患者の療養環境やスタッフの就労環境の課題に,調査・実験を重ね環境制御・Wi-Fi整備などの技術で解決
入院による生活環境の変化が原因で不眠を訴える患者は少なくない。そこで当社は患者の良質な療養生活を目指し,その睡眠環境に着目した。
多床室の環境特性研究と患者の睡眠状態について,当社では大学教授,睡眠医学の専門医と共同で病院の実態調査や人間の生理面・心理面からの分析を実施。それを受け,睡眠に与える影響の大きい「温熱」「音」「光」の3つの室内環境要素を最適化する「睡眠環境向上技術」を2016年に独自開発し,その後進化させてきた。
そして今年,入院患者の生活リズムに合わせて療養環境を「無意識に」最適化する新技術「NEM-AMORE(ネマモーレ)」をNECネッツエスアイと共同で開発した(共同特許出願中)。これは病室内に設置したセンサから得た情報をもとに,IoT技術を活用し空調や照明などの設備機器をリアルタイムかつ自動で制御,最適化するシステムである。
睡眠環境向上技術の3要素
病院は空調設備が整っており,比較的良好な温熱環境となっているが,実態調査によれば患者それぞれが自分の好みに応じて温度調節をしたいという声が多くあった。当社は,天井近傍の室内空気を循環させ,ベッドごとに送風のON/OFFや,風向を調節できる「送風装置」を開発した。
また,就寝時に病室が静まりかえり無音に近い状態にあると,他人の会話など周辺のさまざまな音が逆に響いて聞こえてしまい,患者の寝付きが悪くなる傾向にあることがわかった。そこで,ベッドの中央足元付近に「ブラウンノイズ」を発するスピーカーを設置し,低音から高音まで幅広い周波数をもつ音を適度な音量で流し,周囲の話し声などの雑騒音を緩和させるシステムを構築。
さらには,室内の窓側と廊下側のベッドでは日中の照度の違いから光環境に差が出てしまう課題に対し,ベッドサイドに設置するパーテーションと一体型の「模擬窓照明」を開発。日中は昼光を通しつつ,足りない照度は組み込まれた照明から補うことで,廊下側の患者も日中に十分な光を浴びることができ,夜間に眠りにつきやすく患者は安定した質の良い睡眠を得られる。計画時の建物配置,ファサード検証に加え,ライトシェルフを設けることでさらに奥まで自然光を取り込むことも可能である。こうした3つの要素技術から睡眠環境をサポートする。
患者・病院双方にメリット
NEM-AMOREは,NECネッツエスアイがもつ環境・バイタル情報を可視化・数値化するIoT技術,およびホテル向けルームマネジメントシステムで培った環境制御技術を,当社の睡眠環境向上技術に融合させたものである。患者の睡眠状態を検知する生体センサと,病室内の騒音,照度,温度などを測定する環境センサのデータをサーバに収集・統合・解析し,設備機器をリアルタイムに制御することで,患者それぞれの睡眠状態に呼応した「温熱」「音」「光」それぞれの理想的な室内環境を自動的につくりあげる。加えて患者の睡眠の様子や,手動で調節した明るさや温度の記録が常にサーバに蓄積されているため,それをもとに患者個々の生活リズムや好みに合わせたオーダーメイドの室内環境を多床室でも創出することが可能である。
室内環境を整え,入院患者が良質な療養生活を送ることは,患者と病院双方にとって大きなメリットがある。患者にとっては,良い睡眠を得られることで夜間のベッド乗降やトイレの回数が減少し,転倒による怪我のリスク軽減などが期待される。また,病院にとっては,患者リスク軽減に加えて,夜間の呼出コールが減ることで医療スタッフの業務負荷が軽減され,さらに差額ベッド環境として病室のバリューアップが見込める。
NEM-AMOREのシステムは,病院の新築およびリニューアルのほか,ホテルや高齢者施設などにおける顧客サービスの向上も期待できることから,適用拡大を併せて図っていくものである。
NEM-AMOREのように,医療現場におけるIoT導入の動きはますます盛んになっていくと予想される。そこで当社は,IoTやICT実装のための情報インフラ整備の技術として,Wi-Fiアンテナケーブルの縦敷設技術「ARCHI-LCX®」を通信・電子部品メーカーのフジクラと共同開発した。
これまで無線LAN環境の整備には,各階に複数のアクセスポイントを設置する必要があった。一方,本技術はWi-Fi電波が漏洩するアンテナケーブルをパイプシャフトなどの竪穴貫通部内に敷設することで,アクセスポイント数を削減。整備にかかるイニシャルコストとライフサイクルコストの両方を引き下げる。
本技術が初めて適用されたのは,当社JVの施工で2015年に竣工した複合型高齢者向けケアサービスタウン・泉大沢シニアタウン内の住宅型有料老人ホーム・グッドタイムホーム泉大沢(仙台市泉区)だ。ここでは入居者見守りシステムの一環として無線LAN環境が必要とされた。計画当初,従来の整備方法で27台のアクセスポイント設置を予定していたところ,本技術の適用により計3台にまで削減。この結果,機器購入および工事費などの初期導入コスト約50%,維持管理コストも約90%の削減となった。
2016年,当社の本社ビル隣に竣工した都市型省エネオフィスビル「KTビル」(東京都港区)にも本技術は適用されている。改修工事でも導入可能で,建物機能を時代に沿ったかたちに更新するソリューションだ。
当社技術研究所(東京都調布市)内に,このたび模擬病室「インフィル知能空間®」が開設された。インフィル知能空間には,入院患者の睡眠環境を最適化する「睡眠環境向上技術」,「NEM-AMORE(ネマモーレ)」が常設されている。3月に行われたNEM-AMOREプレス発表の際には,報道関係者が実際にベッドに横になり,睡眠時の室内環境制御状況を1分間に短縮したデモを体験。病室の雰囲気そのままの体感型実験室が好評を得た。
インフィル知能空間には,睡眠環境向上技術が標準で内蔵されたパネルユニット「SREEP」(Solutions-2参照)も設置されており,その他いびき音の不快感を制御する「いびき減音装置」,AC電源・TVケーブルなどベッド周りの配線類を集約した看護師支援コンセント「ガチャット」,LED照明・消音機能付き天井放射冷暖房システム「RadiAir+Plus(ラディエールプラス)」など他社との共同開発製品が数多く装備されている。
当社ではこのインフィル知能空間を病院関係者などとの“対話の場”と位置づけ,今後も患者の療養環境や医療スタッフの就労環境の改善など,ニーズに応えるソリューション技術の開発に取り組んでいく。