都市のジオラマ,ジオラマの都市
この連載タイトルと同名の「ミニチュアワンダーランド」という人気の観光施設があるのをご存じだろうか。ドイツ北部,ハンブルクにあって,世界遺産となった赤煉瓦造の倉庫街に2001年に開業した。世界最大の鉄道模型を目玉に,年間100万人を超える入館者を集める。
当初は中部ドイツ,オーストリア,架空の街であるクヌッフィンゲンという3エリアのみで営業をはじめ,その後,ハンブルク,アメリカ,スカンジナビア,スイス,ベネチアなどのエリアを順次,拡充した。2019年段階では,床面積7,000m2,ジオラマの広さ約1,500m2,線路の総延長は1,551mにもなる。メルクリン社やロコ社の製品を中心に,欧米では人気がある大型規格のHOゲージの鉄道模型10,000両以上が,デジタルで制御され運行している。
館内は15分おきに照明が明滅し,昼と夜の演出が交互に切り替わる。話題になったのは,2011年にオープンとなった架空の国際空港のジオラマである。実際に飛行機が発着し,空港で各種の車両が往来する様子を見てとることができる。
「ミニチュアワンダーランド」のメインは,あくまでも鉄道模型である。しかし背景となるジオラマの都市が,実によくできている。265,000体のフィギュアと9,250台の自動車が配され,各所でさまざまな出来事が派生している。海底にはアクアラングを装備した牛が遊び,タクシー乗り場では交通事故が起きているなど,細部の趣向を眺めるのも楽しい。
「ジオラマ」という言葉は,フランスの風景画家であり,実用的な写真を発明した人物としてメディア史に名を残すルイ・ダケールが創始したものだ。従来のパノラマを超えて,細密画を光学的な工夫でリアルに見せるシアターを考案し,「ジオラマ劇場」と命名して自ら運営した。その後,模型や演出を駆使して環境を再現する博物館の展示手法に応用,「ジオラマ」という言葉は世界中に普及した。
鉄道模型のレイアウトにあって,ジオラマは多くの人が知っている風景の断片のパッチワークとなり,街を代表する名建築のコラージュとなる。実際の地域や都市を忠実に再現する都市模型ではない。
ただ,だからこそ,その地域や都市の本質を端的に表現する編集センスが求められるのだ。
盆景のシティスケープ
観光土産で販売されるミニチュアにも,ジオラマの発想に拠って立つものがある。単独の建物ではなく,その都市を代表する建築を寄せ集め,実際の立地や正確な高さを気にせず,再配置して見せるものだ。多様かつ象徴的な複数のモニュメントをともに置くことで,他の都市とは違う唯一無二の個性を際立たせることができる。
いかなる断片を選び,パッチワークし,盛り付けるのか,擬似的なランドスケープゆえの楽しさがある。アイコンとなる複数の特徴的な建築のスカイラインを並べることで,その都市を周知させることが可能である。スペースニードルの特徴的なシルエットがあるだけで,誰もがシアトルだと認知するだろう。タワーブリッジやビッグベン,テムズ川にのぞむ巨大観覧車ロンドン・アイが並ぶ風景を見て,ロンドンを想起しない人はいない。
ユニークなのがラスベガスだ。ラスベガス固有の建築に,エッフェル塔やエンパイアステートビルが混じる。いずれもパリやニューヨークをテーマとするカジノホテルにそびえ立つ複製である。世界の名建築をコラージュした風景が,都市のアイデンティティになっているわけだ。
時代とともに,ミニチュアの盆景もおのずと変化する。マーライオン像を中心に建築群が盛りこまれている様子を見た瞬間に,私たちはシンガポールの風景だと理解することができる。ただここで紹介するミニチュアは,20年近く前に購入したものなので,マリーナベイ・サンズなど近年になって開業したアイコニックな建築は見当たらない。
東京も同様である。かつて東京タワーの土産用のミニチュアには,二重橋や国会議事堂が組み合わされるのが定番であった。ただ高度経済成長期のものを見ると,羽田空港のターミナルビルや霞が関ビルなどを併置する例もある。盆景のごとく盛り合わされた疑似的なシティスケープも,新たな名勝やランドスケープが生まれるたびに,組み替えられるということだろう。