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ミニチュア・ワンダー・ランド

変容するテムズ河畔

図版:「大英帝国」の歴史と文化が凝縮

「大英帝国」の歴史と文化が凝縮

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シティ・オブ・ロンドン

ロンドンはテムズ川とともに発展をみた。

先住民であったケルト人が「川のあるところ」「幅の広い川」などと呼んだ土地に,ローマ帝国が都市を建設したことが,世界的な大都会の歴史の端緒である。

テムズ川のクルーズでは,ウェストミンスター大聖堂,国会議事堂,セント・ポール大聖堂,ロンドン塔,タワー・ブリッジなど,ロンドンを代表する歴史的なランドマークを船上から楽しむことができる。

英国の国会議事堂として使用されているウェストミンスター宮殿は,観光客が訪問するロンドン名所の定番だろう。なかでも,高さ61mのレンガ建築の上に鋳鉄の尖塔を戴き,総高96.3mにそびえ立つ大時鐘「ビッグベン」の姿は有名だ。その外観とともに,特徴的な音色は世界中で知れわたっている。

セント・ポール大聖堂は,1666年のロンドン大火からの復興計画を主導したクリストファー・レンの設計によって再建されたものだ。バロック様式を加味した堂々たる古典主義建築の傑作である。美しいドーム屋根を戴く聖堂は,金融街として発展したシティの象徴となる。1930年には,テムズ川からの見通しを確保し,美しい景観を維持するべく,近隣一帯に建物の高さと意匠に関する独自の建築基準が定められた。

ロンドン塔は,ウィリアム1世が外敵から都市を守護するために建設した城砦である。「女王陛下の宮殿にして要塞」を正式の呼称とする。宮殿,造幣所,天文台,銀行などに転用,その後,王立動物園として長く使用された。現在は儀礼用の武器保管庫や,礼拝所となっている。

テムズの下流に架かるタワー・ブリッジは,イーストエンド地域の商業発展を目的として1894年に竣工した。橋の長さは244m,テムズ川にそびえるゴシック様式の主塔は65mの高さがある。橋の上部は展望通路となっている。

ロンドンの建築ミニチュアは,いずれも,どこか重厚な雰囲気が漂う。「大英帝国」の歴史と文化が,ミニチュアに凝縮されているように思われるのは気のせいだろうか。

図版:どこか重厚な雰囲気が漂うロンドンの建築ミニチュア

どこか重厚な雰囲気が漂うロンドンの建築ミニチュア

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図版:ロンドン名所の定番「ビッグベン」

ロンドン名所の定番「ビッグベン」

時空を超える都市

チャールズ皇太子が「英国の未来像」と題するテレビ番組を自ら制作,英国の建築と都市計画のあり方を批判したのは1988年のことだ。番組内で,皇太子がテムズ川を船で下り,ロンドンの景観に関して私見を述べる場面があった。左右に見えてくる歴史的な景物に賛辞を送る一方,現代建築の“醜悪さ”を批判した。とりわけ番組を放送したBBCの新社屋を,機能的でまるでタイプライターのようだと酷評した場面が印象に残る。

皇太子は「われわれが守るべき10の原則」を提示した。そこにあっては,風景を蹂躙せず土地を尊重すべきこと,人間を尺度の基準とすべきこと,なによりも調和が必要であり,細部の装飾を豊かにすること,芸術性を高めることなどを強調する。また公共建築や聖堂は「建物の格付け」の上位にあって堂々とあるべき,といった持論も展開した。

もっとも皇太子の意向に反して,その後,ロンドンの建築は,伝統を尊重して調和を重んじるよりも,常に技術的な革新を求め,新たなデザインの試みを重ねる傾向が強まったように思われる。

テムズ沿いの風景も一変した。20世紀末から今日までの期間に建設された観光施設やオフィスビルなど,新しいランドマークが加わったのだ。

複合的な再開発が進むバタシー発電所,テートモダンなど,川沿いにあって産業都市としての発展を支えた基盤施設のリノベーションが進む。サザークの河岸には,ノーマン・フォスター卿が設計したシティ・ホールが球状のガラス面を見せている。シティと対岸を連絡するミレニアム・ブリッジ,高さ310mの超高層ビルのザ・シャードなども新たな名所であり,従来にない眺望の場を提供している。

歴史的な建物と現代的なデザインが混在する景観から,私たちは今日のロンドンの活力を感じることができる。ミニチュアにおいても同様である。ロンドンの都市景観を紹介するミニチュアでは,歴史的な建造物群に加えて,巨大観覧車であるロンドン・アイや,ガーキンの愛称で知られる30セント・メリー・アクスなど新たな名所が加えられることがある。ミニチュアのロンドンも,各時代の最先端となる建造物を加算しつつ,常に変容を続けているわけだ。

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図版:歴史的景物のタワー・ブリッジに新しいランドマークのロンドン・アイが加わる

歴史的景物のタワー・ブリッジに新しいランドマークのロンドン・アイが加わる

ミニチュア提供:橋爪紳也コレクション

はしづめ・しんや

建築史・都市史家。大阪府立大学研究推進機構特別教授,
大阪府立大学観光産業戦略研究所長。
1960年大阪市生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程,大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
『日本の遊園地』(講談社),『あったかもしれない日本』(紀伊国屋書店),『集客都市』(日本経済新聞社),『「水都」大阪物語』(藤原書店),『ツーリズムの都市デザイン』(鹿島出版会)など,建築史,都市文化論に関する著作は50冊以上。日本観光研究学会賞,日本建築学会賞,日本都市計画学会石川賞など受賞多数。
『大阪万博の戦後史―EXPO’70から2025年万博へ』(創元社)が2月に刊行。

かわむら・けんた

写真家。1981年生まれ。
滋賀県在住,株式会社tametoma主宰。
建築・広告写真を主に,グラフィックデザインやWEB制作も行う。オフィス兼ギャラリーにて旅先で出会った風景写真などの個展も開催。

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