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田園風景の子孫たち

芝生の広場を樹林帯が囲むという都市公園の標準的な形式には
原型となる庭園様式があり,それは18世紀のイギリスにまで遡る。
また,それと祖先を同じくするものにゴルフコースがある。
公園とゴルフコースの「互換性」について考える。

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野川公園(調布市・三鷹市・小金井市)

公園のモデル

アメリカ,ニューヨーク市の中心にあるセントラル・パークは,近代ランドスケープを象徴する公園である。1859年に開園した341ヘクタールの都市公園は,コンペによって選ばれたフレデリック・ロー・オルムステッドとカルヴァート・ヴォークスの設計によるものであった。この広大な公園の構想・建設のために必要な,植栽技術から土木技術,交通計画まで,従来の専門家の枠を超えた範囲をカバーする新しい職能として「ランドスケープ・アーキテクト」という言葉がオルムステッドらによって使われた。セントラル・パークは世界で初めてのランドスケープ・アーキテクトによる仕事だったのである。

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セントラル・パーク(ニューヨーク)。
イギリス風景式庭園の流れをくむ

photo by Antonio Lopez Photography/
Shutterstock.com

セントラル・パークは「グリーンスウォード(Greensward,緑の芝生)」というイギリス風景式庭園の流れをくむデザインが施された。イギリス風景式庭園は18世紀のイギリスで発達した庭園様式であり,それ以前にヨーロッパで主流だったフランス式の幾何学的・直線的な形態を排し,なだらかな地形や樹林,水面などによって構成される自然な風景の美しさが追求された。ただし,その「自然」は人の手が及ばない原生林ではなく,牧草地が広がるイギリスの田園風景のことであった。セントラル・パークは人工物で覆われた都市の中に「都市ではない場所」を確保することで市民の生活や健康の向上に寄与することが目的であったが,選ばれたデザインはイギリスの田園風景にそのルーツがあるのだ。セントラル・パークの成功によって,芝生の広場を自然風の樹林が囲む形式は公園のひとつのモデルとなり,現在でも世界中でこの様式の公園がつくられている。

ゴルフコースの原風景

イギリスの田園風景をモデルにしてつくられている施設は公園だけではない。ゴルフコースがそれだ。言うまでもなくゴルフはルールのある球技であり,そのゲームのフィールドとしてゴルフコースがつくられる。ゴルフのプレイ経験がある方なら思い当たるだろうが,ゴルフコースのデザインには独特の様式がある。奥行きのある起伏に富んだ芝生と,曲線を描いて続く道,芝生を縁取る自然な樹林帯,あちこちに配置される池や小川やバンカーなど。世界中のどこへ行っても,ゴルフコースのデザインはだいたい似ている。その土地の気候に応じて植物の違いなどはあるが,基本的な景観の構成は同じである。

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セント・アンドリュースの「オールドコース」
(スコットランド)

photo by Stephen Bridger/Shutterstock.com

ゴルフが現在のような競技として確立したのはイギリスのスコットランドであり,スコットランドの海岸にあるセント・アンドリュースの「オールドコース」は世界で最も古いゴルフコースとされ,現代でもゴルフコースのデザインの重要な参照先であり続けているという。ゴルフはもともとスコットランドの牧場での羊飼いたちの遊びから始まったという説もある。スコットランドの海岸の牧場がゴルフコースの「原風景」であることは確かなようだ。

ゴルフコースと公園

つまり,イギリスの田園風景の流れをくむ都市公園のデザインと,イギリスの牧場の空間構造が再現されたゴルフコースはいわば祖先が同じなのである。そう思って眺めれば,公園とゴルフコースは似ていないだろうか。実際に,かつてのゴルフコースが公園に転用され,イギリス風景式庭園風の素晴らしい公園になっている事例が東京近郊にいくつか存在する。

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砧公園(世田谷区)もゴルフコースが公園に転用された
出典:国土地理院ウェブサイト

ひとつは,世田谷区の砧公園である。空中写真を眺めると,公園の西側,「ファミリーパーク」と呼ばれる部分に芝生と樹林のゴルフコースの痕跡が見える。ここは1955年に都営ゴルフ場として開設され,1966年に廃止されて芝生広場として開園した。クラブハウスは現在の世田谷美術館のレストラン棟のあたりにあったようだ。細長くゆったりと奥行きのある芝生と,それを囲む樹林はとても快適な空間をつくり出している。公園において,利用者は芝生の真ん中ではなく樹林の縁を好んで占拠するという調査があるが,ゴルフコースは期せずして長い樹林の縁を提供してくれるのである。

もうひとつは,調布市,三鷹市,小金井市にまたがる野川公園である。もとは国際基督教大学(ICU)が所有するゴルフコースであったが,東京都によって公園用地として買収され,1980年に開園した。こちらは最近までゴルフコースだったこともあってか,砧公園よりもさらにゴルフコースの輪郭がよくわかる。公園の入り口には管理事務所や休憩・展示施設などが入ったサービスセンターが,かつてのクラブハウスとほぼ同じ位置に建てられている。サービスセンターから公園に入ると,まさにクラブハウスからコースに出ていくような雰囲気で芝生が広がっている。なかなか面白い景観である。ここから,地図を見ながらゴルファーのつもりで公園を一巡してみるのも一興かもしれない。

参考文献:
石川幹子『都市と緑地—新しい都市環境の創造に向けて』(岩波書店,2001年)

いしかわ・はじめ

ランドスケープアーキテクト/慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。
1964年生,鹿島建設建築設計本部,米国HOKプランニンググループ,ランドスケープデザイン設計部を経て,2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。著書に『ランドスケール・ブック—地上へのまなざし』(LIXIL出版,2012年),『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』(LIXIL出版,2018年)ほか。

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