(仮称)栄一丁目御園座共同ビル計画
明治29年創業,“芸どころ名古屋”を象徴する劇場として人々に親しまれてきた「御園座」。
2018年1月,劇場とマンションからなる超高層複合ビルとして生まれ変わろうとしている。
所長の考えるビジョンを個々の社員が積極的に展開し,
部署横断で開発に取り組んだICTを活用した新技術を早期に導入して,難易度の高い工事に挑んだ現場を紹介する。
【工事概要】
(仮称)栄一丁目御園座共同ビル計画
- 場所:
- 名古屋市中区
- 発注者:
- 積水ハウス
- 設計:
- 当社建築設計本部
- 監修:
- 隈研吾建築都市設計事務所
- 用途:
- 共同住宅,劇場,店舗,駐車場
- 規模:
- RC造一部S造(制震構造) B1,40F,PH2F
304戸 延べ56,129m2 - 工期:
- 2015年4月~2018年1月
(中部支店施工)
人々に愛され続けてきた劇場の再生
御園座は1896(明治29)年,実業家・長谷川太兵衛により創立され,以降,幾度の改築・建替えを重ねながら,歌舞伎をはじめ数々の大衆演劇を上演してきた。その劇場品質には定評があり,観る者そして演じる者たちから愛され続けてきた。御園座のある伏見地区は,名古屋の芸能・文化の中心地であるとともに,名古屋駅から地下鉄で一駅という利便性の高さから,近年はオフィスやマンションが立ち並ぶ。
2015年4月に着工した「(仮称)栄一丁目御園座共同ビル計画」では,旧御園座を解体後,約4,800m2の敷地に,地上40階建ての超高層複合ビルを建設する。1階は店舗,2~6階は客席数1,302席を誇る新たな御園座,7~40階は住戸数304戸の分譲マンションとなる。劇場の内外装,住宅の共用室インテリアを隈研吾建築都市設計事務所が監修し,当社が設計・施工を担当している。
取材で現場を訪れた11月上旬は,1月の完成を目前に仮囲いが外され,圧倒的高さを誇る超高層ビルが姿を現していた。劇場部の外装には伝統的な「なまこ壁」を模したデザインが配され,落ち着いた趣が街全体と調和している。一方,劇場へと導く階段には,旧御園座特有の朱色を使用。誰もが一度は足を止めるほどの存在感を放っていた。
中部支店初の超高層PCa工法
旧御園座の品質を受け継ぎ,完成を待ち望む人々の想いに応えるために,当現場では当社が掲げる建築工事の新業務標準である「KTMS-2017」※のもと,「業務標準見直し」「ICTツールの活用」「労務3割削減」という3つの施策を連携させ,高品質・短工期を目指した。当社設計・施工のメリットを生かし,着工前の基本設計段階で担当所長を決め,建築管理本部,建築設計本部,技術研究所などと連携しながら,コストの見極め,設計の見直し,施工計画の立案などを前倒しで行っていく「フロントローディング」にも積極的に取り組んだ。現場を率いる平野智康所長は,「計画段階から発注者と協議を重ね課題点を抽出し,部署横断でその解決策を検討していきました。発注者に我々の提案を汲んでいただけたおかげで,品質確保と施工の合理化の両方を実現することができました」と語る。
当現場の最大の課題は「高品質な躯体,仕上げ工事をいかに短期間で効率よく施工するか」だった。その解決策のひとつが,基準階躯体のPCa(プレキャスト)化である。PCa工法とは,建物の柱や梁を工場生産し,現場で組み立てていく施工法だ。現場でのコンクリート打設作業が低減し,作業の効率化が図られ,品質も安定する。劇場となる低層部は複雑な形状になっており,PCa化の利点が生かせないため,住宅となる高層部のみの採用となった。中部支店初となる超高層PCa工法への取組みは,現場社員全員が未経験者だったため,他支店へヒアリングするところからのスタートだった。狭隘な都市部の施工条件に最適なPCa部材の組み方を検討するため,実大モックアップによる施工検証を実施しながら,最適化を図った。
高層棟の躯体をいち早く立ち上げるため,施工サイクルの確立に尽力したのが松本至工事課長だ。「基準階1フロアの施工には,レンコン梁PCaをはじめ,柱・床・バルコニーなど7種類,計213ピースのPCa部材の吊り込み,設置・ジョイント,床スラブの配筋,コンクリート打設などの作業があります。躯体サイクルと外装仕上げサイクルを同調させるためには,これらの作業を1フロアあたり5日で行うことが必須でした。部材が到着したらすぐクレーンで揚重できるよう,搬入時間や部材ごとの揚重時間を細かく計測し,徐々に無駄な時間を省きました」。部材を揚重するクレーンが無駄なく動いている状態になるよう,試行錯誤を繰り返し,工期のうち計30週を5日サイクルで回し,1日も遅れることなく上棟することができた。
基準階1フロア施工の主な作業
ICTツールの積極的な活用
「KTMS-2017」では,施工BIM※の活用を標準としており,主に施主や工事関係者間の合意形成,施工計画,建築設備間調整などに活用している。当現場では,こうした使用目的に加え,建築管理本部,技術研究所の協力のもと,BIMを中核に,保有のICTツールを連動させて品質管理を行うという,新たな取組みに挑戦している。
その一つが,PCa部材の製作工場での製品検査に,現場の配筋検査業務などに使用する〈検タス※〉を導入したことだ。1ピースごと,決められた帳票にiPadを用いて,検査結果の入力および記録写真を保存する。7,397ピースにのぼるPCa部材の検査データを確実に管理でき,さらにそのデータをBIMと連動させることで進捗状況を色分けしたモデルを作成することも可能だ。
膨大な数の検査結果の書類作成・管理・写真整理が無くなり,協力会社の工場での検査業務が大幅に軽減できた。また,PCa部材の製作状況をBIMモデルで誰もが瞬時に見ることができるため,関係者間の情報共有にも有効である。
監理技術者としてまとめ役となった竹田好宏副所長は,「内装工事の進捗状況や検査結果にはBIMと〈e-現場調整Pro※〉の活用が効果的だった」と話す。超高層マンションでは,住戸ごとに異なる内装工事の進捗状況を把握することが求められる。数十にもなる作業工程,かつフリープランを含む300を超える部屋数を管理するとなると相当の労力を要する。「社員の提案によって導入した技術です。もともとは,現場の作業間連絡調整会議の情報を書き込むツールをカスタマイズしました。職長がタブレットから〈e-現場調整Pro〉に部屋番号を入力し,データをBIMと連動させることで,各階の部屋ごとに内装工事の進捗状況を瞬時に確認できるようになりました。品質管理だけでなく労務削減にも大きく貢献したと思います」(竹田副所長)。
躯体工事におけるBIMとの連携
内装工事におけるBIMとの連携
生まれ変わった御園座
劇場内部に足を運ぶと,朱色があしらわれた観覧席とともに檜を使用した大舞台が目に入る。劇中の場面転換を演出する舞台中央の廻り盆は,直径14.5mと巨大である。劇場の施工を担当した武藤敦史工事課長は「工期を達成するために,地上40階までの躯体立上げを優先しながら,廻り盆をはじめとする巨大装置が入る劇場内部の仕上げ工事をどのように進めるか悩みました」と当時を振り返る。
建設地は,資材などの仮置き場やクレーンを据え付ける余剰スペースが限られており,場内への搬入ルートは東側の1方向のみだった。「狭小なエリアで躯体工事と舞台装置の施工を同時に行うために,一部床を開口したまま躯体内部にクレーンを設置し,資材の搬入や廻り盆の組立てを行いました。開口部の床が後施工にはなりますが,全体工程を考えるとこの計画が最も効率的でした」(武藤工事課長)。躯体工事を止めずに施工したことで,後に続く劇場内装工事や音響管理に時間を割くことができた。
躯体工事からのバトンを受けて劇場内装工事に取り掛かったのが,松井健工事課長代理だ。学生時代からオーケストラに所属していた経験もあり,入社後現場を経験したのち,技術研究所で音環境について学んだ。その後, 劇場の施工管理を任された。「ホールは静けさを必要とするので,大通りなど外部からの遮音を徹底しなければなりません。一方,同一建物内の住宅には劇場の音が漏れないよう,ほんの少しの隙間も見逃さないよう気を配りました」。
壁の素材にも着目した。歌舞伎の演出には太鼓などの打楽器や足拍子といった衝撃性のある楽音が多い。そのため,多重な反射音を防ぐために,壁には吸音材を大和張りで設置している。「地道な取組みの積み重ねによって旧御園座の音環境を踏襲した劇場を施工することができました」(松井工事課長代理)。
1月の竣工後,御園座は4月にこけら落としとなる公演が予定されている。「いよいよ完成間近。出来栄えを見て多くの人が喜んでくれている。無事に工事が完了するまで気を引き締め,最後までやり遂げたい」と平野所長は語る。長年の伝統を受け継いだ御園座は,時代に適した建物となって新たな歴史を刻もうとしている。
10月29日,事業主,近隣住民,協力会社,当社社員を招待し,コンサート形式で劇場の音響試験が行われた。コンサートの企画・準備から,当日指揮も担当した松井工事課長代理は「予想をはるかに超える参加者の応募がありました。多くの人に足を運んでもらい,喜んでいただけてよかったです。音響状況も良好な結果を得ることができました」と安堵の表情を浮かべる。
当現場では「様々なイベントを開催することで,地域貢献だけでなく,作業員のモチベーションにつなげたい」という平野所長の考えのもと,バーベキューや餅つき,現場見学会など,多数イベントを開催してきた。平野所長自らイベント内容を企画することもあったという。「近隣の方や様々な団体,企業の方,また作業員の家族の方々にまで,イベントを開催して現場に触れてもらうことで建設業への理解が深まったと感じています」(平野所長)。