言ったという。翌年,最初のマギーズセンターが完成した。現在,イギリス国内で新たに4ヵ所が計画されており,さらにバルセロナや香港でも計画が進んでいる。日本でも緩和ケアの試みがはじまり,マギーズセンターの取組みは世界中に広がりつつある。

写真:患者への配慮から,センターは既存の病院から離れて建てられている。番号順に,正門の横に建つグラスゴーのセンター,オレンジの配色が特徴のロンドン,シャープな外観のファイフ,マギーの夫チャールズ・ジェンクスがランドスケープを設計したハイランド

患者への配慮から,センターは既存の病院から離れて建てられている。番号順に,正門の横に建つグラスゴーのセンター,オレンジの配色が特徴のロンドン,シャープな外観のファイフ,マギーの夫チャールズ・ジェンクスがランドスケープを設計したハイランド

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山崎 亮 やまざき・りょう
ランドスケープ・デザイナー。studio-L代表。京都造形芸術大学教授。1973年生まれ。
Architecture for Humanity Tokyo / Kyoto設立準備会に参画し,復興のデザインの研究を行う。
著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社),『震災のためにデザインは何が可能か』(NTT出版)など。
Architecture for Humanityはサンフランシスコを拠点に世界各地で復興や自立支援の建設活動を主導する非営利団体。

参考資料

  • 『メディカルタウンの再生力 英国マギーズセンターから学ぶ』 (30年後の医療の姿を考える会,2010)
  • 『approach』(2010年冬号, 竹中工務店)
  • THE ARCHITECTURE OF HOPE, Nippon Shuppan Hanbai Deutschland GmbH, 2000
  • マギーズセンターウェブサイト : http://www.maggiescentres.org/

(写真提供: ©Koji Fujii / Nacása&Partners Inc.)

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