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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第5回 クリチバ ポップで賢いバスシステム

写真:銀色のバスは特定の目的地への直行便

銀色のバスは特定の目的地への直行便。チューブ状のバス停の出入口は一方通行で,入口の改札で運賃を支払って乗車する

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バスの街をつくった都市計画家

クリチバというどこか愛らしい響きをもった都市の名前を,初めて耳にする人も多いだろう。ブラジル南部パラナ州の州都で,サンパウロの南西約400kmの場所にある。標高900m以上の高地にあり,人口は約180万人と,神戸市や福岡市を上回る。1970年には約60万人だったから,半世紀足らずの間に急成長した都市でもある。

クリチバの玄関口は,市の南東に隣接するサン・ジョゼ・ドス・ピニャイス市内のアフォンソ・ペーナ国際空港だ。空港とクリチバ市の中心部は路線バスが結んでいる。

図版:地図

クリチバ市内への直行便であることを示す銀色のバスにチケットを買って乗り込む。空港を出発したバスは,世界最大のイグアスの滝を下流にもつイグアス川を渡り,ほどなくしてクリチバ市街地に入る。しだいに高層ビルの姿を目にするようになり,ここがブラジル有数の大都市であることを実感する。

この街には地下鉄や路面電車は走っていない。200万人級の都市としてはめずらしく,バスを公共交通の主役に据えている。

クリチバの歴史を変えたといわれるのが,1964年に行われた都市計画マスタープランのコンペだった。このコンペを勝ち取った計画案の中心人物が,後に3回にわたり市長を務めることになる建築家であり,都市計画家のジャイメ・レルネル氏だった。

1971年に初めて市長になったレルネル氏は,自動車重視のまちづくりで失敗した首都ブラジリアを教訓に,乗用車を極力排し,公共交通重視の都市計画を推進した。しかし当時世界の多くの大都市で敷設が進んでいた地下鉄の導入は財政面で難しかった。そこでバスを選択したのである。

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写真:バス専用レーンを行く幹線バス。クリチバには地下鉄や路面電車はなく,バスが公共交通の主役

バス専用レーンを行く幹線バス。クリチバには地下鉄や路面電車はなく,バスが公共交通の主役

街を彩る市民の足

空港とクリチバ市内を結ぶバスの終点である,市役所に近いセントロ・シビコでバスを降りると,なによりもまずバス停の姿に驚く。アクリルの太いチューブが横たわったデザインなのだ。

クリチバのバス停はチューブの入口に改札があり,ここで運賃を支払う。つまり鉄道駅の改札と同じ方式だ。日本の路線バスは多くの場合,車内で運賃を支払う。そのため乗り換えのたびに運賃を支払うことになるが,クリチバなら鉄道と同じように,最初の支払いだけで済む。ちなみに金額は市内であれば均一となる。しかも車内での精算がないので,混雑時にもスムーズに乗り降りができ,遅延防止にもつながる。チューブ状のバス停は市内各所に設置されており,クリチバの景観の一部としていまや欠かせない存在になっている。

チューブの中でしばらく待ち,別のバスに乗り換える。バスがやってくるとドアが自動で開く。チューブの一部が開く様子は,日本の鉄道駅で設置が進むホームドアの先駆けという感じがする。ステップはチューブ側だけでなくバス側からも出る。段差がなく,車イスやベビーカーの利用者にも快適だ。

今度のバスは緑色だった。他にも黄色,赤などカラフルな車体が走り回っていて,アスファルトの道に彩りを与えている。モノト-ンの配色に日本の旧国鉄の通勤電車を思い出す読者もいるかもしれない。しかし旧国鉄と違うのは,車体の色を路線ごとではなく,機能ごとに区別していることだ。通常の路線バスは黄,環状線は緑,直行バスなら銀,幹線バスなら赤といった具合に,全部で8色のバリエーションがある。

写真:機能ごとに色分けされたカラフルな車体

機能ごとに色分けされたカラフルな車体

写真:ターミナルに停車中の新型車両。まるで鉄道のような流線型のボディは人気が高い

ターミナルに停車中の新型車両。まるで鉄道のような流線型のボディは人気が高い

写真:乗客の多い路線の輸送を担う3連節車両の幹線バス

乗客の多い路線の輸送を担う3連節車両の幹線バス

交通システムのオリジナリティ

街の中心部にあるルイ・バルボサ広場に向かうため,途中でもう一度バスを乗り換える。この路線は乗降客が多いことから,チューブが横に3つ並んでいる。中では背の高さも,肌の色も,着ている服もさまざまな人々が,バスを待っている。

クリチバは移民が築いた都市といわれており,イタリア系,ドイツ系,ポーランド系,ウクライナ系が多く住んでいるという。またパラナ州にはサンパウロ州に次ぐ15万人の日系人が暮らしている。地球の裏側にありながら,私たち日本人にとって親近感が湧く街でもある。

ここで幹線ルートを走る赤色の車両に乗り込む。驚くことに3連節の車両だ。クリチバは世界でいち早く連節バスを導入した都市だったが,それだけでは増え続ける人口に対処できないことから,世界的にもめずらしい3連節に発展させている。

写真:チューブが複数並ぶバス停は乗降客が多い証

チューブが複数並ぶバス停は乗降客が多い証

写真:チューブの中でバスを待つ人々。段差なしで乗り降りできるバリアフリー設計

チューブの中でバスを待つ人々。段差なしで乗り降りできるバリアフリー設計

写真:レルネル市長の政策で生まれた歩行者天国

レルネル市長の政策で生まれた歩行者天国

幹線バスには専用レーンが用意されているので,渋滞の影響を受けることはない。乗用車のための高速車線が,バスレーンから少し間隔をとって並行に走っている。バス専用レーンと乗用車の上下2レーンを合わせた3本の道を擁することから「トライナリー・システム」と呼ばれる。この道を囲み込むように,高層ビルが林立している。

交通政策と並んでレルネル市長が重視したのがゾーニング,つまり土地利用政策である。市街中心部から伸びる5本の道路を骨格として,それを軸に事業所や商店を集め,幹線バスを高密度に走らせる地区をつくる一方で,周辺地区では豊かな住環境を実現しているのである。

各エリアのターミナルからは,支線となる小型のフィーダーバスが街のさらに外側へと出発している。広大なターミナルの隣にはショッピングセンターや公共施設などがあり,郊外からの利用客で賑わっている。

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写真:路線バスを優遇する「トライナリー・システム」は,市民の足の安全安心を守る先駆的なインフラのかたち

路線バスを優遇する「トライナリー・システム」は,市民の足の安全安心を守る先駆的なインフラのかたち

クリチバが「発明」した,このバスを基盤とした高機能な交通システムは,その後BRT(バス・ラピッド・トランジット)という呼び名が与えられ,欧米や日本など先進各国で普及が進んでいる。お金を使うのではなく,頭を使うことで生み出された南米のモビリティが,世界に影響を与えている。

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図版:目的地別に番号で表示されたクリチバ市内の主要バス路線図

目的地別に番号で表示されたクリチバ市内の主要バス路線図。これらの路線を走るバスにはさらに,幹線バス,直行バス,郊外バス,周遊バスといった機能分けがなされており,目的地番号との混同を避けるように車体が色分けされている

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

服部圭郎(はっとり・けいろう)
明治学院大学経済学部教授。1963年生まれ。都市計画・地域研究を中心に,人間が豊かに暮らせる空間の在り方に関する研究活動を展開中。著書に『人間都市クリチバ』(学芸出版社)ほか。

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