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Part 1 富士屋ホテル:大改修

【工事概要】

富士屋ホテル耐震改修工事

場所:
神奈川県足柄下郡箱根町
発注者:
富士屋ホテル
設計:
石本建築事務所
規模:
(改修)本館―木造 2F/西洋館―木造 2F 食堂棟―RC・木造 B1,1F
花御殿―RC・木造 B2,4F フォレスト・ロッジ―RC・S造 6F
(解体)カスケード棟―RC・木造 B1,2F 日本閣・厨房―RC・木造 B1,2F
(建替)カスケード・ウイング―RC B1,3F 
総延べ17,439m2
工期:
2018年4月~2020年6月
(横浜支店施工)
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木造建築と向き合う

洋風の意匠を基調にしながら,唐破風の玄関など和風の意匠を加味した複雑な外観。内装には,随所に美術品のような彫刻や虹梁などが散りばめられ,良質な素材や細部にいたる装飾一つひとつにこだわりが感じられる。大部分が木造。入り組むように配置された客室や階高4m以上ある広間など,くつろぎを演出するさまざまな空間を,100年前の木の梁や柱が支えている。

図版:高台から見た現場の様子

高台から見た現場の様子(2019年10月)

度重なる増築・改修を経た建物を詳細に残している図面はない。現場を取り仕切った原田卓也所長は,「着工してしばらくは改修図を片手に建屋内を見て回りました。図面と状況が異なる箇所も多く,梁や柱も現在のようにきちんと製材されているわけではなく,まっすぐなものはほとんどない。難しい工事になると思いました」。調査を進めると,これまで見たことのない構造体が顔を出す。本館の巨大な屋根を支える小屋組は,できる限り自然のまま使用された木材によって,見事に荷重が分散されるように組まれていた。

原田所長も,木造建築を施工するのはこれが初めて。「今回,社寺などの文化財建築を得意とする会社に協力していただきました。分からないことは,自分が理解できるまで経験豊富な彼らにとことん話を聞きました」。慣れない木造建築に,自分の知識・経験を少しずつ擦り合わせる。特別なことを行うのではなく,基本を大切に施工を進めた。「現場をきれいに美しく保つ。そうすれば,自ずと課題が見えてきます」。

図版:原田卓也所長

原田卓也所長
photo:Shinjiro Yamada

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図版:本館の小屋組

本館の小屋組。荷重が分散されるように組まれており,当時の棟梁の技が光る

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唯一無二を未来へ紡ぐ

富士屋ホテルの建物の多くは,建設時期が古いため現行法規に適合していない。しかし,次の100年を考えた時に富士屋ホテルとして欠かすことのできない厨房および事務所については,事業の継続性と従業員の就労環境改善の観点から新棟への建替えが望まれていた。

問題は,複数の棟が連結している富士屋ホテルでは一棟を建替えることで,現行法がほかの棟にも波及し,現在の状態を維持できなくなることだった。登録有形文化財の歴史的価値の維持とホスピタリティ向上につながる施設の刷新。これを両立するために採用されたのが建築基準法の適用除外というスキームだ。

「防耐火などの現行法を適用すると歴史的価値を残せないものについて,同等の代替措置を行うことで現行法の適用除外を認めてもらうという,全国的に見ても大規模木造宿泊施設としては極めて前例の少ない手法です。計画をまとめるまでの道のりは,とても長く感じられました」。こう話すのは齋藤正治副所長。現地調査を始めた当初からプロジェクトに関わっている。建替えの話が挙がったのは調査開始から10ヵ月近くが経った2017年7月。「そこから,施主・設計・施工と三者一体となって計画をつくり込み,2018年4月の着工に漕ぎ着けました。実施設計をまとめた石本建築事務所,決行を踏み切ったオーナーおよび富士屋ホテルさんも大変苦労されたと思います。また,早い段階から施工的視点で携わった当社の役割も大きかったと感じています。この工事が,歴史的建造物の保全という課題に対する一つの道標になれば」と齋藤副所長は語った。

着工から26ヵ月,模索し続けながら推し進めた工事が竣工を迎えた。「大変な工事だったことは覚えているのですが,特に何が大変だったのかは,すぐに思い出せないんですよね」と原田所長は微笑む。「とにかく,無事に終えることができてよかったです」。ひたむきな姿勢が,新しい富士屋ホテルを令和に届けた。

図版:齋藤正治副所長

齋藤正治副所長
photo:Shinjiro Yamada

図版:本館1階壁内に取り付けられた耐震補強用の鉄骨(2019年7月)

本館1階壁内に取り付けられた耐震補強用の鉄骨(2019年7月)

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図版:食堂棟のメインダイニングに取り付けられた耐震補強用の鉄骨(2019年7月)

食堂棟のメインダイニングに取り付けられた耐震補強用の鉄骨(2019年7月)

column

歴史やドラマを生かす

当社グループ会社Kプロビジョンは,富士屋ホテルが有する歴史やドラマを生かした空間づくりを行った。耐震改修工事に伴う史料整理の中で,ホテル内の倉庫から新たな史料が数多く発見された。Kプロビジョンはすべての史料を整理・分類したうえで,それらを生かした展示室の構築を提案。これまでの史料展示室をリニューアルすることが決まった。ほかにも,富士屋ホテルのあゆんだ歴史や工事の様子を綴った記念誌を作成。休館の間も,お客様に富士屋ホテルのことを感じてもらえるような工夫を行った。

今後も,当社グループは工事に関する付加価値を高める取組みを積極的に行っていく。

図版:5部構成の140周年記念誌を順番に作成した

5部構成の140周年記念誌を順番に作成した

図版:新しい史料展示室

新しい史料展示室 photo:Shinjiro Yamada

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