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ブエノスアイレス:眠らない街,音楽の都

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街を南北4キロに延びる「7月9日大通り」と,
交差する「コリエンテス大通り」の中心に建つ,白い巨塔オベリスコ

©shutterstock.com

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1816年,スペインから正式に独立したアルゼンチンの首都ブエノスアイレスには,碁盤の目のように張り巡らされた大小の通り沿いに,超高層の近代建築ビル群と,植民地時代に建てられた200年以上前の古い欧風建築物が今なお残され,混在して建ち並ぶ。その中心には,世界一の道幅を誇る7月9日大通りが南北を貫き,高さ68mの白い巨塔,オベリスコが建つ。この塔は市街中心部のどこからでも確認できる位置に視覚的シンボルとして建ち,人々から愛されてきた。折々に民衆はここへ集まり,祝ったり,抗議したりもする。

古いものを愛しセンスに長けたアルゼンチン人は,斬新かつ大胆な建物のリノベーション活用も得意だ。CCK(キルチネル文化センター)は,中央郵便局だった建物の外装はそのままに,近代的なリノベーション技術でスケルトンの内装と音質も素晴らしい近未来型ホールに変貌させた。ほかにも古い劇場が書店に再活用された例や,石畳の貨物線路が残ったままの古い道路を新たな敷石で整備した美観地区など,タンゴの街らしい風情を生かしたエリアが随所にみられる。

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ピアソラもかつて演奏した劇場をリノベーションした,エル・アテネオ・グラン・スプレンディド書店

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CCKでは,国内外のアーティストによる
良質なコンサートが無料で楽しめる。
写真はエントランスホール

©Diego Grandi / stock.foto

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日本から最も遠い南米のこの街で,私は日系団体の管理する世界最大規模の日本庭園のPR担当として人生初の海外生活3年間を過ごした。アルゼンチンの公用語はスペイン語だが,宮崎駿がアニメーター時代に手がけた「母をたずねて三千里」に描かれた主人公の少年マルコのようなイタリア系移民も多く,その他欧州諸地域の移民とその子孫が国民を形成している。

この国を代表する音楽のひとつ「タンゴ」は,そうした移民が持ち込んださまざまなリズムが融合されて,19世紀,場末の港町だったボカ地区から生まれたとされる。その後長い歳月を経て,世界文化遺産にも登録されるアルゼンチンを代表する音楽として世界に知られるようになった。

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港町ボカはディエゴ・マラドーナゆかりのサッカースタジアムもある

2021年は,歌・ダンスを中心に楽しまれてきた伝統的な音楽だったタンゴに,ジャズ,クラシック,ロックなど多彩な音楽要素を加え,従来のタンゴに大胆な改革をもたらし世界的名声を得たバンドネオン奏者/作曲家,アストル・ピアソラの生誕100周年だった。世界三大劇場のひとつコロン劇場では,3月にさまざまなジャンルの演奏家たちによるトリビュート・コンサートが約2週間連日無料で開催され,その様子は世界中に配信された(映像アーカイブは現在もコロン劇場のYouTubeで視聴可能)。2022年は彼の没後30年にあたり,今年も引き続きイベントが期待できそうだ。

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百余年の歴史を誇るコロン劇場

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タンゴに不可欠な蛇腹楽器,バンドネオンを弾く
ピアソラの師匠アニバル・トロイロの彫像

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ちなみに同地でタンゴを楽しむには,タンゴに特化したライブハウス「タンゲリア」と劇場やコンサートホールが一般的だが,お勧めなのは,公園や路上,建物の一室など,さまざまな場所で庶民がダンスを楽しむために行われる「ミロンガ」だ。なぜなら,それこそがもっともブエノスアイレスらしいタンゴの形と言えるから。

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庶民がプロの演奏に合わせ,思い思いに踊るミロンガ

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一方,欧州移民,南米のカウボーイ「ガウチョ」,先住民の3つの伝統から生まれた地方の音楽・ダンスである「フォルクローレ」も忘れてはならない。ギター弾き語りの吟遊詩人スタイルを都市センスに昇華させた歌手/作曲家アタウアルパ・ユパンキや,メッセージ性高く力強い歌声で「南米の母なる声」と呼ばれた歌手メルセデス・ソーサの活躍で,ポピュラー音楽におけるフォルクローレの存在は高まり,さらに学校の授業にも取り入れられ,若者のアイデンティティとして生まれ変わりつつある。ここ20年ほどはジャズやブラジルなどの近隣諸国の音楽や南米ロックの要素なども融合した新スタイルの現代フォルクローレが好まれ,世界的人気となっている。その先駆的存在がマルチ演奏家/作曲家のカルロス・アギーレと,彼に続くのがアカ・セカ・トリオだ。彼らの人気は日本でも高く来日ツアーも行っている。ブエノスアイレス近郊のラプラタ大学で出会った地方出身の3人の男子学生が,各人の音楽遍歴と出身地のアイデンティティを保持しつつ,純粋に大好きな音楽を持ち寄りピアノ/ギター/パーカッションを共に演奏し歌ううちに生まれた,シンプルかつハーモニーの美しいコーラスと卓越した確かな演奏テクニックで,彼らの音楽は聴く人の心を掴んで離さない。シンガーソングライターのコトリンゴとは互いにシンパシーを感じ合ったそうで,来日の際に対談も行っている。

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アルゼンチンを中心に南米で広く使われる,
毛のついた皮を張った太鼓「ボンボ・レグエロ」を
演奏しながら歌うアカ・セカ・トリオ

また,昨夏の東京パラリンピック閉会式でのパフォーマンスが話題となった女優/演奏家シシド・カフカ率いる打楽器集団「el tempo」は手の動き=「ハンドサイン」だけで即興演奏をあやつる独自メソッドが特徴的だが,その考案者であり世界中で指導を行うサンティアゴ・バスケスはブエノスアイレス生まれの希代のパーカッショニスト。シシドは現地留学し,彼から学び習得した。

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魅力あふれる音楽の街ブエノスアイレスでは,常に音とリズムが生活に寄り添っている。週末の街角,記念日のホームパーティや祝いの場で,食事と共に老いも若きも幼児でさえも,一晩中音楽と歌と踊りで明け暮れる。まさに眠らない街を体現するのだ。平日は朝から夜まで働いても,余暇には人生を謳歌する,そんなこの街とそこに暮らす人々の音楽に,私は今も魅了され続けている。

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演奏に欠かせないギターを中心に、思い思いの楽器を手に集まるファミリーコンサート

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Listening

アカ・セカ・トリオ・ベスト(2016)

伝統フォルクローレを親しみやすいポップスに刷新したアカ・セカ・トリオの初来日記念ベスト・アルバム。伝承曲もオリジナルも言葉を解さなくても口ずさみたくなるリズムが心地よい

※視聴する際は、音量にご注意ください。

谷本雅世|Masayo Tanimoto

PaPiTaMuSiCa(パピータ・ムシカ,音楽レーベル&プロデュース)代表。アルゼンチン赴任後,南米音楽に魅了され執筆活動を開始。来日音楽家のアテンド,サポートや企画を行う。CDライナーノーツやインタビュー執筆多数。日本マテ茶協会認定マテ茶アドバイザー。著書に『旅の指さし会話帳(40)アルゼンチン』(情報センター出版局,2003年)ほか。

石橋 純|Jun Ishibashi

東京大学大学院総合文化研究科教授。東京外国語大学スペイン語学科卒業後,家電メーカー勤務中にベネズエラに駐在。のちに大学教員に転身。文化人類学・ラテンアメリカ文化研究を専攻。著書に『熱帯の祭りと宴』(柘植書房新社,2002年),『太鼓歌に耳をかせ』(松籟社,2006年)ほか。

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