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都市をよむ:第6回 建築家がよむグローバル都市

サーファーとしての建築家

目まぐるしく動く世界情勢。後期資本主義のなかにあると言われる今日のグローバル経済はなんとも気まぐれで,いつどこでどんな「事件」が起こるか分からない。そんな気まぐれな世界をサーファーのごとく渡り歩いていると自他ともに認める建築家がいる。現代の建築潮流を牽引するオランダ人建築家レム・コールハ-スだ。世界各地のプロジェクトを手掛ける彼の事務所OMA (Office for Metropolitan Architecture)には,世界中から建築家や研究者が集まり,文字どおりボーダーレスな活動が続けられている。

事務所の活動は世界経済の状況に大きく影響されることから,彼らは絶えず世界情勢に目を光らせ,それを可視化することで,事務所の今とこれからを客観的に捉えようとしている。その集大成が2003年に発表された世界地図(アトラス)の数々である。雑誌『WIRED』に特集として組まれたもので,当時の政治・経済・社会状況を地図上で明快に可視化している。今回はこのレム・コールハ-ス/OMAが描き出す「世界」を見ることで,建築家の目を通すと今日の世界はどのように捉えることができるかを見ていきたい。

図版:雑誌『WIRED』2003年6月号。この号のゲストエディターを務めたレム・コールハースが表紙を飾る

雑誌『WIRED』2003年6月号。この号のゲストエディターを務めたレム・コールハースが表紙を飾る

流動化する世界

コールハ-スが描く世界地図は多岐にわたるが,そのなかでも重要な視点のひとつが,今日の世界を「流動化」するものとして捉えるというものだ。例えば,世界の旅行客の流れを可視化したダイアグラムがある(図1)。グローバルスケールで絶えず移動を続けるサーファーとしての建築家,コールハ-スにとって,これは少なからず自身の行動に影響を及ぼす現象だ。さらに図1では,この人の流れの傾向が時代とともに変遷している様を描いており,流動化する世界像を見てとることができる。特に,2001年9月11日のアメリカ同時多発テロと,2003年のアジアを中心に蔓延したSARSという2つの事件が世界の人々の流れを大きく変えた様が描かれているが,ここで重要なのはそれが世界の建設事情とリンクしてくる点だ。同時多発テロは以降のアメリカの建設市場を冷え込ませ,またSARSはこれまで圧倒的なスピードで拡張を続け,世界の建築関係者の眼差しを集めていた中国の建築ブームに少なからず影響を与えることとなったのだ。

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図版:図1 航空網の発達によって,私たちは自由に世界を移動することができるようになったが,その移動数は様々な「事件」によって大きな影響を受けている

図1 航空網の発達によって,私たちは自由に世界を移動することができるようになったが,その移動数は様々な「事件」によって大きな影響を受けている。こうした動向を可視化することで,常に流動する世界情勢を客観的に捉え,各都市の建設事情などの背景の一端を顕在化することができる(図版提供: ©OMA)

図版:〈図1解説〉

〈図1解説〉
図の上段では2001年の同時多発テロでのアメリカへの移動の激減が,そして中段・下段ではそれに続く回復期の様子と,2003年のSARSによる中国への移動の激減が描かれている。

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非均質な世界

「流動化」とともに重要な視点が,世界が「非均質」に発展しているという点だ。20世紀初頭には世界のわずか10%の人々が「都市」に住むにすぎなかったが,2008年には地上の50%を超す人々が「都市」に住むようになった。21世紀は文字どおり「都市」の時代なのである。しかし,各都市の発展そのものより,むしろその発展が非均質に起こっている状況を観察することのほうが重要だとコールハースは示してみせる(図2)。なぜなら,その動向こそが世界中の建築家にとっての次なる建築の場の可能性を示唆するものだからだ。

実際,資本が集約し,これまでとは違う速度で都市化が進み,いわゆる建設ラッシュが起こっている地域は常に流動している。世界の非均質性もまた流動しているのだ。その流れを捉えた上図と連動するように,2000年の初頭,世界の建築家を最も引きつけた都市は中東の地周辺へと変わっていった。

図版:図2 世界主要都市の1時間での人口変化を可視化したもの

図2 世界主要都市の1時間での人口変化を可視化したもの。夜景地図の光の点が都市の場所を示している。全体的に見て北半球の都市が人口減少に直面しているのに対し,南半球の都市では人口爆発が起きており,この地域で次に急速な都市化が進むであろうことを予見させる。しかしながら,北半球でもロサンゼルスや東京などは例外的に人口が増えていることは注目に値し,一国のなかでも都市化が非均質に起こっていることが分かる(図版提供: ©OMA)

世界を動かす「YES体制」

世界の都市化を考えるとき,その背景にあるグローバル経済から目を背けることはできない。21世紀に入り,ますます資本の力が建築のあり方を決定づけようとしている時勢を,特にそこで大きな力を持っている3つの通貨を挙げ,コールハ-スは「YES体制」と名づけている。円,ユーロ,ドルの頭文字をとった¥E$は世界を席巻する資本主義体制の代名詞であり,それをYESと呼ぶことで,その圧倒的な力に抗するのではなく,肯定的に捉え,そこに可能性を見出そうとする態度を明確に示したのだ。

つまり,彼はこれまで象徴的な建築は政治的権力者によって多くつくられてきたが,今日では巨大資本がその役割を担っていると分析する。コールハースが促すのは,建築や都市に向き合う上での画期的な価値観の変革(パラダイムシフト)であり,そこへの積極的な関与である。

図版:図3 YES体制を象る3つの通貨

図3 YES体制を象る3つの通貨(図版提供: ©OMA)

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プロジェクトのためのリサーチ

コールハ-スの描く都市は,時に実際のプロジェクトとも密接に結びついている。それを見てとれるのが,世界の超高層の歴史を可視化したものである(図4)。この図が制作されたのはコールハ-スが自身初の超高層建築,中国中央電視台(CCTV)本社屋の基本設計を行っていた時期である。当然のことながら,自らの仕事の意義を,超高層建築の歴史という文脈において考える必要があったのだ。

コールハースが観察する超高層建築の歴史は,アメリカで誕生した後,東のアジアへと移っていき,その過程で規模や高さも拡大していくというものだ。そのなかで,都市は建築の「高さ」を競うことに躍起になる一方,ビルディングタイプとしての超高層建築は何も変わっていないことを突き止める。高さだけで競うことからの離脱,新しい超高層建築の提示,それこそがコールハースがCCTV本社屋のデザインに求めたものである。そのようなアイデアがグローバルな歴史の考察と可視化から生まれたことは,リサーチの重要さを私たちに教えてくれる。

図版:レム・コールハース/OMA設計による中国中央電視台(CCTV)本社屋(2002~12年)

レム・コールハース/OMA設計による中国中央電視台(CCTV)本社屋(2002~12年)。垂直方向にのびる従来の画一的な超高層建築とは異なる,中央をくり抜いたような外観は,北京市東側ビジネスエリアのなかで独特な存在感を放っている(筆者撮影)

図版:図4 世界の超高層建築の歴史の可視化

図4 世界の超高層建築の歴史の可視化。20世紀初頭にアメリカでの黎明期を経て,規模を小さくしながらヨーロッパへと波及し,その後アジアで高さや量の点でも爆発的な展開を見せるというコールハースの解釈が描かれている。ここで注目すべきは,ひとつのダイアグラム上に空間情報と時間情報が同時に描かれている点で,そこにコールハースの空間概念を伴った歴史観を見ることもできるだろう(図版提供: ©OMA)

Profile:白井宏昌(しらい・ひろまさ)

建築家,滋賀県立大学准教授。早稲田大学大学院修了後,Kajima Design勤務。2001年文化庁派遣在外研修員としてオランダに派遣。2001~06年OMA(ロッテルダム・北京)に勤務。中国中央電視台本社ビルなどを担当。ロンドン大学政治経済学院(London School of Economics)都市研究科博士課程より「オリンピックと都市」の研究にて博士号取得。2008年には国際オリンピック委員会(IOC)助成研究員に就任。研究の傍ら2012年ロンドンオリンピックパークの設計チームメンバーとしても活動。現在,H2Rアーキテクツ(東京・台北)共同主宰。また明治大学大学院,国際建築・都市デザインコースなどで兼任講師も務める。

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