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ミニチュア・ワンダー・ランド

建築家がデザインした椅子たち

改ページ
図版:グラスゴー巡礼
  • aLC7[ル・コルビュジエ]
  • bLC2[ル・コルビュジエ]
  • cバルセロナチェア[ミース・ファン・デル・ローエ]
  • dオーガニックチェア
    [チャールズ・イームズ & エーロ・サーリネン]
  • eラウンジチェア[チャールズ&レイ・イームズ]
  • fDSW[チャールズ&レイ・イームズ]
  • gボールチェア[エーロ・アールニオ]
  • hアルミナムグループ[チャールズ&レイ・イームズ]
  • iコロナチェア[ポール・M・ヴォルター]
  • jSatuhl W1[マルト・スタム]
  • kマッキントッシュの家具のキーホルダー

グラスゴー巡礼

大学院生の頃,京都市内に残る近代建築の調査に付随して,竣工と同時に買い付けられた家具類の実測に参加する機会があった。建築の文化財的な価値は,建造物だけではなく,机や椅子,箪笥や什器類などインテリアも含めて,総体として評価されるべきものであることを痛感した。

その際,ある著名な先生から,建築史から家具史に専攻を変更しないかと声をかけていただいたことを覚えている。建築に関する歴史的研究の領域には,洋の東西ともに長い蓄積があり,研究者も多い。しかしインテリアや家具に関して,文化財的な評価を下すことができる若手研究者は少ないということであったと思う。

私は塗装職人の息子であり,建築は外観ではなく,内装も含めた屋内空間のデザインにこそ本質があると思っていたので,おおいに心が動かされた。家具史にも強い関心をもって勉強を始めたが,博士課程に進む段階になって,より表層的な,商業空間やディスプレイデザインこそ,私の研究主題であると心に決めた。

ただインテリアへの興味は継続している。そういえば学生時代から,最も好ましいと思う建築家は誰かと尋ねられると,スコットランドにあって妻や友人たちとグラスゴー派を立ち上げたチャールズ・レニー・マッキントッシュの名前を,第一に挙げることが多い。学生の頃からグラスゴー美術学校の図書室など,内装と家具が一体となった空間が素晴らしいと感じていた。

マッキントッシュの作品でも,とりわけ木工職人の仕事を活かしつつ,幾何学的な構成美と装飾性を併せ持つモダンなデザインの椅子や棚に好感を持つ。この春まで使用していた自分のオフィスでは,書架や椅子をマッキントッシュ風にデザインしてもらった。転居した新しい仕事場でも,有名なラダーバックチェアのレプリカを1脚,自分の原点を思い出すためのシンボルとして置いている。

以前,スコットランドに出向いた際に,グラスゴー美術学校やウィロー・ティールームをはじめ,マッキントッシュの代表作を順にめぐる機会があった。長年,作品集や展覧会の図録を見るしか術がなかった作品に,初めて触れることができた。私にとって,憧れの聖地を巡礼する感慨があった。

旅の記念に,マッキントッシュの家具をミニチュア化したキーホルダーを現地で購入した。素材が木材ではなく,金属製であったのが残念であった。

図版:空想の椅子博物館
  • aミリテール[ヘリット・トーマス・リートフェルト]
  • bアントニー[ジャン・プルーヴェ]
  • cパントンチェア[ヴェルナー・パントン]
  • dウィローチェア
    [チャールズ・レニー・マッキントッシュ]
  • eメッツァドロ[カスティリオーニ兄弟]
  • fNo.654W[ジャン・リソム]
  • gパスティルチェア[エーロ・アールニオ]
  • hLCW[チャールズ&レイ・イームズ]
  • iエッグチェア[アルネ・ヤコブセン]
  • jチューリップチェア[エーロ・サーリネン]
  • kラダーバックチェア
    [チャールズ・レニー・マッキントッシュ]
  • lスワンチェア[アルネ・ヤコブセン]
  • m赤と青の椅子[ヘリット・トーマス・リートフェルト]
  • nアントチェア[アルネ・ヤコブセン]
  • oボーフィンガー[ヘルムート・ベッツナー]
  • pスリーレッグドシェルチェア[ハンス・J・ウェグナー]
  • qユニバーサルチェア[ジョエ・コロンボ]
  • rハートコーンチェア[ヴェルナー・パントン]

空想の椅子博物館

近現代のデザイン史に名を残す椅子の名作がある。

チャールズ&レイ・イームズによる一連のラウンジチェアは,機能的な美が際立つ。また金属彫刻家のハリー・ベルトイアは一連のワイヤー・チェアを創作,代表作のダイアモンドチェアを「ほとんどが空気で構成されている」と評した。

オブジェのような椅子も強い印象を残す。ポール・M・ヴォルターのコロナチェアは,ムカデのような形状だが,その名の通り,日食のコマ撮り写真からインスピレーションを得て製作されたものだ。またエーロ・アールニオがデザインしたボールチェアやパスティルチェア,バブルチェアなどは,ポップアートのような鮮烈な造形である。

Studio65が創作した二人がけソファは,イタリア語で唇を表すBoccaという名称そのままの形状である。ダリの作品がモチーフだとされるが,マリリンモンローの唇に触発されたという説から,マリリンソファの異名もある。

建築家が,家具のデザイナーとして名を成す場合もある。代表的な事例が,ジョージ・ネルソンだろう。イエール大学で建築を学んだのち,自身の建築事務所を設立するとともに,ハーマンミラー社のデザイン・ディレクターに就任,ココナッツチェア,マシュマロソファなど革新的な製品を数多く発表した。

もちろん優れた建築家は,往々にして優れた家具デザイナーである。たとえば,ル・コルビュジエには,LC1スリングチェア,LC4シェーズロング,回転椅子であるLC7など,椅子にも多くの傑作がある。デ・スティルで活動したヘリット・トーマス・リートフェルトは「赤と青の椅子」が代表作である。

また特定の建物のためにデザインした椅子にも,抜きん出た作品がある。ミース・ファン・デル・ローエが,1929年バルセロナ国際博のドイツ・パビリオンとともに製作した椅子は,バルセロナチェアの名がある。アルヴァ・アアルトが,フィンランドのパイミオにある療養施設のためにデザインした椅子は,地名のままにパイミオチェアと呼ばれている。アルネ・ヤコブセンのエッグチェアは,コペンハーゲンのSASロイヤルホテル(現・ラディソンコレクションロイヤルホテル)のロビー用に造作したものだ。

本物の椅子の名品を,多く収集することは個人では難しい。ただミニチュアであれば,好みの椅子を集め,自由にレイアウトして,自前のデザインミュージアムを構築して愛でることができる。もちろん実際に座ることはできないので,眺めながら,椅子の肌触りに想いを馳せるしかないのだが。

ミニチュア提供:橋爪紳也コレクション

はしづめ・しんや

建築史・都市史家。大阪府立大学研究推進機構特別教授,
大阪府立大学観光産業戦略研究所長。
1960年大阪市生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程,大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
『日本の遊園地』(講談社),『あったかもしれない日本』(紀伊国屋書店),『集客都市』(日本経済新聞社),『「水都」大阪物語』(藤原書店),『ツーリズムの都市デザイン』(鹿島出版会)など,建築史,都市文化論に関する著作は50冊以上。日本観光研究学会賞,日本建築学会賞,日本都市計画学会石川賞など受賞多数。
『大阪万博の戦後史―EXPO’70から2025年万博へ』(創元社)が2月に刊行。

かわむら・けんた

写真家。1981年生まれ。
滋賀県在住,株式会社tametoma主宰。
建築・広告写真を主に,グラフィックデザインやWEB制作も行う。オフィス兼ギャラリーにて旅先で出会った風景写真などの個展も開催。

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