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世界の橋なみ 第5回 多彩な色と形式――ロンドン・テムズ川の橋

写真:タワーブリッジ

タワーブリッジ(1894年):ヴィクトリア朝時代のネオゴシックのデザイン。中央の桁が両側へ跳ね上がる。ロンドンの天候は曇りがちで,変化が激しい

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ヴィクトリア朝時代のシンボル

ロンドンオリンピックの開幕を迎え,テムズ川の風景を象徴するタワーブリッジには,巨大な五輪マークが掲げられた。この橋が完成したのは1894年のことである。ロンドン中心部の東の端に位置し,その西の端にそびえ立つネオゴシックの国会議事堂と対をなす,ヴィクトリア朝期を代表する建造物である。

タワーブリッジの構成は,川中に2つの大きな塔が建てられ,その中央が跳ね橋,両側は吊橋になっている。塔の頂部を結んで歩道橋が設けられており,橋が跳ね上げられたとき,人が渡れるように配慮されている。

ケーブルは明るいブルー,高欄などは濃いブルー,ケーブル間を結ぶ部材や高欄パネルなどは白,ケーブルのピンなどは赤と,細かく塗り分けられている。このようにカラフルな配色になったのはエリザベス2世在位25周年記念の1977年のことである。

テムズ川の橋は非常に華やかな色をもっている。とくに下流部に架かる橋は赤青黄の原色に近い色が多く使われており,橋の各部が多彩に塗り分けられているため,その鮮やかさは際立っている。

一方,上流部の橋は石造かコンクリートのアーチ橋がほとんどで,橋の表面は花崗岩や石灰岩で外装されており,落ち着いた雰囲気を醸し出している。

写真:ウェストミンスター橋

ウェストミンスター橋(1862年):ビッグ・ベンに隣接。国会議事堂の下院の議席の色にちなんで緑色に塗られている

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渡し船と有料橋

ロンドンのテムズ川には,タワーブリッジからハンプトンコート橋までで30数橋が架けられている。そのなかで,ロンドン橋が最も古く,長い間唯一の橋であった。その歴史は紀元前にもさかのぼるようだが,石橋になったのは13世紀のことで,ひとりの司祭の熱心な活動によるものであった。その後,橋の上には多くの家屋が建てられ,商店街のようになっていた。

次いで古いのがキングストン橋で,13世紀に初めて架けられたようだ。この橋からロンドン橋の間には,1729年にパットニー橋が架けられるまでは全く橋はなく,多くの渡し場があり,渡し船が通っていた。

18世紀になると,ロンドン市街地が川の南側へも一気に拡がっていくことになり,架橋の必要性が高まっていった。そして,ウェストミンスター橋が1750年に架けられて以降,19世紀前半にかけて次々と新しい橋が完成していく。これらは木橋,石造アーチ橋が多かったが,鋳鉄アーチや錬鉄製のチェーンを用いた吊橋が採用されるなど,先進的な試みもなされている。

これらの橋は有料橋として運営されていたが,19世紀後半になって橋の運営権をロンドン市などが買い取って公有化することによって,橋の通行はようやく無料になった。

写真:ハマースミス橋

ハマースミス橋(1887年):チェーンケーブルが用いられた吊橋。緑と金色できらびやかさを演出

写真:ブラックフライヤーズ橋

ブラックフライヤーズ橋(1869年):赤と白で鮮やかに塗装された錬鉄製の固定アーチ4連が配置されている

写真:ロンドン橋

ロンドン橋(1973年):3径間連続PC桁橋。紀元前からの歴史をもつ

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近代化と保存

テムズ川の橋の多くが現在の姿になったのは19世紀後半のことである。交通量が大幅に増大して橋を大きく拡げることが必要となり,同時に水上交通の障害をできるだけ取り除くために,中心部の橋ではウェストミンスター橋が1862年に,ブラックフライヤーズ橋が1869年に架け替えられた。そのほか,アルバート橋(1873年),ハマースミス橋(1887年)も現在見る姿の橋になった。この頃には鋳鉄に代わって,錬鉄が普及し,長いスパンの吊橋や桁橋も可能になっている。

1920年代以降,テムズ川の橋の近代化が進む。鉄筋コンクリートが適用され,上流部のチズウィック橋,トゥイッケナム橋,ハンプトンコート橋が1933年に新しくなった。これらのアーチ橋の表面には石やレンガが張られ,周辺の施設や環境に合わせた古典的なデザインになっている。

また,20世紀に入ると鋼橋が一般的となる。中流域で新しくなったチェルシー橋(1937年)には鋼自碇式吊橋,ワンズワース橋(1940年)にはゲルバー式の鋼桁橋という近代的で簡素なデザインが採用された。

一方では,1777年に架けられたリッチモンド橋は,1938年に拡幅工事が行われたが,建設当初の姿をよく伝えており,ロンドンのテムズ川では現存する最も古い橋として大切に保存する努力もなされている。

写真:アルバート橋

アルバート橋(1873年):吊橋と斜張橋を併用したような構造。中央の橋脚は補強のために後に設置された。淡いパステルカラー調の塗装が特徴

写真:リッチモンド橋

リッチモンド橋(1777年完成,1938年拡幅):ロンドン・テムズ川では現存する最古の橋

写真:チズウィック橋

チズウィック橋(1933年):本体はコンクリートアーチ橋。白い石で外装されたクラシカルなデザイン

写真:ハンプトンコート橋

ハンプトンコート橋(1933年):コンクリートアーチ橋。近傍のハンプトンコートに合わせてレンガと石が張られている

写真:チェルシー橋

チェルシー橋(1937年):自碇式吊橋。赤,白,ブルーで明快な印象を演出

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異質な現代橋

第2次大戦以降,テムズ川にもそれまでとは異質な構造とデザインをもった橋が登場する。戦争で中断されていたウォータールー橋が1945年に完成,1973年には,ロンドン橋が架け替えられたが,いずれも飾り気のないコンクリートの橋となった。

21世紀になって,ミレニアム事業の一環としてミレニアムブリッジが完成した。右岸側に開設されたテートモダン美術館と左岸側にあるセントポール大聖堂を結ぶ全長約330m,幅約4mの歩道橋で,基本構造は3径間の吊橋である。ケーブルを横に配置して,床版を支える腕木を吊る形で,吊床版形式に近い構造になっている。橋上やその周辺からの大聖堂の眺めを妨げないよう,構造をできるだけ低くするために考案されたもので,新しい世紀にふさわしいモダンな構造である。

写真:ミレニアムブリッジ

ミレニアムブリッジ(2000年):扁平で斬新なデザインの吊橋。開通直後大きな揺れが発生。2年をかけて修復し,再オープンされた

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地図

松村 博 Hiroshi Matsumura
元大阪市都市工学情報センター理事長。1944年生まれ。京都大学大学院修了(土木工学専攻)。
大阪市役所勤務,橋梁課での設計担当に神崎橋,川崎橋,此花大橋など。
著書に『日本百名橋』『論考 江戸の橋』(鹿島出版会),『京の橋ものがたり』『大阪の橋』(松籟社)など。

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