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サンパウロ:サンバとリズムの伝承

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夕闇に包まれるころ,サンバ・パレードが始まる。
巨大な山車と歌と踊りのカーニバルが,サンボードロモの何百メートルにもわたる会場に続く

©松本浩治

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出番を待つ打楽器隊バテリーア

ブラジルのサンパウロは,大西洋に面する南半球最大の経済都市である。コーヒー栽培で一躍成長を遂げ,リオデジャネイロを抜いて国内一となった人口は1,200万人を擁する。

そのコーヒーを出荷した外港サントスは,1908年に日本からの移民が最初に到着した港であり,サンパウロ市内には東洋人街リベルダージがある。

街なかには提灯型の街灯や大鳥居があるほか,中国,韓国,日本などの雑貨や食料品・飲食店が立ち並び,漢字やハングル文字といった東アジアの文化を至るところで目にすることができる。

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東洋人街リベルダージの大鳥居

©松本浩治

サンパウロの目抜き通りアベニーダ・パウリスタは,大型商業施設やラジオ局,銀行に並び,スターバックスやマクドナルドも軒を連ねる“現代的な”メイン・ストリートだ。そのなかにリナ・ボ・バルディの設計による,大きな4つの柱に支えられた外観デザインが特徴のサンパウロ美術館がある。

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目抜き通りにひときわ目立つサンパウロ美術館

©松本浩治

また,ニューヨークの国際連合本部ビルをル・コルビュジエらと設計したブラジル出身の建築家オスカー・ニーマイヤーは,サンパウロのイビラプエラ公園やコパン・ビルディングのほか,サンバのパレード会場となる「サンボードロモ(Sambódromo)」と呼ばれるスタジアムを設計している。

高校卒業を機にドラム演奏者としてプロ活動を始めた私は,いつしか「リズムとは何か」という思いを抱くようになり,サンパウロのソウザ・リマ音楽大学打楽器科に入学し,在学中にサンバを行う団体「エスコーラ・ジ・サンバ(通称サンバ学校)」と出会った。

サンバ・パレードは毎年謝肉祭の時期に開催され,サンボードロモや路上などで行われる。エスコーラとは,サンバを活動目的とする,ダンス,演奏,制作,運営などの専門部署をもつ500~5,000人の文化団体で,地域の住民やチーム運営者の近親者で構成されている。

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常連エスコーラ“インデペンデンチ”のダンスチーム“バイアーナ”。
南米のスコールにもサンバはとめられない

©加藤里織

パレードはコンテスト形式になっており,踊り,音楽,衣装,山車など9つの項目で採点され,優勝が決まる。サンバに熱心に取り組む者は「サンビスタ」と呼ばれ,所属エスコーラに一生を捧げる者も多い。家族一丸となって(家族数世代で)参加することも珍しくなく,祖父が歌い手,その子どもが監督,そして孫が演奏者として参加する姿も見られる。

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ごく幼い頃から演奏に参加する子どもたち

参加者の多くは,仕事の合間を縫って練習や制作を行い,みな自分たちのエスコーラが優勝して栄誉を獲得することを目標に練習や作業に励む。プロのダンサーや演奏家,服飾家はごく少数なのだ。

私はエスコーラのバテリーア(Bateria)と呼ばれる打楽器隊の一員として,複数のエスコーラを掛け持ち,延べ21回パレードに出場した。近年はチーム奏者として参加する者が減り,掛け持ちをする奏者は多い。“できる”奏者は,チームの演奏を良くする者として,エスコーラから重宝されるのだ。パレードの裏側では,掛け持ち奏者たちが次のパレードの演奏のためにゴール地点からスタート地点へと走って戻る姿も見られる。華やかな舞台の裏では,こんな努力もある。

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エスコーラ内のラボで生地や衣装制作に励む。ほかにも山車制作のガレージがある

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ブラジルの音大生として学び,エスコーラ・ジ・サンバに関わることで,リズムは「メロディ」だと気づいた。優れた演奏家は,打楽器のメロディを多く知っている。また,リズムは人から伝承するものであり,紙面では得られないものだった。努力あってこそのエスコーラは,その名の通り「サンバの学校」という一面があり,現代でリズムの伝承が行われている数少ない文化団体なのだ。

週末の昼下がりには,町の飲食店にそれぞれが楽器を持ち寄り,「パゴーヂ」と呼ばれる音楽の輪ができる。彼らは所属エスコーラや職業に関係なく集まり,「アクアレイラ・ブラジレイラ(Aquarela Brasileira)」といったサンバの名曲を演奏し,歌い,楽しんでいる。

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パゴーヂのひと場面。
パゴーヂ定番曲の「アクアレイラ・ブラジレイラ」は1961年にサンバ・エンヘードとして作曲され,
後年ジョアン・ジルベルトにもカバーされている

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じつは近年,打楽器隊に限らず,エスコーラは人気が低迷し,掛け持ちサンビスタを頼らずにはパレードが成立しなくなっている。コンテスト優勝を目標に,週に数回行われる練習への参加や,高い演奏技術の習得をも求められるエスコーラに対し,「ブロコ」と呼ばれる誰でも参加できるサンバ団体が,人気を獲得しているのも要因だ。ブロコでは,有料の講習とパレード出演権を「購入」する形で気軽に参加ができるため,幅広い層に受けており年々参加者が増えている。人気ブロコのイベントでは,カーニバル・パレードの観客数を優に超える人数が集っているほどである。

そうでなくても近年サンバやボサノバの人気は落ち込んでおり,MPB(ムジカ・ポプラーウ・ブラジレイラ)と呼ばれるブラジルポップスに次いで,クラブ音楽の影響が色濃い「ファンキ」が都市大衆の支持を集めている。

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ブロコに沸くサンパウロのストリート

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新型コロナウイルスの影響で2021年のカーニバル・パレードは中止となった。今年2022年は当初2月開催の予定が4月22,23日に延期された。現地では,サンバを始めとする文化活動を止めてはいけないという声と,中止を望む声とに分かれている。

そんななか,4月の本番に向けてサンビスタたちが熱心に練習に励む姿が,SNSを通して毎日飛び込んでくる。サンバと共に生きるのがサンビスタであり,サンバは生活の一部なのだ。

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打楽器隊の一員としてパレードに出場する筆者

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Listening

Samba-Enredo 2022 – Sanitatem/Sociedade Rosas de Ouro

2022年のサンバ・エンヘード。新型コロナにも負けることなく,一年越しに紡がれた本場のサンバ・エンヘードがYouTubeで聴ける。トップリーグ所属のエスコーラの音楽が収められている。

※視聴する際は、音量にご注意ください。

加藤 勲|Isao Cato

音楽家(ドラマー・パーカッショニスト)。ソウザ・リマ音楽大学打楽器科卒。2016年からブラジルのエスコーラ・ジ・サンバに所属し,カーニバル・パレードで打楽器演奏を行う。日本ラテンアメリカ学会,日本リズム学会所属。

石橋 純|Jun Ishibashi

東京大学大学院総合文化研究科教授。東京外国語大学スペイン語学科卒業後,家電メーカー勤務中にベネズエラに駐在。のちに大学教員に転身。文化人類学・ラテンアメリカ文化研究を専攻。著書に『熱帯の祭りと宴』(柘植書房新社,2002年),『太鼓歌に耳をかせ』(松籟社,2006年)ほか。

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