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都市をはかる:第1回 距離をはかる

都市の原型は様々です。
私たちの先人は山河などの地理的な制約の中で,社会生活や,居住の場として都市を「図り」,円滑に機能するよう都市を「計り」,計画の合意を形成するために都市を「諮り」,建設のために都市を「測り」,運営のために都市を「量り」ながら都市をつくりあげてきました。
時に戦術として都市の攻略を「謀る」…,場面もあったかもしれません。

都市は不断の「はかる」行為によって支えられています。

1950年代,アメリカの地理学界で数量化や統計学を使って分析を行うという革新が起こり(計量革命),都市を「はかる」行為はコンピュータの発達も寄与して飛躍的に進歩しました。今日では,膨大な種類と量のデータを集計して「はかる」ことで,都市現象をより正確に予測したり,問題点を抽出し,都市計画に役立てることも可能となりました。

量の変化が質の変化を引き起こすこともあります。自動車が風の抵抗を受けにくい形を追求してデザインされ,美しくなることがあるように,土地形状や人口分布などの「量」的な裏づけから,都市や建築のデザイン・利便性を追求することで,愛着や快適性といった「質」を獲得できるかもしれません。

今月からの新連載では「都市をはかる」と題し,都市の諸々の量をはかることで,これまで見えにくかった都市の様相,都市をデザインするための「下敷き」を探してみたいと思います。

直線距離だけでは測れない都市

生活の中で感覚的にわかっていることや,当たり前のように感じることも,いざ量的なデータに置き換えようとすると,様々なことを考える必要があると気づきます。第1回ではまず,そのプロセスを身近な「距離」の測り方を例に紹介します。

距離を正確に測ることは,単に遠さ近さというだけでなく,公共施設や商業施設などの配置の妥当性,不動産価値を見出す上でも重要となります。例えば最寄り駅から徒歩何分かによって家賃が上下する現象も身近な側面のひとつといえるでしょう。

都市の2地点間の距離を測るとき,街路の形状が複雑であると,定規を置いて直線距離を測るのでは不十分で,多くの場合,2地点間をつなぐ街路の距離を測る必要があります。その方法のひとつに,街路をエッジ(枝),街路が交わる交差点をノード(頂点)と見なし,全体のつながりをネットワークとして捉える考え方があります。都市の街路は,ある地点からある地点まで何通りものルートがあるのが常です。図1は,東京・赤坂の街区をネットワークとして表現したものです。次の図2は,赤坂の街区に470本ある「枝」(街路)を長さの順に並べたものです。赤坂は2mから600m超の「部品」で形づくられています。このように,街区を「部品リスト」化することで一本一本の距離は比べられますが,これだけでは例えば交差点番号249(赤坂見附交差点)から,交差点番号257(赤坂Bizタワー前)までのルートと距離を考えた場合,ルートが無数に存在するので,距離は定まりません。

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図版:図1

図版:図1

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図1 東京・赤坂エリアに張りめぐらされた道路。これらを交差点と街路に分解し,街路ネットワークとして捉える。勾配による負荷が大きいほど赤く,平坦なほど青く表示される

図1,図2のPDFをダウンロード

図版:凡例

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図版:図2

図版:図2

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図2 赤坂のネットワークを構成する470本の枝(街路)を長さ順に並べてみる。複雑な都市も「部品」に分けていくことで,ある視点(ここでは距離)における特徴を簡単に把握できるようになる。

右のグラフは参考と して実際の距離の分布を見たもの。統計を可視化することで赤坂の特徴を定量的に把握でき,他のエリアと比較することも可能となる

図1,図2のPDFをダウンロード

図版:赤坂エリアにおける街路の実距離の分布

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最短ルートを導く「紐」と「おもり」

そこで,ここでは2地点間の最短ルートの長さを距離と考えることにします。

最短ルートを見つけるひとつの方法は,カーナビや鉄道経路検索のシステムにも用いられるダイクストラ法というアルゴリズム(計算手順)です。ダイクストラ法はコンピュータを使って求めるものですが,模型を使っても説明できることが知られています(図3)。ノードをおもりに見立て,出発基点のおもりをつまみ,ゆっくり模型を持ち上げると,出発基点から最も近いおもりとの間の紐には張力がかかるため紐は一直線になります。このままおもりを持ち上げると近いおもりどうしの間の紐に次々に張力がかかり,目的地点のおもりまで一直線で結ばれます。この紐が最短ルートになります。

図3(右図) 最短ルートを導くダイクストラ法を説明する模型。赤坂見附交差点(249)から赤坂Bizタワー前(257)までの最短ルートを探すため,(249)のおもりをつまむと,張力がかかり近い順におもりが持ち上げられる。(257)まで一直線に結ばれる紐が最短ルートで,その他のルートは紐がたるむ

図版:図3

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伸縮する距離

前述の通り,都市は様々な活動履歴が幾重にも重なって形成されてきました。その一番下にある履歴は地形です。単に長さにおける最短ルートがわかっていても,そこに勾配のきつい坂道があれば,迂回ルートを選ぶなど,地形が行動に影響するケースはよくあることに気づくと思います。坂道は歩行速度が遅くなるため,迂回したほうが実際に早い場合もあり,また上りか下りかでも移動の負荷が異なるため移動時間は変わります。つまり,起伏のある都市においては,最短ルートを見つけるだけでは2地点間の移動時間までは測ることができず,最も効率のよいルート選びとはいえなくなってくるのです。

そこで,勾配や移動する方向によって体感する距離が変わることを,実際の距離(実距離)が伸縮したように置き換え,これを「見なし距離」と呼ぶことにします(式で表すとすると「見なし距離」=実距離+高低差×負荷係数)。つまり,坂道の上りは時間がかかるので見なし距離が長くなり,下りでは短くなるというように,勾配や進む方向によって見なし距離が異なると仮定します。

図1は,上りは下りの3倍負荷がかかるとし,街路の実距離と見なし距離の比率を求め,スペクトラム表示したものです。この比率が大きいほど(実距離との差が大きいほど)赤く,逆に比率が小さいほど青く表現しています。外堀通りの平坦な道は青く,急勾配で知られる「三分坂(さんぷんざか)」は赤くなっているのがわかります。

また,同じ勾配の坂道であっても,移動負荷の感じ方には個人差があります。例えば,高齢者は若者より坂がきついと感じるでしょうから,上りの負荷係数を大きく設定します。図4では,同じ目的地に向かう場合でも,負荷係数をだんだん大きくしていくことで最短ルートが変化することを示しており,負荷を大きく感じる高齢者ほど,実距離は若干長くなっても平坦なルートを選ぶ結果となります。

図4(右図) 上り負荷の係数を変化させると,最短ルートの選択も変化する。負荷係数を1から変化させていくと4.1と7.7でルートが変化した。つまり,負荷を大きく感じる(設定する)ほど,選ぶ道が平坦なものになっていく

図版:図4

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ルートの選択理由

私たちは,日々の移動で最短ルートを必ず選択するとは限りません。例えば,通りに店舗が多く楽しく通過できるので,最短のAルートよりBルートを選ぶ,といった体験も日常的にあります。そこで,何mまでなら迂回してもよいかという許容値を考慮したルート検索を考えます(図5)。許容ルート内では,別のルートを選んでも利便性が損なわれることはあまりないことがわかります。

このように,2つの場所の間の距離を測るといっても,現実の都市には様々な考慮すべき要素があります。毎日,最短ルートだと思って通っている道の選択方法を定量的に分析すると,じつはここで述べた許容ルートに当てはまっていたのかもしれません。

こうして都市の状態一つひとつを「量」という客観性のある情報に落とし込んでいくことで,日常の生活範囲だけでなく,遠い国の知らない土地でも「まち全体を見渡せる高台を通りつつ30分以内に駅に到着するルート検索」といった多様なニーズに応えられるような,汎用性のあるシステムができあがります。

筆者らは,距離をはじめ様々な「量」に着目したソフトウェアを開発し,地域の分析や計画に活かしています。本連載ではそうした経験をもとに,私たちの身近な都市を「はかる」面白さや,デザインや計画の素となる新たな視点を,紹介していきたいと思っています。

図版:図5

図版:図5

図5 左:最短ルート 右:最短ルートに+18mの差を許容した検索結果。ルートは8通りに増える

図1,図2のPDF版をダウンロード

Profile:hclab. エイチシーラボ

國廣純子,新井崇俊,市川創太を中心とする都市研究室。タウンマネジメント,都市解析,都市・建築設計などに携わりながら,デザインの下敷きになりえる都市・建築の構造や潜在価値を探るために,評価・設計支援ソフトウェアを独自開発している。都市工学を現実のデザインにアプライすべく,ユーティライズを行い,形の特性,空間情報と統計情報などとのブリッジを得意とする。「ICC都市ソラリス展」「杉浦康平・時間地図デジタイズ プロジェクト」など。
http://hclab.jp

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