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世界の橋なみ 第8回 イスファハン――小さな楽園の石橋

写真:ザーヤンデ川とハージュ橋(1655年完成)

ザーヤンデ川とハージュ橋(1655年完成):世界でも有数の美しい河岸公園である。この豊かな流れも,上流のダムでコントロールされていることもあり,乾季には涸れ川になることがある

イスファハンは世界の半分

イランには「イスファハンは世界の半分」という言葉があるそうだ。イラン高原の中心都市,イスファハンは16世紀末にサファヴィー朝の首都となり,イマーム広場を核として壮麗な宮殿やモスクなどが建ち並ぶ美しい町並みがつくられた。それを称えた言葉のようだが,この町の美しさにはその中心部を流れるザーヤンデ川の豊かな水や緑と,そこに架けられた橋が織り成す美しい風景が寄与していることはまちがいない。

現在,イスファハン市域のザーヤンデ川には11の橋が架かっているが,そのうち5橋が17世紀以前にさかのぼる古い歴史をもつ石橋である。いずれも車が通れない橋で,周辺の河岸公園と一体となって心地よい歩行者空間をつくり出している。

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納涼の場となるハージュ橋

5つの橋のうち最も壮麗なものはハージュ橋である。完成はアッバース2世の時代の1655年とされる。人を対岸へ渡す機能のほかに,鑑賞に堪える建築であり,川の上に憩いの場を提供し,さらに重要な水理機能も兼ね備えている。全長は133m,橋脚の間に21の流水路があるが,この間に堰板がはめ込まれて上流側の水位が調整できるようになっている。

流水路の上は人が通行できるようになっていて,昼間は橋の見学に訪れた観光客が歩き,夕暮れ時には大勢の地元の人がそぞろ歩きを楽しんだり,下流側の石段に腰を下ろしたりしてめいめいに時を過ごしている。

ハージュ橋の上部は人道橋として使われている。その両側には通行者を強い日差しや風雨から守るように壁がたてられているが,所々に通路があって外側のバルコニーに出ることができる。

橋の中央には大きなアルコーブがあって,かつては王や貴族が憩いのひと時を過ごしたようだ。その部屋の壁や天井には花や幾何学模様の細密な装飾があり,上層,下層のアーチの外壁の部分は多色のタイルで飾られていて人々の目を楽しませてくれる。

写真:ハージュ橋(下流側)

ハージュ橋(下流側):夕暮れ時,涼を求める人々が思い思いの時を過ごす。2階部分に多くの区画されたバルコニーが並んでいる

写真:ハージュ橋の橋上

ハージュ橋の橋上:両側に壁が設けられ,通行者を強い日差しや風から守っている

写真:ハージュ橋のバルコニーへの入口

ハージュ橋のバルコニーへの入口

写真:ハージュ橋のアルコーブ

ハージュ橋のアルコーブ:王や貴族の憩いの場となった。色タイルの文様が美しい

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スィ・オ・セ橋――33のアーチ

最も長い橋が約300mのスィ・オ・セ橋である。スィ・オ・セとは数字の33の意味で,川の流れを跨ぐアーチが33あることから橋の名が生まれた。完成したのはアッバース1世の時代,1597年とされている。

この橋を挟んで,イスファハンのメインストリート,チャハール・バーグ通りが通じていて,朝から夜まで人通りが絶えない。現在は橋面が高くなったため,両岸に階段が付けられ,人しか通れない。

橋の幅は15mほどある。通路の両側には高さ3mほどの壁があり,その外側には,奥行1m弱,幅2.5mほどの小部屋が連ねられていて,川面が眺められるバルコニーになっている。その数は片側でおよそ100にもなる。ただ,手すりもなく,危険を感じるためか,そこへ出ている人はほとんど見かけなかった。

橋の主構造にはレンガが用いられ,橋軸方向の尖頭アーチと水路方向のアーチが交差する部分はヴォールトが形成されている。

写真:スィ・オ・セ橋の内部

スィ・オ・セ橋の内部:橋軸方向と水路方向の尖頭アーチが交差してヴォールトが形成されている

写真:ライトアップされたスィ・オ・セ橋

ライトアップされたスィ・オ・セ橋:チャイハネ(喫茶店)では紅茶や水タバコなどを楽しむ

写真:スィ・オ・セ橋(1597年完成)

スィ・オ・セ橋(1597年完成):33のアーチが連なる

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町に潤いを与える石橋群

最も古い歴史をもつのが,市街地の東端に位置するシャフレスターン橋で,その起源はササン朝(3世紀前半~7世紀中ごろ)にまでさかのぼるとされる。現在は川の本流が南側に変わったため,ほとんど流れのない水の中に文化財として保存されている。

橋長は100m強,幅員約5mの規模をもち,橋体は幅の広い積み石の橋脚に支えられた13の尖頭アーチよりなっている。この橋をよく見ると,上流側へかなり湾曲している。設計者はアーチ効果を期待したのだろうか。

市街地の西端に架けられたマルナン橋は全長186m,幅員は5m足らずで,平常時の流水路17ヵ所は,レンガ積みの尖頭アーチが跨ぎ,橋脚上の流水孔14ヵ所は上心アーチで支えられている。創建年は分からないが,1636年直後にアルメニア人の行政官が再建したと伝えられる。この橋の南東側にジョルファー地区というアルメニア人居住区がある。その歴史とこの橋は何らかの関わりがあるのだろう。

ハージュ橋のすぐ上流に架かるジューイー橋の完成は,サファヴィー朝時代の1654年とされ,両岸のいくつかの宮殿を結ぶプライベートな橋であったという。そのためか幅員は4.1mと狭い。

橋の中間に2ヵ所のアルコーブがあり,かつては王族が賓客をもてなすためのプライベート空間であったが,今はチャイハネ(喫茶店)として利用されている。

イスファハンの石橋群は美しい河川公園の中にあって景観的なアクセントを加えているとともに,それを利用する人々に貴重な恵みを与えている。橋はこうあってほしいと思える優れた実例のひとつである。

写真:シャフレスターン橋(創架はササン朝時代)

シャフレスターン橋(創架はササン朝時代):平面的にも湾曲している。水の流れと反対方向に曲げを与えておく効果を期待したとされるが,どれほどの効果があるのだろうか

写真:マルナン橋(1636年直後に再建)

マルナン橋(1636年直後に再建):流水路を跨ぐ尖頭アーチと,橋脚上の上心アーチが交互に並んでいる

写真:ジューイー橋(1654年完成)

ジューイー橋(1654年完成):2ヵ所のアルコーブにあるチャイハネは,流れる水を間近に感じられる贅沢な場所として地元の人たちの人気スポットになっている

地図:イスファハンの主な石橋

[参考文献]
Mahmoud Reza Shayesteh, “Esfahan, A Tiny Earthly Paradise,” 2004

松村 博 Hiroshi Matsumura
元大阪市都市工学情報センター理事長。1944年生まれ。京都大学大学院修了(土木工学専攻)。大阪市役所勤務,橋梁課での設計担当に神崎橋,川崎橋,此花大橋など。著書に『日本百名橋』『論考 江戸の橋』(鹿島出版会),『京の橋ものがたり』『大阪の橋』(松籟社)など。

写真:イマール広場

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