撮影:大村拓也(以下同)
鶴田ダムがある鹿児島県さつま町は,県北西部に位置し,熊本県白髪岳に発する九州で二番目に長い川・川内(せんだい)川が町の中心を流れる。鹿児島空港から車で市街地を抜けると,ちょうど夕暮れに差し掛かる時刻,田畑が続く地平線をオレンジ色に染めながら大きな夕日が刻々と沈む。
川内川の流域はカルデラ火山による陥没地形とシラス台地で形成され,鶴田ダムは,大口盆地と川内平野をつなぐ山間狭窄部の地形を活かし,川の中流に位置する。
1966年のダム完成によってできた貯水池(大鶴湖)は,上流の曽木の滝までの約12km,その集水面積は川内川の流域面積のおよそ半分となる約805km2に及ぶ。洪水調節と水力発電を目的とする九州地方最大規模の重力式コンクリートダムだ。
鶴田ダムが緊急放流を行ったのは過去に2回。1972年,そして2006年,記録的豪雨で川内川流域3市2町に浸水被害を及ぼした鹿児島県北部豪雨災害時である。計画を上回る洪水を契機に,洪水調節容量と放流能力を向上させる国内最大級のダム再開発事業が2007年に開始され,当社JVが施工を担当した。
改修のポイントは,①低い貯水位での放流を可能にするため,既設放流管より低い位置に放流管を3本増設,②2本の発電管を低い位置に付け替え,③増設放流管からの水の勢いを弱める減勢工の増設・既設減勢工の改造である。放流管の増設工事では,ダム湖に水を貯めた状態で削孔を行うため,上流側に仮締切を設置。最大水深65mで作業を行う潜水士は,飽和潜水と呼ばれる水深と同じ気圧の居住空間で生活しながら,1日最大6時間,約1ヵ月を1サイクルとして作業を継続したという。再開発事業は2018年に完了した。
堤体内部に潜入
鶴田ダムの見学会に参加した。まずはダムを間近に見上げながら,上部にある既存のクレストゲートの位置を確認する。では,増設されたゲートはどこにあるのだろう?続いて入った増設放流ゲート室。配管が並ぶ緑色の足場に乗る。この下に,ゲートが接続されているのだとわかった。普段水をせき止めているゲートは,これらの機械で放流量を調節しながら開閉される。貯水しながら少しずつ放流する,精緻なコントロールがこの機械やゲートで行われているのだ。
次に監査廊と呼ばれるダム堤体内部の通路に入る。約60年前に施工された通路と新しい通路がつながっている。この通路には,漏水量を測る「三角堰」や,水圧によるダムのたわみや傾きを観測する「プラムライン」といった装置があるのも見どころだ。異変を感知するとダム管理所内に警報が鳴り響くという。
監査廊から堤体の外に出ると,ダムのコンクリートが目の前に迫る。壁面にぺたりと張り付ける通称「映えスポット」だ。至近距離で見ると改めてダムの巨大さを感じる。資源に欠かせない水を活用しながら,その水から暮らしを守るダムが,より強くたくましく見えた。
地域の語り部を育てる
鶴田ダム管理所所長の廣松洋一さんに話をうかがった。「鶴田ダムには年間約3千人の見学者が訪れます。この4月から平日に加え,第2・第4土曜日も見学会を実施しています。ダムの迫力を体感することで,その仕組みにも興味がわく。ダムファンのお子さんが親御さんに説明したり,先日も茨城県から小学生が参加してくれました」。
鶴田ダムは国土交通省によるインフラツーリズムのモデルダムに認定されている。「ダムは地域の財産,宝です。まずは地域住民が,ダムの役割がいかに重要なのかを改めて理解し,それを人にも伝えていくことが大切です。町全体でプレーヤーを育て,地元のガイドや地域の語り部の存在によってはじめて,持続可能なインフラツーリズムへの道が拓けます。ここから,町全体の観光へとじわじわ盛り上げていきたいですね」。
さつま町は自然と温泉も豊富だ。「温泉と焼酎,それに地鶏も美味しいです。5月末~6月上旬には川内川の両岸でホタルが飛び,期間限定で舟も運行します。共鳴して光るのが綺麗ですよ」。
ダムで焼酎寝かせます
監査廊の一角に「焼酎熟成庫」とされたスペースがある。低温で一定に保たれている環境を利用して,地元3蔵元の焼酎を購入者から預かり(銘柄指定あり),1年から最長20年保管してくれる有料のサービスだ。成人,結婚,還暦といった人生の節目をお祝いする記念にもよさそうだ。