川原樋川赤谷(かわらびがわあかだに)地区河道閉塞緊急対策工事
昨年9月に日本列島を襲った台風12号は,
近畿地方を中心に記録的な大雨をもたらし,浸水や河川氾濫,
土砂災害などの被害を引き起こした。各地で崩壊した土砂の総量は約1億m3。
なかでも,当社が緊急対策工事を行う奈良県の赤谷地区では,体積900万m3にもなる
大規模な天然ダムが形成された。激甚な被害から1年——
発災直後から現地調査に乗り込み,今なお奮闘を続ける現場を紹介する。
工事概要
川原樋川赤谷地区河道閉塞緊急対策工事
- 場所:
- 奈良県五條市大塔町赤谷地先
- 発注者:
- 国土交通省 近畿地方整備局
- 設計者:
- 当社関西支店
- 規模:
- 掘削工223,000m3 排水路工400m
暗渠排水管工600m 防護土堤250m
工事用道路設置3km 進入路設置1.2km
水中ポンプ設置一式 - 工期:
- 2011年9月~2012年11月(予定)
(関西支店施工)
【工事対応】
8月29日 〜9月4日 |
台風12号により河道閉塞 |
9月11日 | 船迫所長が 天然ダム現地調査 |
9月16日 | 緊急対応工事着手 |
9月19 〜22日 |
台風15号の被害 |
9月24日 | 森田課長代理が 斜面現地調査 |
9月29日 | 重機用工事用道路確保 避難場所確保 |
10月1日 | ポンプ排水開始 |
10月4日 | 工事用道路に 乗用車進入可能に |
12月25日 | 暗渠排水管据付完了 |
2月8日 | 排水路底面施工完了 避難警戒区域解除 |
6月19日 | 台風4号により 斜面一部崩落 |
国内最大級の河道閉塞
奈良県五條市の赤谷地区は,県南西部の山間に位置する。昨年8月31日から9月4日の台風12号で高さ約700m,幅約300mの山林斜面が崩落し,900万m3におよぶ土砂が赤谷川をせき止めた。こうしてできた天然ダムの貯水容量は約230万m3に達し,河道閉塞としては国内最大規模となった。河道閉塞で危惧されるのが,天然ダムの決壊による土石流の発生。ダム湖が増水して天然ダムを越流すると,水が土砂を洗掘して決壊するおそれがある。この影響で,下流域20kmの範囲に避難指示が出された。
9月10日,国土交通省は赤谷を含めた5地区の河道閉塞に対し,日本建設業連合会を通じてゼネコン各社に協力要請を行った。これを受けて真っ先に現地に乗り込んだのが,ダムの砂防工事「大滝地区地すべり対策工事」(奈良県吉野郡川上村)で副所長を務めていた船迫俊雄所長だった。船迫所長は阪神・淡路大震災の復旧などに従事した経験をもつ危機管理のスペシャリストで,翌日の13時に国土交通省の緊急災害対策派遣隊とともに現地入りした。
「5分でも遅れたら野宿だといわれていました」と話す船迫所長。台風の被害で通行止めとなった国道には緊急ゲートが設けられ,ゲートが閉鎖される17時までに戻らなければならない。時計を見ながら途中で引き返す人もいたという。その限られた時間のなかで船迫所長が重視したのは所員・作業員の退避場所だった。災害復旧で作業にあたるとなれば,二次災害の危険性が高くなるからだ。現場までの道路は完全に寸断され,途中で車を降りて歩く。倒木が散乱する道なき道を2時間かけて辿り着くと,現場は柔らかい土砂が山積みになり退避できる場所はなかった。アプローチは土石流の危険が伴う下流側のみ。乗用車で避難できる道路整備が最優先となった。
形を変える現地
当社が赤谷地区を施工することが決まった16日,船迫所長は現地で指揮をとるために赴任。道路をつくるバックホウを現場に入れた。二次災害防止を念頭に雨が降るとすぐに退避させ,これを数日間繰り返した。その後,21日から23日にかけて再び台風15号が襲来し,現場に豪雨をもたらした。船迫所長は,台風後の現地を確認して愕然とした。土砂は形を変えて,以前にはなかった深さ15mほどの河道ができていたのだ。「この状況で工事がうまく進むのかと不安を覚えました。しかし避難している住民たちがいる。警戒区域の解除をめざして,やるしかなかった」。
台風15号が過ぎた24日は晴天が広がり,3台のバックホウが入って再度道路付けの作業がはじまった。重機の台数を増やしていったが,給油車が現場に入れないため,重機は国道まで給油に戻りながら倒木処理を行う。この日は,崩落斜面直下での作業に向けた斜面詳細調査も行われた。落石が頻発するさなか,調査に入った監理技術者の森田真幸工事課長代理は「正直なところ,当初は現地に入るのが怖かった」と打ち明ける。自分の目で確かめたいと崩落斜面の頂上まで登山道を迂回しながら登り,2時間かけて頂上に到着すると直下には抉れた山肌が待っていた。「これが現実だと目が覚めた思いでした。この景色から逃げずに,技術者の役割を果たさなくてはと。ちょうどその日は,妻の誕生日でした。毎年祝う度にあの光景を思い出すのでしょうね」。
対策工事では,堆積した土砂量が膨大であるため全てを取り除くことができない。ダム湖からポンプで強制排水をしながら安定した高さまで土砂を掘削し,排水管を設置した上に排水路を構築する。侵食されない構造の排水路であれば越流しても土石流発生を防ぐことができる。
水との戦い
10月に入り,道路と退避場所を確保すると排水と掘削が本格化した。「この時期は,水との戦いでした」と森田課長代理。落石を防ぐために無人化施工で崩壊斜面に防護土堤を設置しながら,大容量排水ポンプを10台設置した。合計60t/分の排水能力をもつポンプで,一日あたり7~8cmダム湖の水位を下げる。しかし,一度大雨に見舞われれば数m水位が上昇してしまう。10月から12月にかけては毎月1回越流を経験した。現場では,退避基準を降雨量やダム湖の水位,地盤状況などの数値で定めている。例えば,崩落斜面に設置された地盤収縮計では2mm/時,累計10mmの変動が認められると一旦退避し,点検が完了してから作業に入ることができる。「水を含んだ土は崩れやすくなる。雨が止んだからといって危険が去ったというものではない」(森田課長代理)。これまでに月2~3回の頻度で退避を行ったと振り返る。
松本健太郎工事係は,こうした数値を毎朝確認し管理している。点検の際には,現地で作業を行う職長や作業員も交えて意見交換を行っているという。「協力会社も含めて現場一丸で工事を進めてきました。遠方からの協力業者が多いにもかかわらず,無理な依頼にも応えてくれる。災害対応に特別な気持ちで臨んでくれているのだと思います」。
警戒区域解除
掘削が本格化すると,現場には25t重ダンプ4台とクローラダンプ5台,最大1.8m3級のバックホウ12台に70人の作業員が入った。12万m3を2ヵ月で掘削する驚異的な速度で施工が進み,12月25日には暗渠排水管の据付けにこぎつけた。水中ポンプの4倍の能力をもつ排水管が入ったことでダム湖水位が安定し,水に悩むことは少なくなった。排水路は,現地で採取した栗石をかごマットで固定する工法を採用して水流に侵食されない構造とし,2012年2月8日に排水路護岸底部が完成した。天然ダム決壊のおそれが大幅に低下したため,警戒区域が解除。その後,排水路斜面の工事を進めて,現在排水路の仕上げが進んでいる。
「警戒区域解除という大きな目標達成に,関係者全員が胸をなでおろした」と振り返るのは,工事全般を指揮する江口健治副所長。設計図も現地の図面もなく,企業者やコンサルタントと設計を協議しながら進めるところに工事の難しさがあったという。「設計をしながら施工も行っていく。しかもできるだけ早く,安全に。全て満足させるにはゼネコンの力が必要で,関係者から期待されていた部分だと感じています」。
しかし,このまま工事は終わらなかった。今年の6月19日,季節外れの台風4号が近畿地方を直撃して崩壊斜面の一部が再び崩落。完成間近の排水路を土砂が覆った。排水路の構造が完成しているため大きな問題にはならなかったが,江口副所長は決意を新たにしたという。「常に災害が起こりうる,そういう現場だということです。本格的な台風シーズンに向けて気は抜けません」。
対策工事は,11月まで続く見込みだ。