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大地の建築術 自然と共生する叡智 第1回 トルコ・カッパドキア─奇岩に潜む巨大地下都市

人類は誕生以来,その生活空間を厳しい自然から守るために,
大地の起伏や斜面などを生かしながら住まいや集落を築き上げ,さまざまな叡智を生みだしてきた。
しかし,近代建築が利便性や経済性などを追求するなかで,人類は自らを大地から切り離してしまい,
人々の連帯感も弱まっていった。2016年の連載「幸せの建築術」の続編となるこのシリーズでは,
大地の様相にもう一度目をむけ,自然と共生する人類の叡智を見つめなおしていきたい。

写真:カッパドキアの奇岩群

カッパドキアの奇岩群。地上に突き出した岩はくり抜かれ教会や住居として使われた。この地下に巨大都市が広がる

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地下都市のはじまり

独特の奇岩の景観で知られるカッパドキアは,トルコ中央部,標高1,400mのアナトリア高原に位置する。これらの奇岩は噴火による火山岩によってつくり出されたものである。地上に突き出した塔状の岩をくり抜いて教会や住居が無数につくられ,多くの人々がここで生活していたそうだ。実際に奇岩群がそそり立つ姿を見渡すと,人々の魂が今でもそこかしこに感じられ,不気味でさえある。

この広大な奇岩空間の下に,かつて多くの地下都市が存在したことが知られている。この地下都市の起源は諸説あり,ヒッタイト人またはフリギア人が紀元前15~12世紀に住み始めたことに端を発したといわれている。

それ以降も人々が住んでいたと思われるが,詳細な記録は残されていない。その後,紀元3世紀ごろに初期キリスト教徒がローマ帝国の迫害を恐れて,身を隠すことができるこのカッパドキアの地へ移り,地下都市を拡大していった。それらはギョレメ国立公園を中心に300ほどあるといわれている。現在でも発掘が行われているが,まだ全体の1割にも満たないそうだ。2007年にも新たな遺跡が発掘された。今後どのような地下都市が現れるのか楽しみでもある。

地図

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迷路のような地下空間

カッパドキアの地下都市の中でも最大級のデリンクユ地下都市は,今から約50年ほど前に発見された。現在,地下12階まで確認されていて,1万人ほどが優に暮らせたそうである。デリンクユの他にもカイマクル,オズコナークなどの地下都市も公開されている。地下都市は縦横に蟻の巣状に広がっていて細い通路が数多くの部屋を繋いでいる。それらは迷路に次ぐ迷路で,容易に地下都市の空間を把握することができなかったはずである。

このような迷路空間は世界中の集落にもあり,極端な例としてはもう取り壊されてしまったが,香港の九龍城や,今では廃墟となっている長崎の軍艦島でも見られた。

人々はこの暗がりの洞窟の中で,記憶と身体の知覚を駆使して自由に動き回っていたに違いない。現代建築の主要なテーマには明快な動線ということがあるが,これらの空間では敵の侵入や空間の効率化などから,むしろ対極だといえる。

写真:迷路のような地下空間

迷路のような地下空間

大規模な共同生活

カッパドキアの地下通路群には上下吹き抜けの部分や広がったスペースも所々にある。中には使われ方がわからない奇妙な空間が多々見られるが,いずれにしても大規模な共同生活が営まれていたことは間違いない。地下でありながらも息苦しさを感じさせず,今その空間に入っても生き生きとした当時の人々の息吹が聞こえてきそうである。

また地下にあることから,かえって人々の連帯には強いものがあった。途中には転がすことで開閉できる円形の扉がつけられ,敵の侵攻を防ぐことができた。地下都市の中には教会や学校もあり,個人のプライバシーを守りながらそこで集合生活もできるという工夫が地下空間のあちこちに見られた。さらに寝室,厨房,食糧庫,井戸なども見られ,各階に通じる通気口も随所につくられている。これを地上に反転すれば10階建てほどの巨大集合住宅に相当し,その規模が計り知れよう。

写真:奇岩住居の開口から外を見る

奇岩住居の開口から外を見る

写真:奇岩に開けられた住宅の開口

奇岩に開けられた住宅の開口

写真:地下の生活空間

地下の生活空間

地下都市を可能にしたもの

世界の地下都市にはチュニジアのマトマタ,中国のヤオトン,オーストラリアのクーバーペディなどがあるが,カッパドキアほど大規模なものはない。これらの都市の地下住居は厳しい自然から人々を守るものであった。地中の温度は年間を通して一定である。夏は灼熱の大地,冬は厳寒の大地でも,内部に入れば比較的過ごしやすい。夏は猛暑,冬は極寒,年間を通して朝晩の気温差の大きいカッパドキアも例外ではなく,それもこの地下都市がつくられた理由のひとつであると思われる。

また,地上に空間をつくるとなると,そこには壁,天井,床が必要であり,さらには柱や梁なども必要になってくる。しかし,地下空間は掘り出したスペース空間そのものが部屋として使えるという利点もある。そのうえベッドやテーブル,収納なども思いのままにつくることができる。

現代地下空間のヒントに

奇岩の空間群を地面から見上げると,地上にそそり立つ塔の多くには無数の穴が開けられている。地上にも地下同様に蟻の巣状に通路が張り巡らされ,地下都市とは全く逆の空間がつくられていた。

現代都市でも地下空間の利用は大きなテーマになっていて,地下のない都市(施設)計画は考えられない。例えば,日本の新宿を見ても地下には地上とは異なるネットワークが延び,地下に別の都市が存在するといっても過言ではない。地下のマップをつくれば,おそらく東京にはもうひとつの都市が出現するだろう。これらの地下のネットワークは雨風からも守られ利点も多い。

それらを計画していくうえでも,カッパドキアなどの地下都市から多くのヒントやアイデアが得られるに違いない。

写真:岩肌をくり抜いてつくられたホテルの夜景

岩肌をくり抜いてつくられたホテルの夜景

写真:奇岩は火山岩でできているため加工が容易である

奇岩は火山岩でできているため加工が容易である

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古市流 地球の歩きかた

トルコ共和国国旗
Republic of Turkey

面積:780,576km2(日本の約2倍)
人口:7,981万人(2016年現在)
首都:アンカラ
カッパドキアへは,イスタンブールから飛行機で約1時間半

恵まれた食材でつくられるトルコ料理

中華料理,フランス料理とともに世界の三大料理のひとつとされるトルコ料理。黒海,エーゲ海でとれる新鮮な魚介類,伝統的な羊肉,多彩な野菜・果物など,恵まれた食材や豊富な香辛料などからつくられる。西洋式の高級レストランもあるが,庶民に人気があるのはロカンタ(大衆食堂)。ショーケースにはたくさんの煮込み料理が並べられ,客が指をさして注文すると何種類でも盛り付けてくれる。肉料理では羊肉のケバブ料理が有名だ。

ロカンタに魚料理はほとんどなく,路地を挟んで軒を並べる魚料理専門店で食べることができる。客は店頭に並んだ魚を品定めして選び,好みの調理法を伝えるのだ。

バリエーションの豊富な調理パンも特徴である。そのひとつはシルクロードからやってきた,中国に語源を持つマントゥー。パンはチョドバといわれるスープに浸して食べると美味しい。他に中央アジアから中近東にかけて多く食べられるナンに魚介や肉,野菜をのせて焼いたピデもある。ピザはピデがイタリアに伝わったものらしい。また,トルコ人は甘いものが好きでデザートの種類も豊富。それらはヨーロッパにも影響を与えたといわれる。

正しいヘレケ絨毯の選び方

ペルシャ絨毯とともに世界的にも有名なシルクのヘレケ絨毯。とても高額なので購入するときは,きちんとした店構えの絨毯専門店にしたほうがいい。絨毯を裏返して紋様がはっきりしているものを選ぶこと。それは目が詰まっているからで1cm2に何本の目が入っているかで値段が変わってくる。

肝心なのはシルクであるかを確認すること。そのためにはライターで火をつけることをおすすめする。本物のシルクであれば燃えないので,店主が慌てて「No!」と言ったらまず偽物なのである。

写真:イスタンブールのロカンタ

イスタンブールのロカンタ。好きな煮込み料理を盛り付けてもらえる

写真:イスタンブール,グランドバザールの絨毯専門店

イスタンブール,グランドバザールの絨毯専門店

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古市徹雄(ふるいち・てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三・都市・建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市徹雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風・光・水・地・神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

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