文化と自然の相互作用
国や民族の違いを超えて,人類が共有するべき「顕著な普遍的価値」を持つとされるものが,「ユネスコ世界遺産」として登録される。
工芸品,絵画や彫刻などの美術作品とは異なり,移動することができない不動産が対象であり,慣例的に,「世界文化遺産」と「世界自然遺産」とに分けて呼ぶ場合がある。ただしなかには,一帯の自然環境と,そこにおける人間の文化的な営みの双方が登録基準を満たしているものがある。そこでその種の世界遺産群は,「複合遺産」と称することになった。
たとえば,山の稜線に失われた都市の痕跡を残すペルーの「マチュ・ピチュの歴史保護区」などが「複合遺産」の例である。
さらにその後,「文化的景観」という概念が新たに導入された。人間と自然との「相互作用」によって生み出された優れた景観をいう。公園や庭園,別荘地,さらには巡礼の道など宗教や信仰と深く結びついた景観,東南アジアの棚田や南米のコーヒー農園といった農業景観,あるいは鉱山都市など近代化産業と深く結びついた景観も,「文化的景観」のジャンルで世界遺産になった。
さまざまな世界遺産のミニチュアがあるが,「複合遺産」や「文化的景観」の場合には,人為的な構築物の遺構だけを切り出すことは難しい。たとえばマチュ・ピチュの場合は,農地として使われた斜面や近傍のワイナ・ピチュ山なども含めて,地形そのものをデフォルメして縮景にしたものがミニチュアになっている。
卓上に置かれるミニチュアの世界にも,ときに文化的な営みと自然とが複合し,あるいは「相互作用」を示している様子が投影されているわけだ。
生前の生活を記録
王家の墓所であるピラミッド,巨大な寺院のアンコールワット,あるいは環状に巨石が並ぶストーンヘンジなど信仰の対象となった古代遺跡も世界遺産だ。この種の聖地も,巡礼や参拝,そして観光の対象となり,当地ではミニチュアが制作され,土産物として販売されている。
そんなミニチュアも,実は聖地と親和性がある。たとえば古代中国では,死者を埋葬する際に陶俑,すなわち兵士・召使・芸人など,さまざまな人物や動物の姿を写した陶器の人形を副葬品として埋めた。死後の世界でも,生前と同様の生活が営めるようにとの思いが託されている。それが始皇帝の時代に極限にまで発展,等身大かつリアルな兵馬俑へと発展する。
わが国でも縄文時代の遺跡からは土偶が,古墳などからは人や動物の姿の埴輪が発掘される。なかには家屋をかたどった埴輪が出土する例がある。定かではないが,亡くなった貴人の生前の住まいを再現,死者の魂が宿る場所として埋葬したとする説もある。
米国の建築事務所エース・アーキテクツの著名なコレクションにあるもっとも古いミニチュアは,1870年代に制作されたブロンズ製のローマ・ヘラクレス神殿および,パリのコンコルド広場にあるオベリスクを再現したものだという。土産物や記念品としてわれわれが親しむいわゆるミニチュアが普及したのは,観光旅行が普遍化した19世紀後半ということだろう。
もっともその根幹には,生前の生活をミニチュアとして記録し,死後に伝えようとした古代の人の想いがあるのかも知れない。