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幸せの建築術 人類の叡智を再考する 最終回 中国・麗江 清らかな水に抱かれた理想郷

いままで訪れた100ヵ国以上の中からベスト3を選ぶなら,迷わずイエメンを挙げると以前書いたが,中国雲南省の麗江も間違いなくその中に入る。私が麗江を訪れたのは2004年。前々から映像や写真で見るたびに,必ず行きたいと思っていたのだが,期待に違わず素晴らしいところだった。

図版:地図

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写真:街中に網の目のように引かれた水路

街中に網の目のように引かれた水路。澄んだ流れを泳ぐ魚の姿も多く見られる

写真:橋の上や水辺は人々の憩いの場

橋の上や水辺は人々の憩いの場

写真:水路の水は生活用水として使われている

水路の水は生活用水として使われている

写真:麗江に水の恵みをもたらす玉龍雪山

麗江に水の恵みをもたらす玉龍雪山。神々が住まうと信じられてきたナシ族の聖山である

常春の楽園

麗江はヒマラヤの東端,玉龍雪山という名峰の麓に位置する。この山から流れ出た清らかな雪解け水による用水路が,街のあちこちに網の目のように引かれ,この都市の平面形態をつくり出している。文字どおり麗しい水の街である。

緯度は沖縄の那覇とほぼ同じだが,標高約2,400mの高地にあるため,温暖な気候が年間を通して続く常春の楽園である。私が訪れたのは2月だったが,空港のある昆明から麗江に向かう途中,あちこちに美しい菜の花畑が見られた。J.ヒルトンの小説『失われた地平線』に出てくるヒマラヤ山中のシャングリラ(理想郷)のモデルともいわれているそうだが,まさしく納得できる地であった。

かつてはヒマラヤ周辺のチベットやネパールと,中国の江南を結ぶ交易路の要衝として栄えた。その主な交易物がお茶であったため,このルートはティーロードとも呼ばれている。雲南独特の保存が利くプーアール茶は,いまでも特産品として名高い。

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写真:道端でおしゃべり

道端でおしゃべり。民族衣装の背にある丸い刺繍の飾りは,北斗七星を表すものだといわれている

写真:斜面から見た麗江の街

斜面から見た麗江の街。瓦屋根がうねるように連なっている

城壁のない旧市街

麗江の旧市街(麗江古城)は少数民族のナシ族によってつくられ,現在でも住民の多くをナシ族が占めている。中国をはじめ世界各地の旧市街は城壁で囲まれていることが多いが,麗江には城壁がなく,じつに開放的である。当時,麗江を治めた木氏一族が,「木」の周りを囲うと「困る」という字になってしまうことを嫌い,城壁をつくらなかったともいわれている。

旧市街は概ねフラットだが,西側だけが緩やかな斜面になっている。高台から見下ろすと,家々の瓦屋根が延々と連なり,街全体がまるでうねる大地のように見え,ダイナミックで美しい。

路地に下りると,この瓦屋根がまた違った表情を見せる。みちの両側に並ぶ建築は,軒の出が統一されているため,曲がりくねったみちの形状がそのまま庇の曲線となって現れる。幅2m前後に細長く切り取られた空が,みちの上部に龍が躍るように延びるさまは圧巻である。遠くに見える玉龍雪山と,まさに呼応しているようでもある。

写真:曲がりくねった路地

曲がりくねった路地。見上げると庇で切り取られた空が龍のように見える

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写真:板橋がリズミカルに架けられ,店先の赤い提灯がアクセントになっている

板橋がリズミカルに架けられ,店先の赤い提灯がアクセントになっている

写真:柳の木が水辺の景観に趣を与える

柳の木が水辺の景観に趣を与える

水に寄り添う暮らし

用水路沿いに街を散策してみる。対岸に並ぶ建築は間口がさほど大きくないため,一軒ごとに渡された板橋が水路上にいくつもリズミカルに置かれていて,生き生きとした水辺の空間をつくり出している。橋の上でくつろぐ人々が至るところで見られ,古くから憩いの場となってきたことがうかがい知れる。川面に反射する光の中に,この小橋群が浮かび上がる光景は,得も言われぬほど美しい。さらにうまい具合に景観を味付けしているのは,水辺に植えられた柳の木と水の中で揺れる水草である。

街中に張り巡らされた用水路の水は,生活用水として使われる。用途によって使う場所が決められているようで,野菜や食器の洗い場はあちらこちらで見られる。一方,洗濯場は下流に設けられている。ここは共用で,そばに休憩スペースもあり,女性たちが洗濯をしながら井戸端会議をしているようだ。ほとんどの家はこれらの水の恩恵を受けるため,水路に面して建つことになる。曲がりくねった水路とそれに並行して走るみち,ところどころに架けられた石のアーチ橋,柳,縁台が生き生きとした生活空間をつくり出し,それらは観光で訪れた者をも幸せな気持ちにさせる。

水辺を歩いていくと,やがて中央の広場に出た。水路はここで幅が広がり,ちょっとした池になっている。岸は水面に近づけるような階段状になっており,ベンチも置かれていて,人が絶えない。広場ではナシ族の女性が輪になって民族舞踊を楽しんでいた。独特の民族衣装を着て踊っているのだが,特に観光客相手にお金を集めているでもなく,純粋に踊りを楽しんでいるようだった。

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写真:広場には住民や観光客が集い,水辺でくつろいでいる

広場には住民や観光客が集い,水辺でくつろいでいる。階段状になった岸や石のアーチ橋が変化に富む空間をつくり出している

写真:野菜や食器を洗うため,水辺へ下りられる場がところどころに設けられている

野菜や食器を洗うため,水辺へ下りられる場がところどころに設けられている

写真:休憩スペースのある洗濯場

休憩スペースのある洗濯場

写真:民族衣装を着て広場で踊るナシ族の女性たち

民族衣装を着て広場で踊るナシ族の女性たち

写真:かごを背負って荷物を運んでいる

かごを背負って荷物を運んでいる

写真:常春の気候の中,屋外でゲームに興じる人たち

常春の気候の中,屋外でゲームに興じる人たち。遠くに玉龍雪山が見える

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ヒマラヤの恵みと人類の叡智

夜も2月にしては寒くなかったので,水辺での食事を楽しむ。ほの暗い街の中には,赤い提灯やカンテラ(アセチレンガス灯)の光がぽつぽつと浮かび上がる。それらが水面に照らし出され,光の群が揺らぎ,息をのむ美しさだった。街のはずれへ行き斜面を見上げると,各家屋のほのかな赤い光と暗闇とのコントラストが,まるで絵画のようなパターンをつくり出していた。

そして夜明けとともに麗江の街は動き出す。早朝,旧市街を逆光の中進んでいくと,街はすでに活気にあふれ,さまざまな種類の朝食を楽しむことができた。水面はキラキラと輝き,やがて水蒸気が上り始める。朝の光に包まれる麗江も格別だ。

1996年に大地震に見舞われた麗江だが,その街並みは見事に修復され,世界遺産にも登録された。街の西側の丘から玉龍雪山を望むと,その麓から麗江の街がつながっていることがよく分かる。まさしく,ヒマラヤの水の恵み,それとともに培われた人々の叡智によって生き続けてきた街なのである。

奇しくもヒマラヤの麓・ブータンから幕開けとなった本連載も,ついに最終回。先人たちの集まって住まう術や,自然と共生する知恵を再考する中で,現代の建築や社会は果たして人々を幸せに導いているのか,自問し続ける1年であった。現代建築は機能性や効率性を追求するあまり,人間の存在をないがしろにしてきてしまったように思えるのだ。世界中に残るこうした「幸せの建築術」を見直し,未来の建築へとつなげることが,いま必要なのではないだろうか。

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古市流 地球の歩きかた

中国・雲南省国旗
(Yunnan, China)

面積:39.4万km2(日本よりやや広い)
人口:約4,700万人
省都:昆明市
真冬でも平均気温17℃,真夏でも27℃前後と,
世界でもまれな常春の地域。

麗江へ行くには

ルートはいろいろあるが,一般的なのは,香港から雲南省の昆明を経由する方法。昆明からは空路で1時間ほどである。また,鉄道やバスで向かう方法もある。鉄道だと昆明から約10時間の道のりとなる。

名物,雲南コーヒー

一軒の茶屋で,ナシ族の民族衣装を着た小学生くらいの女の子が店番をしていると思ったら,20歳とのこと。ナシ族の女性は幼く見える。彼女にすすめられて名物の雲南コーヒーを飲む。中国高級茶・プーアール茶の産地として有名な雲南省は,アジアでも有数のコーヒーの産地でもあり,世界の大手コーヒーメーカーも進出している。特にヒマラヤの雪解け水で入れたコーヒーやお茶は,格別な味わいである。

一緒に食べたのは,麗江粑粑(ババ)というお好み焼きやお焼きに似たお菓子。小麦粉に,砂糖,山椒などをまぶして鍋で焼いたもので,麗江の街中の至るところで売られていて美味しい。

古くから伝わるトンパ文字

トンパ文字は,ナシ族に伝わる象形文字。世界で唯一,現在も使われている象形文字ともいわれている。麗江の街中でも,看板に中国語と一緒に描かれていたり,デザインとして使われているものも見られる。

写真:壁に描かれたトンパ文字

壁に描かれたトンパ文字

古市徹雄(ふるいち・てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三・都市・建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市徹雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風・光・水・地・神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

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