歴史を継承しつつ
新たなミナミの顔へ
ホテルロイヤルクラシック大阪(仮称)
新築工事
大阪市難波・御堂筋の象徴だった大阪新歌舞伎座の閉館から10年が経過した。
今年12月,その跡地に,冠婚葬祭業大手のベルコが,ファサードの一部復元という形で,
結婚式場を備える複合ホテルをグランドオープンする。
所長を中心に個々の所員が,施主や設計事務所,協力会社とともに,
3年半にわたって挑んだ難易度の高いプロジェクトを紹介する。
【事業概要】
ホテルロイヤルクラシック大阪(仮称)
新築工事
- 場所:大阪市中央区
- 発注者:ベルコ
-
設計監理:隈研吾建築都市設計事務所
(設計協力:当社関西支店建築設計部) - 用途:ホテル(結婚式場併設)
-
規模:地上S造(CFT),地下SRC造,
B1,19F,PH1F 延べ26,427m2 - 工期:2016年3月~2020年3月
※2019年7月末 建物本体部竣工,
2020年3月 地下連絡道部竣工予定
(関西支店施工)
大阪新歌舞伎座の歴史
大阪新歌舞伎座(以下,新歌舞伎座)は,1958(昭和33)年,大阪歌舞伎座の後継劇場として大阪市難波に建てられた。設計・デザインは,日本を代表する建築家・村野藤吾氏の手によるものだ。
当時,「観光劇場」と銘を打った桃山調のこの建物は,頂部に大きな千鳥破風を配し,壁面には連続する唐破風と欄干手摺が全体を覆っていて,他に類を見ない独創的なデザインだった。
また,興行形態は,これまでの歌舞伎や新国劇,新派から,映画スターや人気歌手による月替わりの公演へとシフトしたことで,新歌舞伎座は栄華を極めた。
2009年,老朽化による閉鎖に伴い,場所を難波から上本町へと移し,二代目の新歌舞伎座として現在に至る。
新たなランドマークの誕生
2016年3月,閉鎖後の跡地に「ホテルロイヤルクラシック大阪(仮称)新築工事」が着工した。約2,300m2の敷地に,地上19階,地下1階建ての複合ビルを建設する。特徴的なデザインの5つのバンケットと,2つのチャペルの披露宴・挙式会場,そして150室の客室などから構成される。設計監理は隈研吾建築都市設計事務所と当社が担当,施工は当社が担う。
取材で現場を訪れた6月上旬は,7月末の完成を前に仮囲いが外され,圧倒的な存在感を誇るビルが姿を現していた。
外観は,低層部では新歌舞伎座の唐破風と屋根銅板葺き,欄干手摺を復元保存。高層部のアルミフィンを複数枚重ねた縦ルーバーの奥行き感と繊細な表情が,新旧の調和した趣を感じさせる。
内観は,木材を中心とした自然素材を用いたバンケットや,自然光を多く採り入れた和紙を使ったチャペルなど,和のぬくもりが感じられた。
徹底的な合理化の推進
現場を率いるのは,日本やシンガポールで,高層マンションの施工経験が豊富な山田稔明所長だ。実施設計の段階から当プロジェクトに携わっている。
「着工前には既に所長がやるべき施工計画の作成を終えていました。本施工でも使用できる実物大モックアップによる施工検証など,計画時点で合理化が可能なところは全て図りました。起用する協力会社も事前に決め,地下工事からスムーズに進めることができました」と山田所長は話す。
合理化の一つが,現場造成杭の管理に検タス※を使用したことだ。支店の現場サポート室の支援を受け,現場仕様にカスタマイズし,システム化した。iPadを用いて検査結果を入力し,記録写真を保存する。検査データを確実に管理でき,BIM※との連動で進捗状況を色分けしたモデルを作成することも可能だ。効果として,膨大な数の検査結果の書類作成や管理,写真整理がなくなり,資料のまとめに費やす時間を大幅に削減し,残業時間の短縮にも繋がった。
また,既存の地下躯体の解体では,散水ロボットを採用。機械化による作業効率のアップとともに,安全性の向上が図られ,労務量の削減にも寄与した。
※検タス:
現場の検査業務の効率化と精度向上を目的に当社が開発したツール。iPadで検査結果を入力・写真撮影をすると,自動的に検査記録が作成・保存される。
※BIM:
Building Information Modeling
建物の3次元モデルにデータを構築・管理するためのツール。
ものづくりの楽しさ
特徴的なデザインを持つ5つのバンケットは,施工管理の腕の見せどころだ。これまでオフィスや学校など,数多くの施設を手がけてきた経歴を持つ矢野和孝副所長は次のように話す。
「各階ごとに,バンケットの天井の形状や壁の素材が全て異なるデザインでした。天井・壁・建具の細かい取り合いなど,施工上の留意点は多岐にわたり,試行錯誤を繰り返しながら進めました」。
工夫の一つとして,膨大な天井・壁の目地を材料のロスが少ない割り付けに変え,工場でのプレカットとした。また,素材もケイカル板へ変更したことにより,目地作業の効率化と合わせて,見た目のシャープさも実現した。
「一つとして同じ施工方法で進められるフロアがありませんでした。とにかく特殊性が高く,非常に難しい工事でしたが,協力会社も私たちの要望に対して,匠の技で全力で応えてくれました。効率化やスマート生産だけではなく,本来のものづくりの奥深さや楽しさを味わうことができました」と矢野副所長は語る。
新歌舞伎座の復元
低層部の施工には,3Dレーザースキャナー※を活用した復元工事も含まれていた。
外装工事を担当する森脇徹次長は,「新歌舞伎座をよく覚えている方々が,完成した復元部をご覧になったときに満足いただける仕上がりとなるよう,施工に細心の注意を払いました」と振り返る。
復元工事は,5年前,解体が決まった新歌舞伎座を丸ごと3Dレーザースキャナーで測量するところから始まった。得られた3DデータをBIMに落とし込んで復元部の3Dモデルを作成し,実物大の復元モックアップを制作,おさまりを検討した。復元部のうち銅板屋根については,銅板の経年変化をチェックするため,3ヵ月ほどの期間を置いた後,施主・設計事務所の確認を経て,復元部の仕上げ工事を行い,完成に至った。
「新歌舞伎座のアイコンとも言えると思いますが,あの連続する唐破風や千鳥破風,欄干手摺などの特徴的なデザイン部分を高精度で復元でき,満足のいく仕上がりとなりました」(森脇次長)。
※3Dレーザースキャナー:
スキャナーから照射されたレーザーによって対象物の空間位置情報を取得する計測機器。
デザインとの融合
本体工事の契約時に,ホテルとしての付加価値を高めるため,バンケットの照明や外部のライトアップ照明,客室のナイトパネル,水景など,設備を中心とした22項目の工事がリストアップされた。
設備工事を担当する吉田考伸設備課長は,「工事の進捗と並行して,当社が主体となり整備することになっていましたが,想像以上に大がかりなものでした」と説明する。
唐破風の復元といった設計事務所のデザインを考慮し,かつ項目ごとに「中身」のスペック機能と「見た目」のデザインを両方とも満たす提案を行うことが求められた。
「将来のメンテナンスの簡便さを含めて粘り強く検討を行い,実際に形にすることができました。施主や設計事務所から,良かったと言われたときは本当に嬉しかったです」(吉田設備課長)。
新たな歴史を刻む
現在,現場は工事の終盤を迎えている。山田所長は,「着工前,難波の街は,かつての勢いを失いつつあると感じていましたが,プロジェクトを通じて,街の再興に一役買うことができたのではと思っています。また,所員一人ひとりが本当によく頑張ってくれました。本社・支店の支援もとても心強かったです」と振り返る。
矢野副所長も新歌舞伎座の思い出として,こんなエピソードを話してくれた。「幼い頃,母に手を引かれて新歌舞伎座の前を歩いていました。今回,御堂筋で難波のランドマークを復元するプロジェクトに携わることができたことは,非常に感慨深いですし,誇らしいです」。
今年12月のグランドオープンまであと4ヵ月ほど。既に宿泊やバンケットの予約も入り始めているという。新歌舞伎座の意匠を受け継ぎつつ,モダンさも取り入れた新生ミナミの顔は,観光都市・大阪に新たな歴史を刻もうとしている。