我が国のZEB
長谷川 坂本先生とは,2009年5月にスタートした経済産業省資源エネルギー庁主催の「ZEBの実現と展開に関する研究会」で,ご一緒させていただきました。この研究会の発足で,我が国のZEBへの取組みが本格化しましたね。
坂本 そうですね。日本は,2020年までに効果ガスを90年比で,25%削減する目標を掲げています。ところが,最終エネルギー消費の推移をみると,全体の3割以上を占める民生部門の増加が目立ち,中でもオフィス,店舗,病院,学校等の業務分野では45%も増えている状況で,より一層の省エネ技術の開発と普及が急務となっています。ZEBはその取組みのひとつです。
長谷川 2008年の北海道洞爺湖サミット,翌年のイタリア・ラクイラサミットで,IEA(国際エネルギー機関)が日本に対しZEBへの取組み強化を勧告したことが,研究会立上げの契機となりました。
坂本 私が委員長を務め,大学や電力,建設,不動産,電機メーカー,オフィス家具メーカー等約20機関からメンバーが集まり,我が国におけるZEBの定義,ビジョン,実現に向けたロードマップを作りこみました。ゼネコンからは鹿島さん1社でしたよね。
長谷川 はい。建設業の代表という意識で参加させていただき,自社・業界で積み上げてきた知見をお話しました。
坂本 8回にわたって,それぞれの省エネ技術に関する取組みの現況を報告し,議論を重ねた結果から,経済産業省は,我が国におけるZEBを「建築物における一次エネルギー消費量を,建築物・設備の省エネ性能の向上,エネルギーの面的利用,オンサイトでの再生可能エネルギーの活用等により削減し,年間での一次エネルギー消費量が正味(ネット)でゼロまたは概ねゼロとなる建築物」と定義づけ,「2030年までに新築建築物全体でZEB化を実現する」というくらいの野心的なビジョンを持つべきだと提言しました。
省エネ技術のパッケージ化
長谷川 ZEBには,建物のライフサイクルを通して有効な省エネ技術が必要と考えています。それには,建築・設備設計からのアプローチや照明・空調等の省エネ機器の開発,太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの活用,エネルギーを管理・制御する技術等々,多くの要素が求められると思いますが。
坂本 その通りです。 ZEBというネーミングが,何か新しい取組みを始める印象を与えるかもしれませんが,これまでも日本の企業は省エネ技術の開発を活発に進めてきていて,その結果,我が国の省エネ技術の多くは,世界のトップランナーとなっていると思います。つまり,ZEBに必要な要素技術は揃っているわけですが,それらをひとつの建物にインテグレートして提案するという発想がこれまでほとんどなかった。
長谷川 確かに個々の企業は技術開発には非常に積極的で,前向きなのですが,それをとりまとめるシステムインテグレーター的な組織がない。当社も環境配慮設計や建築設備の省エネ化等の技術開発を行い,数々の省エネ・省CO2ビルの設計・施工を手掛けてきましたが,どちらかというと我々ゼネコンも,狭い建設業の分野だけで考えてしまうのです。
坂本 ZEBの実現に必要なのは,省エネ技術のパッケージ化。ZEBというシステム全体をパッケージにして売り出すことだと思います。
長谷川 日本の都市は超高層ビルの比率が高く,狭隘な土地に建物が密集していますから,太陽光発電に向いているとは言えない。ZEB化には不利な条件が多い分,多彩な技術モデルが構築できれば,世界のZEBにも貢献できますね。
坂本 我が国の経済の活性化にもつながる。建物をライフサイクルで捉えるゼネコンには,各種産業がもつ省エネ技術をたばねる牽引役となって,技術のパッケージ化に取り組んでほしいですね。
鹿島が目指すZEB
長谷川 ZEBの実現は,当社の建築系の最重点R&Dテーマのひとつになっています。2020年までに ZEBの第1号を世に送り出そうと,設計・施工・各種エンジニアリング部門が一体となって,現在13テーマの関連技術開発を推進しています。
坂本 頼もしいですね。鹿島流ZEBのロードマップを教えていただきたい。
長谷川 「エコ・デザイン」「エコ・ワークスタイル」「エネルギーマネジメント」「再生可能エネルギー」の4つのフェーズからZEB化に挑戦しています。お客様に信頼していただける技術を確立するため,2007年に竣工した「鹿島本社ビル」「鹿島赤坂別館」をはじめ,2009年オープンの「鹿島技術研究所 本館 実験棟」,10月に供用開始する「鹿島技術研究所 本館 研究棟」,現在建設中の「AKASAKA K-TOWER」等,自社関連ビルに要素技術を適用し,実証実験の場としています。
坂本 「エコ・ワークスタイル」という観点はおもしろいですね。
長谷川 お客様のワークスタイルを分析するソフト面での取組みです。究極の省エネビルを建設しても,使われ方と建築性能がミスマッチしては,エネルギー消費量は増大してしまう。それに,ワーカーの快適性や知的生産性を除外するような本末転倒なZEBにしたくはないですから。
坂本 生産活動を考えないZEBなら,今すぐにでも実現できますからね。
長谷川 ユーザーアンケートや実際の利用状況をモニタリングして,ワークスタイルにまで踏み込んだ研究を進めています。「鹿島赤坂別館」では供用開始以来,継続した調査分析を行っており,こうした蓄積データをもとに,オフィス行動のシミュレーションシステムを構築しています。
坂本 省エネと快適なオフィス環境という,いわば相反するテーマの両立には,お客様の省エネに対する意識やワークスタイルの変革も強いることになるでしょう。お客様の理解と協力も必要になってきますね。
長谷川 あらゆるステークホルダーが手を組まないとZEBは実現できません。そのためにも,信頼ある技術の構築が重要です。
坂本 一方で,省エネ法の対象拡大や税制上のインセンティブ,予算上の支援等,行政による規制と支援・誘導の強化も必要です。研究会でも,この点について強く言及しました。
技術のスパイラルアップ
坂本 「鹿島技術研究所 本館 研究棟」は,「CASBEE」の環境性能効率(BEE値)で国内最高値を獲得したと聞きました。かなりのZEB化が進んでいるようですね。
長谷川 新たな空調システム(コアンダ空調)等,多くの開発技術を導入し,CO2排出量50%削減が達成可能な建物になっています。隣接する実験棟にも当社独自の再生可能エネルギー利用高効率ヒートポンプシステム「ReHP(リヒープ)」を初適用しています。太陽熱,地中熱,空気熱等,複数の再生可能エネルギーを熱源として利用するヒートポンプです。
坂本 複数の再生可能エネルギーを,ひとつの建物にバランスさせて使うというのは画期的ですね。ところで,オフィスビルでZEBを考えた場合,パソコン等のコンセント負荷も大きいと思うのですが,建物内にハードを置かないクラウド化への取組みもしているのですか。
長谷川 直接ZEBと関連した取組みではありませんが,社内で保有するスーパーコンピュータとグリッドコンピュータで行っていた流体解析システムをクラウド化しました。他にも電子メールシステム等の情報インフラについても所有から利用への転換を順次進めており,オフィスの省スペース化と低炭素化を実現しています。
坂本 データセンターに電力消費を集中させて社会全体として低炭素化を図るというクラウド化の考え方は,今後ZEBの取組みにおいては必要になってくるものと思われますね。
長谷川 もうひとつ,既存建物のZEB化にも着手しました。今回,夏季休暇期間を利用して,「鹿島KIビル」の一部フロアでエネルギー消費量50%削減を見込んだ改修工事を実施しました。
坂本 それは興味深い。既存ビルのZEB化は新築より難しいし,社会全体に与える影響はこちらの方がはるかに大きい。具体的にはどんなことを?
長谷川 新たな人感センサによる空調・照明制御,LEDを用いたタスク&アンビエント照明,太陽光発電とリチウムイオンバッテリーを用いた充放電制御を導入し,各種データの収集,ワーカーの行動分析を行います。
坂本 それには多くのプレイヤーの参画が必要なのではないですか。
長谷川 このプロジェクトは,各種装置のメーカーや大学とアライアンスを組んで行っていきます。ここを“ショーケース”と位置づけ,鹿島だけでなく,参加いただくみなさんの実証実験の場としたい。産学連携で技術をスパイラルアップしていければと考えています。
坂本 ZEB実現に向けたパッケージ化がすでにスタートしているわけですね。期待しています。
低炭素社会とエネルギーの安定供給
坂本 東日本大震災後,省エネ技術の提案等の要望が,顧客から増えているのではないですか。
長谷川 そうですね。節電対策は長期化が予想されるので,一時しのぎではない技術を確立しなければなりません。例えば執務室の空調設定温度の変更等に対しても,本社ビル・赤坂別館・KIビルで物理量の計測と併せて,1日3回社員にアンケートを実施し,快適性の担保の方法を模索しています。
坂本 震災を契機に,各業界も省エネ技術の開発に力を入れるでしょうから,ZEB関連の技術も急進しますね。太陽光パネル等の需要が増えれば,コスト低減も期待できる。一方で,低炭素社会の実現だけを謳うのではなく,エネルギーの安定供給という面も考慮しなければならない時代になりました。
長谷川 究極の省エネビルを目指すZEBは,ある程度建物単体でエネルギー供給が自立できます。勿論,電力が足りない時は電力会社から買うわけですが,もともと使用電力が少ないので,災害時にも強いビルと言えます。
坂本 限られた電力の供給を有効に配分して使うためには,ネットワーク化も重要です。スマートグリッドという取組みがそれですが,ZEBとセットにして考えていく必要があると思います。
長谷川 当社も愛媛県松山市で実施したスマートグリッドの実証試験に参画する等,対応をスタートしています。
坂本 ZEBは,ビル単体あるいは同一敷地内でのゼロエネルギー化ですから,いわば“点”での取組みです。ZEBを複数組み合わせて,街,地域,都市といった“面”でのネットワーク化を図ることが,災害時にも強い持続可能な低炭素社会実現のストーリーとなるでしょう。その核となるZEBの役割は重要なわけです。鹿島さんの今後の研究開発に期待しています。
長谷川 身の引き締まる思いです。本日は大変示唆に富むお話を賜り,ありがとうございました。
鹿島のZEBに対する考え方
主に「エコ・デザイン」「エコ・ワークスタイル」「エネルギーマネジメント」「再生可能エネルギー」の取組みから,
建物の運用段階でのエネルギー消費量(CO2排出量)をゼロに近づけていく。