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水素社会とまちづくり

今月の特集を組むにあたって,次世代の太陽電池,燃料電池,
そしてエネルギーシステムの設計・開発を専門とする
伊原教授に,水素エネルギーや水素社会についての
現状と展望を伺った。

東京工業大学 物質理工学院
応用化学系(エネルギーコース)教授
伊原 学

いはら・まなぶ
1965年生まれ。
東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。
東京大学助手,東京工業大学准教授,
東京工業大学環境エネルギー機構副機構長などを経て
2016年より東京工業大学教授,現在に至る

写真:伊原教授

伊原教授。
研究室のある東京工業大学EEI棟の前にて

全地球で取り組むSDGsと脱炭素

2015年9月に国連サミットで採択されたSDGsでは,17の大きな目標のなかに「気候変動に具体的な対策を――気候変動とその影響に立ち向かうため,緊急対策を取る」「エネルギーをみんなに そしてクリーンに――すべての人々に手ごろで信頼でき,持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」が定められました。そして同年12月のCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択されたパリ協定から波及し,先進国の多くは2050年までに温室効果ガス排出量80%削減を掲げています。いま世界は一丸となって地球温暖化対策に取り組んでおり,日本も30年度までに温室効果ガスの排出を26%削減(13年度比),50年度までに80%削減(同)という目標に向けスタートしました。

この大きな目標達成に向けた具体的なシナリオをさまざまな研究機関が作成しています。それらのシナリオによると,発電によるCO2排出はほぼゼロにする必要があるという計算結果が出ています。電力の脱炭素は日本が避けては通れない課題となっており,今後は再エネの比率を上げていく必要があるなか,その主力は太陽光と風力になっていくと考えられます。ただし太陽光も風力も変動型の電源のため一定の調整機能が必要です。その観点から,水素が,いま注目されているのです。

「グローバル水素」と
「ローカル水素」

太陽電池の世界価格は,ここ5,6年の間に約半分に下がりました。再エネはクリーンであるのみならず,将来は現在の電力価格に比べ,安価になる可能性があります。また,エネルギーの調達を世界規模で考えると,日照時間の長い中東地域などに太陽電池を設置すれば,同等のイニシャルコストで大量かつ安価な電力が得られます。このような安価な電力で大量に水素を製造,輸入し,それを燃料に発電所でタービンを回して効率よくCO2フリー電力をつくる計画があります。これが「グローバル水素」という考え方です。

一方で,国内において,比較的小規模な電力ネットワーク内で太陽電池などの再エネから水素を製造,燃料電池などで利用する。これを「ローカル水素」と呼んでいます。

グローバル水素では,再エネや,石炭を使って電力をつくり生成するCO2を地中などに貯留するなどして,安価なCO2フリー水素を製造できるものの,水素を海外から輸送する必要があります。

一方,ローカル水素では,CO2フリー水素の製造コストは上がりますが,輸送に関わるコストは低減できます。したがって,将来はこの2種類の水素がエネルギーシステムにおいて重要な役割を果たすと考えられます。

エネルギーコストを下げ,
国際競争力を高める

これまでのエネルギーコストは原油中心に形成されてきましたが,これからのエネルギーコストは調達方法によって大きく変わってきます。このことは,日本がエネルギー開発で遅れを取り,高価なエネルギーを使用し続ければ国力が低下し,世界経済から取り残されることを意味しているのです。製品をつくるには必ずエネルギーが必要で,そのコストは製品価格に直結しています。ものを製造して海外に売るというビジネスモデルを基本とする以上,他国に先んじてエネルギー改革を推進していくことが,この先何十年かの日本の国際競争力に大きく影響すると思います。

また,世界の投資家は,企業がSDGsに向けた行動を取っているかを重視しています。エネルギーの変革が起こるということは,企業の構成も変わっていく可能性があり,次のエネルギー社会を見据えて先手を打てるかどうかが,民間企業の明暗を分けるのではないでしょうか。

必要な多業種の協同と
建設業に期待すること

ここまで述べてきたエネルギー改革の実現には,まだ技術的課題があるのが現状です。多くの分野での技術開発と,分野の垣根を越えた協同が必要です。そこで本学では「InfoSyEnergy(インフォシナジー)研究/教育コンソーシアム」という産学連携のエネルギー組織を立ち上げました。新しいエネルギー社会をデザインしていこうというもので,水素エネルギーもそのひとつとして位置づけられています。鹿島さんも会員企業の一員です。

新しいエネルギー社会は「どのようなまち,建物をつくるか」という課題と密接に関係します。これまでは,遠い発電所で電気がつくられ,送電線でまちに運ばれてくるという構造でしたが,今後はまちづくりの姿に合わせて,小型の太陽電池や燃料電池などが地域で分散する状況に変わってきます。これらの分散した小型のエネルギー源を情報通信技術によってネットワーク化することで,まるでひとつの発電所のように機能させる。そしてそのまちのネットワークがひとつの発電所のように外部とエネルギーの受け渡しを行う,「系統協調分散エネルギーシステム」という仕組みを構築していくのです。そこでは,既存のまちをどのように改編し,自立的電力網をもたせられるかが課題であり,まちづくりなくして水素社会は実現できないのです。

また,私の研究室が入っている大学内の7階建の建物(環境エネルギーイノベーション棟。以下,EEI棟)は南・西面と屋根が太陽電池パネルに覆われており,独自開発のエネルギーシステム「Ene-Swallow(エネスワロー)」でさまざまな制御を行っています。このように,建築基準法などの範囲内で,どれだけ再エネ発電設備を建物のなかに収めるのかということも,今後開発が進められるべきポイントのひとつだと考えています。

新しいシステムが人々の生活に身近になっていくには,そのデザインも重要になってきます。建設分野で幅広いスケールと最先端の技術を扱う鹿島さんには,まち,建物づくりを通じた新しいエネルギー社会の実現をリードしていくことを期待しています。

Ene-Swallow:
東京工業大学大岡山キャンパスにおける,分散型スマートエネルギーシステム。熱需要に応じた各分散電源の高効率運転を行うとともに,リアルタイムデータに基づく独自の電力予測式によってピークカット制御を行う。停電時にはEEI棟内の分散電源を連携させるなどにより,自立運転を継続することができる。

改ページ
図版:低炭素大規模発電と分散システムが共存するエネルギー社会

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