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折りと包みと結びと歳時

瓶子の口包み

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図版

一重の和紙で、瓶子(へいし)に施した「瓶子の口包み」。瓶子は鎌倉時代の春日大社の瓶子の写し。
木工家・川合優さんにお願いして制作いただいた。材料には、風で倒木してしまった沖ノ島のご神木を使用している

夏越の大祓

6月の晦日(みそか),30日は「夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)」。12月の大晦日の前日の30日は「年越の大祓」です。大祓は神道の年中行事のひとつで,一年に二回,罪や穢れを祓う行事として行われています。一方,仏教では12月31日の大晦日に鐘を百八つ打ち,煩悩を追い払い新年を迎えます。一度過去をリセットして新たな年を迎えたいという,神道と仏教を越えた日本人の心性が窺える年中行事でしょう。

「夏越の大祓」では禊祓(みそぎはらえ)を行います。古くは,川や海の水でからだを洗い清めた沐浴行為が禊。さらに,「夏越の大祓」では,茅(ちがや)で茅(ち)の輪(わ)を作りその大きな輪を鳥居に設営し,その輪をくぐることで,祓がなされるとされ,「茅の輪くぐり」と呼ばれています。それは,日本の高温多湿の風土が生み出した知恵なのかもしれません。そうだとしたら,過酷な夏を過ごすための生活の知恵で,それが年中行事であり,同時に宗教行事であるという,いかにも日本的な,よく言われる宗教の生活化の代表的な事例でしょう。ちなみに茅には,漢方では利尿剤としての薬効があるとされています。

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茅の輪は,束ねた茅の根元に穂先を差しながら継ぎつつ,縄で束を反時計回りに括りながら大きな輪をつくります。括る縄も,なう際には左なえ(反時計回り)とします。日常生活で使う縄は右なえなので,神事で使うものを意識的に逆転させているのです。

完成した茅の輪は,西洋の自らの尾を飲み込んだ竜のウロボロスのような姿となります。ウロボロスの環は,永遠性を示したり,再生のシンボルとされています。深いところでは東洋と西洋の違いはなく普遍的なものを共有しているのを感じます。

神に酒を捧げる酒器

「夏越の大祓」や「年越の大祓」は,時候が訪れると行われる年中行事です。一方,神社で毎日行われているのが御日供(おにっく)です。毎朝欠かさず,米,塩,水,酒を神前に奉納する献饌(けんせん)が行われています。その献饌の供物のひとつである酒を入れる容器が,瓶子(へいし)で,その口を「折形」で包み結ぶのが「瓶子の口包(くちづつ)み」です。伊勢貞丈の『包之記』では,4頁にわたり紹介されているほどで,重要な儀礼だとわかります。

瓶子の口を包む事。菱形に包む。紙を正方形に切り,角違えに十文字に小ひだを折り出す。紙は常には檀紙。引合などを用いる。一段と晴の時は金紙を上に,紅紙を下に重ねて折る。常には白紙の一重とする。

(『包之記』より抜粋,現代語訳)

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伊勢貞丈『包之記』より。
4頁にわたり「瓶子の口包み」について紹介している

図版

『包之記』で示された図版。表裏が示され、かつ折り線も示されている。下に示した現物と照らし合わせて見ていただきたい

瓶子は,人が酒を呑み交わす時の酒器である銚子や提子(ひさげ),徳利ではありません。神へ酒を献じ捧げるための容器です。酒は米と水と麹の働きによる大いなる自然の恵みの結晶で,それを感謝を込めて献じる。その形のない「感謝の心」に形を与えるのが「折形」です。

正方形の紙に対角線と平行な二筋の折り線をつけ,筋交えにさらにもう二筋折って十字状の折り線をつけます。紙の中心を瓶子の口に被せ,絞って包み込みます。紙の四隅は四方へ末広がりに広がり,紙の張りと折りの折板構造が相まって紙は強度を持ち,儀礼の場にふさわしい凛とした造形となります。

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図版

「瓶子の口包み」の表面

×と+の形の意味

一方,×印や十字は禁止の記号として古今東西を問わず使われてきました。日本ではもともとは結界をつくる結び目のシンボルとして,外からの邪気の侵入を防ぐ呪術的な力を持つと信じられていました。

折り上がった折形は上から見るとまさに×の形をとり,瓶子の口をしっかりと封じる形になっています。清浄な和紙で包み込むので物理的にも衛生的にも,さらに結びが施され,プロテクトは強化されています。瓶子の口包みには,呪術的にも実際的にも理にかなった知恵の形を読み取ることができそうです。

なお,神前では折形と結びは解かず,下げてから「おさがり」として提子などに移し替え,ご神徳が宿った酒を全員で分かち合う場,直会(なおらい)で頂戴します。

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図版

紙も折り方によって、強度を持つ。
平行四辺形が連続するパターンを山・谷に折ることによって構造体となる。
同時に開いたり畳んだりという可変性も生まれる
(写真:大友洋祐)

やまぐち・のぶひろ

グラフィックデザイナー/1948年生まれ。桑沢デザイン研究所中退。コスモPRを経て1979年独立。古書店で偶然に「折形」のバイブルとされる伊勢貞丈の『包之記』を入手。美学者・山根章弘の「折形礼法教室」で伝統的な「折形」を学び、研究をスタート。2001年山口デザイン事務所、同時に折形デザイン研究所設立。主な仕事に住まいの図書館出版局『住まい学大系』全100冊のブックデザイン、鹿島出版会『SD』のアート・ディレクターなど。著書に『白の消息』(ラトルズ、2006)、『つつみのことわり』(私家版、2013)、句集『かなかなの七七四十九日かな』(私家版、2018)など。2018年「折りのデザイン」で毎日デザイン賞受賞。

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