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みんなの公園,わたしのベンチ

公園らしい装置としてベンチがある。
屋外にありながら建物の内部の特徴も持ったベンチは
時に「排除の装置」にもなるが,
個人が公共空間に関与する媒体にもなる。
ベンチの可能性を考える。

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バンクーバー,バンデューセン植物園(Vandusen Botanical Garden)。
設置者の「オススメの場所」に置かれたベンチ

小さな公共

公園らしい風景をつくる重要な要素のひとつとしてベンチがある。ベンチはそれがあるだけでその場所が公園のように見えるたぐいの装置だ。理屈としては「ベンチがないと公園ではない」というわけではない。しかし,実際には多くの公園にベンチが設置されている。ちょっとした空き地でもそこにベンチが置かれると小さな公園のように見える,ベンチにはそんな力がある。

ベンチが公園のイメージを代表する装置であるのはなぜだろうか。まず,ベンチが示す役割がある。ベンチは人が腰掛けて休むために置かれることを,私たちは知っている。ベンチが置かれているということは,そこに座ってしばらく留まることが許されている場所だということである。都市では,コーヒー代を支払ってカフェにでも入らない限り,腰を下ろしてじっとしていても咎められない場所は少ない。公園はそのような貴重な「留まることができる場所」である。ベンチはそのことを示す。

また,多くのベンチは複数の人が座るようにつくられている。これもベンチを公園的に見せる特徴のひとつだろう。私たちはグループでやってきて,座面を譲り合って一緒に座る。仲間と時間や空間を共有するためにベンチは使われる。もちろん一人でベンチに座ることも可能だが,その場合は見知らぬ他人がやってきて隣に腰掛けるのを拒むことはできない。ベンチは他人との共有を促し,そこには小さな公共空間が出現する。その形状が「共有・公共」を示す装置として,ベンチは公園に相応しい。

さらに,ベンチが置かれる場所はそれなりに良い環境であると予想できる。ベンチを設置する側の思惑を想像してみれば,わざわざ居心地の悪い場所や危険な場所にベンチを置くことは考えにくい。木陰で涼しいとか,静かだとか,そこからの眺めが素晴らしいといったような,座り心地のいい場所が選ばれてベンチは置かれているだろう。むろん心地よさの感じ方は人それぞれだが,少なくともそこが設置者の「オススメの場所」であると受け取ることはできる。このように,ベンチは公園をつくる人と使う人のコミュニケーションの媒体でもあるのだ。

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多摩ニュータウン(東京都八王子市,町田市,多摩市,稲城市)

わたしのベンチ

背もたれや肘掛けの有無や素材の違いなど,ベンチには様々なデザインのバリエーションがあるが,共通する基本的な形状の特徴は「座面が平坦で水平であり,地面よりも高いところに固定されている」ということである。地面から浮いた水平面は,土や芝生の地面の上では目立つ存在だ。ベンチを利用すればお尻を土で汚さずに公園で座っていることができる。この特徴は,建物の床と同じである。本連載の第1回で私は公園のカフェのデッキテラスを「都市の人工的空間と緑地の自然的空間をゆるやかにつなげ」るものだと述べたが,ベンチもまた同じようなものだと考えられる。ベンチは都市の内部(人工的空間)と外部(自然的環境)の境界をつくっている。いわゆる「排除系」と称される,ベンチで横になったり長居をしたりしにくくするための突起や仕切りは,都市の内部と外部の境界線にあらわれた棘のある柵のようなものだと見なすこともできるだろう。

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「排除系ベンチ」と称される例

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時にそのような攻撃的な装置の様子を帯びることもあるが,先述した「つくる人と使う人のコミュニケーションの媒体」として,公園のベンチを使う側の人がつくる側に貢献できる仕組みの事例がある。お金を払ってベンチを公園に寄付する,いわばベンチのオーナー制度である。アメリカ・ニューヨークのセントラルパークで1986年から行われている「アダプト・ア・ベンチ(Adopt-A-Bench)」というプログラムが広く知られている。ベンチの寄付者になると,任意のメッセージを刻印した金属プレートがベンチに取り付けられ,寄付者の思いをそこに刻み残すことができる。お金は公園の維持管理に使われる。公共の施設に個人が自分ごととして関わることができる,なかなか良くできた制度である。一口あたり1万ドル(2023年6月現在)と,決して安くない金額ながら,セントラル・パークにある1万基以上のベンチのうち7,000基のベンチに既に寄付者がいるという。

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ニューヨーク,セントラル・パーク
のAdopt-A-Bench

photo: Shutterstock.com

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東京都「思い出ベンチ事業」によるベンチ
(東京都立野川公園)

日本の公園にもこのアイデアは取り入れられている。たとえば東京都が2003年から実施している「思い出ベンチ事業」がある。募集されている公園に寄付を申し込むと,寄付者の名前とメッセージを刻んだ金属プレートが取り付けられたベンチが設置される。こちらは1基15万〜20万円である(2023年6月現在)。木製のベンチの背もたれ部分に取り付けられたプレートは決して目立つ記念碑ではない。しかし,公園を散歩してふと腰掛けたベンチに「この公園を愛した祖母の思い出を記念して」や「結婚50周年を感謝して」といったプレートを見つけると,胸を打たれる。ここに腰掛けてこの景色を眺めながらひと休みした見知らぬ人の思い出に,私も連なっているように思えてくる。ベンチにはそんな力がある。

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東京都立野川公園(調布市,小金井市,三鷹市)

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いしかわ・はじめ

ランドスケープアーキテクト/慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。
1964年生,鹿島建設建築設計本部,米国HOKプランニンググループ,ランドスケープデザイン設計部を経て,2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。著書に『ランドスケール・ブック—地上へのまなざし』(LIXIL出版,2012年),『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』(LIXIL出版,2018年)ほか。

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