狭隘な都市部で
800tのトラス橋を
安全に一夜で架ける
万全な施工計画
阪急電鉄京都線・千里線連続立体交差事業
2つの鉄道路線が乗り入れる駅とその周辺を高架化する。
高架化後は,踏切がなくなるだけでなく,まちを横断する幹線道路の整備も予定されている。
この工事で,既存の鉄道を横断する巨大トラス橋の架設を実施した。
住宅街と線路に囲まれ,狭隘な施工スペースしかない現場の様子に迫った。
【事業概要】
阪急淡路駅周辺連続立体交差工事
(第4工区)に伴う土木工事
- 場所:大阪市東淀川区東淡路~下新庄
- 事業者:大阪市建設局
- 発注者:阪急電鉄
- 監理:阪急設計コンサルタント
-
施工:鹿島建設・戸田建設特定建設工事
共同企業体 -
規模:高架橋(RC構造・PC構造・鋼トラス構造)
980m(4線分:京都線・千里線,
最大4層構造) 高架ホーム島式2面 - 工期:2010年3月~2026年3月
(関西支店JV施工)
多様な工法を駆使して高架橋を構築
大阪市東淀川区の住宅街を走る阪急電鉄の京都線と千里線が乗り入れる淡路駅を中心に,総延長7.1kmを連続立体交差化する工事が進められている。この高架化事業によって解消される踏切は合計17ヵ所に上る。高架化後,区画整理事業に合わせて,まちを横断する道路が整備され,駅を中心とした再開発が大きく前進する予定だ。
現在の淡路駅は,2つの路線の上下線が平面交差しており,一方の路線で運行ダイヤが乱れると,もう一方の路線にも影響を及ぼすことがある。高架化後は,2階に駅改札口,3階に上り線ホーム,4階に下り線ホームを設けることで,上下線を分離し,複雑な運行管理を解消する。そのため,淡路駅の前後の高架橋は構造が2〜4層と変化する。
当社JVは,淡路駅の京都側半分を含む京都線延長320mと千里線延長660mの高架橋工事を担当している。駅付近は現在の線路と隣接する場所に確保した新たな用地に高架橋を設ける「別線施工」方式で施工する。また,千里線のうち,延長240mの区間では,現在の線路の真上に高架橋を構築する「直上施工」方式で施工する。
「現場が狭く,あらゆる場面で制約を受けることが特徴です。さらに住宅が近接しているので,住民の方から工事の振動や騒音に関するご意見をいただくこともしばしばあります。言われてからではなく,事前に考えられる対策を実施することで,工事への理解が得られるようにJV全体で心がけています」。今年から現場所長を務める佐野敏之所長はこう話す。
この工事には,2010年の着工以前の技術提案段階から12年以上にわたって携わっている。着工後は,工事課長や副所長として現場をまとめてきた。22年のキャリアの半分以上,この現場を担当していることになるが,それまでの担当工事も鉄道のほか水処理施設や造成など都市土木が中心だ。
2024年度末に予定されている高架化に向け,現場では,駅部を中心に高架橋が姿を現しつつある。そうした中,7月6日の深夜,地上を走る阪急京都線とJRおおさか東線の上空を横断するように,長さ76.31mある千里線用のトラス橋の送り出し架設が行われた。
「トラス橋を組み立てながら,片持ちで徐々に張り出すなど架設方法は複数考えられます。ただ,鉄道の上空で架設するので,より安全で確実な方法を選択する必要がありました」と,佐野所長は説明する。
※トラス橋は,中間ベントの前後で地上を走る阪急京都線の線路を斜め約25度に交差する
実物大の実験で架設中の挙動を想定
鋼製のトラス橋の重さは約800t。地震も想定し,架設のために移動するときを除き,完成時と同じように橋の両端を固定することで安定した状態を確保するのが望ましい。そこで採用されたのが,「軌条桁」と呼ぶ工事桁をトラス橋に先行して送り出し工法で架設し,その後,軌条桁の上を合計16台の台車に載せたトラス橋をPC鋼線とジャッキでけん引して,送り出す方法だ。
「トラス橋の送り出しが許されるのは,列車の運行がない深夜の2時間弱だけです。この間に,トラス橋を76.5m送り出しきらなければなりません。一定の距離を移動するごとに停止させ,トラス橋を載せた台車の距離やジャッキの伸縮量を計測する従来のやり方では,到底時間が足りません。そこで,制御や計測を完全に自動化し,途中で止めることなく送り出しができるようにしました」。
このように語るのは,3年がかりでトラス橋の一括架設の計画を進めてきた森口智聡工事課長だ。入社以来,18年間で鉄道高架橋をはじめとしてシールドトンネルや都市土木,橋梁,造成といった様々な工種の土木工事を経験し,多くの現場で技術的に難しい局面を中心にフォローしてきた異色の経歴の持ち主でもある。
森口工事課長が架設計画を立てる際に着目したのが,同様の架設作業で発生した過去のトラブル事例だ。送り出し中に台車が浮き上がり,荷重のバランスを崩したといったトラブルが多いという。この工事の場合,トラス橋と軌条桁で剛性が異なるので,送り出しながらたわみに応じて,各台車に載せたジャッキの高さを連続的に変化させていく必要がある。その際,トラス橋の重量で軌条桁が想定以上に大きく沈み込むと,トラス橋とそれを支えるジャッキが離れ,別の台車に大きな重量が加わるおそれがあった。
「本番でトラブルが発生すると,時間内に送り出しきれません。あらゆる状況を想定するため,できる限り実施工に近い条件で実証実験を行い,送り出し時に生じる挙動などの事前検証を行いました。この結果を基にトラス橋を架ける際のシミュレーションを実施し,本番に備えました」と森口工事課長は話す。実験は,大阪港の夢洲(ゆめしま)地区にあるヤードに実際と同じ全長156.6mの軌条桁を設け,その上にトラス橋と同じ重さのウェイトを載せて,本番同様に動かした。
トラス橋の送り出し当日は,日中から断続的に強い雨が降り続いていた。作業の大部分を自動制御ジャッキシステムによって行うことから,雨による電気系統の不具合が本番直前まで心配されていた。しかし,最終列車が通過する頃には雨も上がり,それは杞憂に終わった。
午前1時24分,高架橋の下に設けた送り出し作業用の集中制御室にいる森口工事課長の合図で,トラス橋の送り出しが始まった。軌条桁の上では,現場の施工管理を担当する山下和夫工事課長代理が異常事態に備え,トラス橋を支える油圧ジャッキや台車の動きを作業員とともに固唾を飲んで見守った。万全な準備を整えたとはいえ,送り出し中はすべてを機械に任せるほかなく,それだけに現場の緊張感は高まった。
動き出したトラス橋は,到達位置の1m程度手前まで,55分で約75mを見る見るうちに移動した。その後,残りの距離を少しずつ調整しながら,午前2時34分送り出しを完了。耐震設備でトラス橋を完全に固定することで,当夜の作業を無事終えた。
立場を変え視野が広がる
山下工事課長代理は,トラス橋だけでなく,淡路駅側の高架橋の構築を基礎工事の段階から5年以上にわたって担当している。入社6年目だが,前職では当社のグループ会社で8年間,基礎工事を専門に手がけていた。「協力会社の方に教えてもらうこともまだまだたくさんありますが,基礎だけでなく構造物全体の施工に関わることで,より一層仕事にやりがいを感じています」と語る。
トラス橋の架設に関連する工事が始まったのは,2019年1月に遡る。最初に,軌条桁を途中で下支えする「中間ベント」と呼ばれる仮設の橋脚を施工。京都線の線路を跨ぐ門型の橋脚で,鉄筋コンクリートで構築した。
「中間ベントはこの現場で初めて線路上空で構築したもので,自分自身の腕が試されました」と山下工事課長代理は振り返る。
今後は,トラス橋の下にある軌条桁を引き抜くように撤去し,年内にトラス橋を所定の位置まで5.7m降下させる予定だ。見た目には大きな変化はないが,技術的に難しい工程が続く。さらに,2021年以降,今回架設した千里線用のトラス橋と隣接した場所に,京都線用の2本目のトラス橋を架設することになっている。1本目のトラス橋架設の経験がどのように活かされるのか,これからの展開も興味深い。
現況を3次元データで把握し, よりリアルに施工計画
この現場では,当社の都市土木分野の工事に先駆けて,点群データを取り込んだCIMの活用を独自に展開している。点群とは,実際の地形や構造物の表面を無数の点の集合体として捉え,一つひとつの点の3次元座標データを集めた空間情報だ。点群の計測には,3次元レーザースキャナを使う。これまで点群は,ダムや造成などの工事で,着手前の地形を把握するための起工測量を中心に活用されてきた。
一方,空中に電線が錯綜する都市部では,不向きとされてきた。既存の構造物の点群を整理する過程で,電線などの物体の点群データを取り除かなくてはならないからだ。
こうした常識に対して,森口工事課長は,「現場は狭隘で,重機や仮設物が鉄道の重要構造物や電線,民家などに干渉するおそれがあります。現況を正確に把握しないと,トラス橋の架設計画を進めることが困難でした。既存の構造物と新設する構造物が近接し,互いの位置関係を正確に把握する必要がある都市土木や鉄道工事こそ,点群を活かすべきだと考えました」と説明する。
最初に現場で点群を計測したのは2017年。当社JVの工区全体に対して,合計225ヵ所から約13億点の点群を3次元スキャナで計測した。点の間隔は1cm。現場を様々な角度からくまなく計測することで,現況の見落としを防ぐ。
点群データを活用して,まず新設する構造物と,既存の構造物との干渉をチェック。点群データを新設する構造物の3次元モデルとともに統合ソフトに取り込み,重ね合わせた。その効果は一目瞭然で,駅部で既存の架線柱と,新設する高架橋の張り出し部が重なることが判明した。これを受けて施工手順を見直し,線路を高架化した後,干渉する部分の高架橋を構築することになった。(図①)
また,クレーンを3次元モデルの中で動かすことができる統合ソフトの機能を用いて点群で現場を再現し,クレーンの作業計画にも活用した。「千里線の直上施工区間では,線路横の側道にクレーンを配置して,夜間に施工します。道路の幅は狭く,民家の塀があります。上空には電線もあるので,クレーンのブームはそれをかわすように操作しなければなりません。実際にクレーンで作業ができるのか,熟練したオペレータでも簡単には判断できませんが,3次元モデルで検討すれば,間違いありません」(森口工事課長)。(図②)
さらに,現況の点群データと施工途中の状況の3次元モデルを組み合わせることで,VR(仮想現実)空間で施工現場を再現。実際,直上施工区間で線路際に仮設する支保工が列車の運転士の視界を妨げないことを,線路内に入ることなく確認できた。VRゴーグルやシステムがあれば,オンライン上で仮想空間を共有し,別々の場所で打合せを行うといった使い方も可能になるという。(図③)