ホーム > KAJIMAダイジェスト > November 2011:特集「技術研究所 本館完成」 > 座談会 研究者が集う新たな技術研究所

KAJIMAダイジェスト

座談会 研究者が集う新たな技術研究所

最新の技術と多くの知見により完成した技術研究所本館。
ここに研究者が集い,新たな技術が生み出されていく。
6年にわたり行われたプロジェクトを関係者に振り返ってもらった。

イメージ

出席者

写真:戸河里 敏

戸河里 敏
技術研究所 所長

写真:米田浩二

米田浩二
建築設計本部
プリンシパル
アーキテクト
建替プロジェクトの設計を統括。プロジェクトチームの構想を建築物で具現化した。

写真:鈴木紀雄

鈴木紀雄
技術研究所 副所長
建築系技術の責任者。プロジェクト適用技術の選定,技術指導にあたった。

写真:三浦 悟

三浦 悟
技術研究所
先端・メカトロニクス
グループ長
知識創造コンセプトに精通。先端的な研究で培った多くの知見と社内外の幅広い人脈で建替プロジェクトに貢献。

写真:丹羽直幹

丹羽直幹
技術研究所
TBKプロジェクト
チームリーダー
建替プロジェクトのリーダー。実務面の取りまとめを6年にわたって行った。

写真:研究棟会議室で座談会が開催された

研究棟会議室で座談会が開催された

研究者の意見を取り入れて

戸河里 本館が完成して,研究者が一堂に集まるという悲願が叶いました。計画に着手してから長い道のりでしたが,丹羽さんがプロジェクトリーダーとしてよく統括してくれました。
丹羽 やるからには研究者の意見を存分に取り入れたいと,ワーキンググループを立ち上げました。土木と建築から2人,環境と先端分野から1人ずつ,合計6人のメンバーを出してもらっています。当初は,実験室の再編をどうするかが主でしたが,進めていくと実験室だけではなくて研究を深める環境が欲しいという話になった。コンセプトが3つに固まりまして,コンセプトごとにもワーキンググループを立ち上げて,最終的には42人で取りまとめました。
米田 私はコンセプトメイクの初期段階からオブザーバーの立場で参加させていただきました。また,ワーキンググループの検討作業と並行して,居ながら建替えのプロセスをスタディしました。2013年多摩国体にあわせて決められていた調布市の都市計画に沿いつつ,敷地内の既存の建屋群を取り壊していく最適な順序の検討です。
丹羽 米田さんは数多くの研究施設の設計を経験されているので,こちらとしても大きな知見を得られました。
米田 研究所という施設は各社それぞれに独自色が強く,働き方も使い方もまったく違います。ですから,今回のようにプロジェクトの立上げから立ち会えたことは幸いで,設計する上でとても大きな意味がありました。
丹羽 社内アンケートや体感調査で研究者の声を取り入れながら,実際に執務室のモックアップをつくりました。それとは別に,研究グループごとにワークスタイルの分析も行っています。その結果,土木は共同作業が多い。建築には個人作業が多いところもあってスタイルはバラバラ…。
三浦 それで,執務室の環境をグループで選んでもらいました。責任感みたいなものが生まれることも期待して。参考にしたのが,当時の秋葉原サテライトラボでの取組みですね。そこで産総研さんと共同研究をしていたわけです。産総研の方がどういうサービスでお客様が喜ぶかを研究されていたのです。研究者は集中して思いふけるときが重要だというか,好きだと。一方でニーズもシーズも多様化しているから,色々な人と協働して他分野の技術を取り入れることも大切だと伺いました。ここから知識創造の考え方も生まれています。

知識創造

鈴木 知識創造の話ですが,各フロアの中央にコミュニケーションHUBを用意しています。
丹羽 そこで頻繁に議論してもらおうと,各グループ長のヒアリング結果を反映させました。どういう形でしつらえて,どういう仕掛けで人が集まるか。
米田 コミュニケーションの発生を促す場をどうしつらえるか,私たち設計者の課題です。例えば家具や植栽の配置もポイントの一つとされています。今回,皆さんとのディスカッションの過程を共有することができ,その成果を建築空間として実現しましたが,それはきっかけに過ぎません。要は空間の使われ方にかかっています。
鈴木 場があるだけでは目指すコミュニケーションはできません。どう魂を入れるかが重要ですね。
戸河里 もう一つ,知識創造やワークプレイスデザインについては,意図と結果の検証が難しい。ですから今回,計測できるものを計測して検証しようと思っています。集中思考は自席で,コミュニケーションはHUBでやるはずだと仮説を立てていますから,HUBの人の出入りを計測すればその仮説が正しいかわかる。
米田 建築設計の分野でも,空間の雰囲気や人の集散など,これまでは定量化が困難だった事象を数値化し,解析することが可能になってきています。このプロジェクトではそうした定量化を多く試みました。例えば明るさについて,これまでは机上面の照度が重要視されてきましたが,人間の感じ方はもっと多様で,壁面や天井面の明るさが大きく影響します。今回,技研の視環境の研究者の方と一緒に明るさ感の指標をゼロから開発し,検証を重ねた結果,通常の半分くらいの机上面照度で済んでいます。
三浦 設計者の米田さんと技研の研究者が異分野で協働したわけですね。異分野協働といえば,戸河里所長が先ほど言われた人の行動予測についても我々だけではできませんから,産総研や大学の先生との協働で進めています。計測技術も東大の先生がつくったものを導入しています。
丹羽 このあたりは,私自身も研究者として実感があります。今,3つの大学の先生と共同研究で一定の成果をあげていますが,鹿島だけではできない研究ができています。社外も含めて交流を盛んにすれば知のネットワークを豊かにできると思っています。
戸河里 それは私も常々皆さんにお願いしています。三浦さんが典型ですが,皆さんそれぞれが大学の先生とか研究機関と知のネットワークを持っているわけです。そういう人達が議論をしたときに「それならあの先生が」とつないでくれるのが,すごくリッチなわけですよ。その人の情報ネットワーク総体が行き交うわけです。
三浦 そのためにも,ほかの人の意見を聞いてよかったという体験をいかにするか。自分もするし,させるか。最初は,HUBに「集まれ」と言って集まるかもしれませんけど,そのうち自然に集まるというのが我々のシナリオです。そのためにも検証は重要です。
戸河里 顔を合わせれば,「先日相談したことですが」ということが起きますが,顔が合わなければ起きないのです。だから本館に所員が集まったことで可能性は高くなってくる。それが起きるかは,皆さん次第ですが…。良い例が出てくれば,皆さんの意識も変わってくるだろうと思います。知識創造の話は,今の時点ではまだ一つの構想に過ぎませんが,トライを繰り返していけば,そういう空間になっていくと思っています。

ゼロからの見直しとCASBEE

鈴木 途中で計画の変更がありましたよね,コスト削減も含めて。居住性能は落とさないで,どんなことができるか。
米田 これまでは当たり前とされていたことに立ち戻って,本当に必要なものは何かという視点から計画を見直しました。一例が天井で,仕上げをなくそうと考えました。遮音・吸音が不安でしたが,オフィスの音環境の指標が日本にはなく論文も全くない。そこで一から議論をし,働き方を含めて検証した結果,仕上げをなくすことができました。これは環境負荷の低減にもつながっています。CASBEEには,環境性能の向上と環境負荷の低減という二つの側面があります。この建物は,性能面も素晴らしいのですが,それ以上に負荷を減らしています。
戸河里 一度全てクリアしてみて,どうしても必要なものを復活させながらデザインしたわけです。空調でいえば,ダクトを短くできればコスト減になる。同時に,送風にかかるエネルギーは非常に大きいから短い分省エネになると。それを繰り返し実験して実用化させた。さっきの音の話でいえば,ダクトがなければ天井の仕上げがいらなくなる。全部なくすと遮音性能が乏しいから天井に吸音力は持たせなきゃいけない。それで,天井仕上げを半分にした。
米田 ちょうど半分です。
戸河里 ゼロベースにしたけど,機能上必要だから半分は戻したわけですね。照明も同様に半分の照度で済んだ。つまり,CASBEEのポイントありきではなくて,一つひとつを見直して積み上げたらご褒美をもらえた。非常にいいプロセスだったと思っています。
米田 日本の風土に適合した建築的な手法が,繰り返し試され,洗練されてきました。深い庇は日射を遮り明るさを取り込む。さまざまな開口は自然の通風を促す。そのような馴染みある手法を,ここでは工夫を加えながら多く用いています。例えば普通のシングルガラスを採用していますが,冬季には窓面の冷気を窓下の空調機に戻るようにしています。その効果の検証は,技研の方がシミュレーションとモックアップによって行いました。イニシャルコストだけではなく,稼動時の負荷も含めて減らそうという努力の現われです。
丹羽 もともと掲げていたコンセプトを具現化する活動がCASBEEの高得点に結びついたと思います。再生骨材コンクリートを躯体の一部に使ったり,建替え前に行った外部環境の風や温熱環境の計測が保全に積極的だということで加点された。結果としてそういう取組みが全部加点要素になりました。
鈴木 再生骨材は,有望な技術です。点数になったのも嬉しい。
戸河里 これで一般認定が取れれば,お客様に提案できますからね。
三浦 研究成果を組み込むのは,研究者側のメリットも大きいですよ。実績ができて検証もできて。技術説明でも実際に見てもらえると説得力がある。
鈴木 実験棟にその傾向が強いですね。まだ研究途上のものを入れて,使いながらデータをとって研究を続けるということで。研究棟は完成したものを。お客様に見て頂きたいものは実験棟と。トータルで技術のショールームだとは言っていますが,少し性格は違うかもしれません。
米田 実験棟では通路に当る部分を拡大するかたちで,明るく伸びやかな吹抜け空間をつくりました。火災時の煙を考えると一見あり得ないのですが,風洞実験などの技術的検証と避難計画を融合させて実現しました。
戸河里 確実に排煙できる技術ができたので,縦方向も含めてオープンな空間が実現した。普通はできないものがそこにあるわけです。設計の意図と技研の技術が足し算できた良い例ですね。

写真:張り出したスラブが庇効果を生む

張り出したスラブが庇効果を生む

世界に冠たる人材が集う

戸河里 さて,これからのことです。大切なのは,鹿島独自の技術を開発できるかだと思うのですが。
鈴木 そうですね,私は建築の構造が専門ですから,地震の被害調査に行くことも多い。その現場で,改めて建設業は人命を預かる大切な仕事だと感じるわけです。東日本大震災を機に,今までは構造単独で研究をしてきたところを,機械とか材料専門の人と協働していければと思っています。西調布実験場に振動台のW-DECKER(ダブルデッカー)もできましたし,この研究棟にも地震時の計測装置が取り付けてあります。これらを使って構造分野の殻を破りたい。
三浦 震災といえば,最近水理実験棟も話題にあがります。
戸河里 震災当日に,銚子沖で洋上風力の研究をしていて押し波と大きな引き波を観測したのです。それを水理実験棟で再現して,すぐに洋上風力の設計検証に使った。今後も引合いがあるでしょうね。
鈴木 3月11日は電車が止まりましたから,一般の方30人ぐらいですか,技研の建物で暖を取ってもらいました。これまでも選挙の投票所や地域の防災講演会などに会議室を提供していますが,「地域と共に」は今後も大切なことだと思います。
米田 品川通りの桜も整備しました。100mぐらいの桜並木になりますから地域の方にも喜んでもらえるでしょうね。
戸河里 施設は完成しましたが,米田さんには今後もご協力頂きたいと思っています。
米田 こちらこそお願いします。今回,明るさ感のような五感を定量化する試みの第一歩を踏み出しましたが,さらに検証を重ね,ステップアップしていきたいですね。オフィスに限らず,人が活動する空間をつくる上で感覚はとても重要なファクターですが,定量化の難しさが壁になっていました。その壁を乗り越えて行く契機に,今回のプロジェクトがなれば良いと考えています。
戸河里 私は常々,お客様を研究所の施設見学に案内して「いや,すごいですね,鹿島さんの技術力を感じました」と耳にしたときに,嬉しい反面,実は少し残念だったりもするのです。一番感じてほしい技術力は人材なのです。240人の専門家が技術を創出しようと意欲に燃えている。そこを見て頂きたい。鹿島の技術研究所には世界に冠たる人がたくさんいます。皆が集って,これまでにも増して知恵を出し合うようになれば,大きな成果が出る。もうそれに尽きますね。新たに本館が完成したのを機に,そのスタートを切れることが,非常に楽しみです。

写真:水理実験棟では,津波を再現することもできる

水理実験棟では,津波を再現することもできる

写真:振動台W-DECKER

振動台W-DECKER。国内トップレベルの性能を誇り,様々な揺れを再現できる

ホーム > KAJIMAダイジェスト > November 2011:特集「技術研究所 本館完成」 > 座談会 研究者が集う新たな技術研究所

ページのトップへ戻る

ページの先頭へ