森林の減少・荒廃によって,生息する生物の多様性が失われつつある。
都市内部で分断された生息・生育空間を相互に連結することによって
生態系の安定を図る一方,「持続可能な開発」のモデルとして,
里山の価値が評価され,保全・再生への試みが活発化している。
森林も里山も植えて育った木材をある程度使うことで,持続可能なサイクルが保たれる。
そこは数多くの生物が生息する場でもある。自然と人が共生する文化が,かつての日本には数多く存在していた。
政府は生物多様性を再生する「SATOYAMAイニシアティブ」を提唱。「持続可能な開発」のモデルとして,
里山がCOP10議題にも盛り込まれた。人と自然が睦みあって創る国土の価値が,改めて見直されている。
森林再生の企業理念
当社は全国11ヵ所に約1,000haの社有林を保有している。「太平洋戦争で荒れ果てた森林を再生することこそ,国家再興の基礎である」という鹿島守之助社長(当時)の信念から所有し,当社グループ会社のかたばみ興業が管理を行ってきた。
宮崎県延岡市の清蔵ヶ内山林には,当社が所有する以前に木炭がつくられていた形跡がみられ,里山文化が息づいていたことを窺わせる。現在では炭焼きこそ行わないものの,間伐・下草刈りなど適切に手を入れている。太陽光が林内に入り,主要樹木の生長が促進される。同時に低層木や野草などの様々な植物が萌芽する。美しい花,木の実,それらに集まる小動物,生物の多様性がみられる。
持続可能な利用
低層木のなかに見られるアオハダ,ハイノキ,サザンカ,ヤマツツジなどの樹木は近年,造園木として珍重されている。工事現場に利用してはどうか,そんな意見から,この5年間,埼玉県の鳩山山林から実験的に農園に移植し,経過観察をしてきた。生育状態は順調で,2011年に当社技術研究所本館新築工事(東京都調布市)の植栽として移植する計画が進んでいる。「手を入れ,しっかり管理するからこそ可能になること」と,かたばみ興業緑化造園本部の高野充本部次長はいう。
今後は,順次他の現場にも適用していく予定で,従来の材木販売とあわせ造園木販売の収益で森林管理をおこない,社有林の生物多様性をまもっていく。自然と人間が共生する「持続可能な利用」を,社有林で実践する考えだ。
都市での自然生態系の保全は,そこに暮らし,働く人にも恩恵をもたらす。
そうした考えに基づき,当社が取り組んでいるのが建設プロジェクトを通じた都市の生物多様性の保全だ。
エコロジカルネットワーク評価技術
都市における緑地整備が進められているが,その整備効果の評価は難しいとされてきた。エコロジカルネットワーク評価技術は,野鳥の生息可能性などを指標として,緑地整備の効果を定量的に把握する。都市再生機構および都市緑化技術開発機構との共同研究で,東京都内などの都市再開発事業の緑地整備計画に適用している。「第1回生物多様性日本アワード」優秀賞や「平成19年度土木学会賞」環境賞を受賞した。
指標種のコゲラ(キツツキ科の野鳥)を用いた評価技術を例にすると,コゲラが一度に飛べる距離は500m程度で,その範囲に緑地がなければ移動することができない。衛星データなどを利用して既存の緑地を把握し,コゲラの営巣可能エリアや採餌エリアを評価分析することで,コゲラが生息できる緑地計画を検討することができる。同様に,様々な鳥類のデータを評価していくことで,より生物多様性に寄与した緑地計画の推進が可能となる。
アプリケーションソフト「ききみみずきんTM」
「ききみみずきんTM」は,野鳥などの野生生物の鳴き声を記録し聞き分けることにより,生物種の特定を支援するアプリケーションソフト。インターリスク総研,旭化成,JTBコミュニケーションズと共同で開発した。野鳥の観察や,その生息環境を理解することで,自然や環境に対する興味が育める。環境モニタリングや環境教育事業への展開を行っている。
本年,GPS機能を用いた観察場所の記録やデータアップロード機能なども追加したスマートフォン向けソフトを開発し,実証試験をおこなっている。今後は,生物多様性保全に必要な基礎データ収集などに役立てる。
生物多様性問題への取組みは,
民間建築事業の設計段階でも注目されている。
建築設計部門への影響について最新の動きを聞いた。
2006年に東京都が策定した「10年後の東京」は,環境,安全,文化,観光,産業など各分野の成長を目指す都市計画です。その実行プログラムにより,カーボンマイナス・緑化の推進が図られ,総合設計などの基準が見直されました。昨年2月施行で,緑化率が基準値を超えると容積率が最大で5%割増しされるのです。これを受け,緑化の質を上げ,量を増やすことが条件の設計コンペが増えています。また,今年の実行プログラムでは,生物多様性地域戦略の策定が初めて行動目標に入りました。
当社でも生物多様性を取り入れた提案に力を入れています。事業計画地を中心とした地域生態系の保全を行い,植物の実りのような“自然の恵み”を享受して,緑化に付加価値をつけるのです。さらに,その恵みを屋内空間にも利用し,花の芳香などによるリフレッシュ効果で執務者の快適性を向上させ,生産性向上につなげる提案も行っています。緑化によるインセンティブ獲得やCSR,地域貢献などと併せて説明し,事業性向上の側面をわかり易く提案しています。
今年の春以降,「生物多様性に配慮すること」を要項の軸に据えたいくつかの設計コンペに携わりました。政策・制度が着実に浸透し,事業者の生物多様性への関心が高まってきています。建築設計においても重要なテーマだと考えています。