(仮称)資生堂グローバルイノベーションセンター建設工事
流行に敏感な化粧品メーカーの研究施設を建設する。
目指すのは「開かれた都市型研究施設」だ。
施主が持つ多岐にわたる要望を実現するために設計・施工の強みを
発揮しながら奮闘する現場の様子を紹介する。
【工事概要】
(仮称)資生堂グローバル
イノベーションセンター建設工事
- 発注者:
- 資生堂
- CM:
- 明豊ファシリティワークス
- 設計:
- 当社建築設計本部
- 監理:
- 当社横浜支店建築品質監理部
- 場所:
- 横浜市西区
- 主要用途:
- 研究所,事務所,店舗
- 規模:
- S(CFT)造(制震構造)
B1,16F 延べ56,815m2 - 工期:
- 2016年10月~2018年10月
(横浜支店施工)
吹抜けを設けた開放的な研究空間
化粧品事業を世界的に展開する資生堂が,横浜市西区のみなとみらい21地区に建設中の新たな研究拠点「(仮称)資生堂グローバルイノベーションセンター(GIC)」は,2018年10月末の竣工引渡し(2019年4月グランドオープン)に向けて,工事が大詰めを迎えている。みなとみらい線「新高島駅」に隣接するこの場所は,貨物駅跡を中心としたウォーターフロント開発によって生み出された地域の一角にある。周辺は近年,企業の本社機能の移転や,高層マンションの建設が目覚ましい。
GICはS造(CFT造)による地上16階,地下1階建てで,設計・施工を当社が担う。外装は,全面をガラスで覆い「透明な建築」をイメージした。一方,内部の研究スペースは,専門分野の垣根を越えて交流できる空間を創出するため,フロア外周部に吹抜けを採用している。
また,最上階には,レセプションも行える社員食堂,低層部には,多目的ホールやアクティブコンシューマーと研究員,マーケッターが交流できるにぎわい空間を設ける。こうした建物の基本構想は2015年に実施されたプロポーザルの際,同社の「開かれた都市型研究施設」というコンセプトや,要望をもとに当社が提案したものだ。
40以上の部署から要望を聞き取る
新築工事は2016年10月から2018年10月までの2年間。これに引き続き,横浜市都筑区にある既存施設からの移転工事も当社が担当する。
現場を率いるのは,光学機器やビール会社,大学などの研究施設の施工経験が豊富な杉本健太郎所長だ。プロポーザルの段階からこのプロジェクトに携わっている。
「当初の契約では,移転工事は含まれていませんでした。当社の設計・施工で研究施設を手がけてきた実績を評価していただき,移転工事も受注することができました」と,杉本所長は話す。
建築工事から移転工事までを一括で請け負う契約は,工事発注の窓口を一元化できるという施主側のメリットだけでなく,一連の工事の中で工程を調整できるといった施工側のメリットもある。そして,施設稼働後も当社が責任を持って,施設を全面的にアフターケアできるという点も大きい。
杉本所長は「資生堂様は流行の最先端を予測し,つくっていく意識が強い企業風土です。刻々と変化していく市場ニーズに対応するため,研究内容も変化します。設計・施工を担う我々もレスポンスよく対応していくことを心掛けています」と語る。
研究施設という特性上,将来,仕事をする研究員からの要望を設計に反映させることも欠かせない。総勢800名の研究員のうち,部署ごとに選ばれた40名から要望を聞き取るため,基本設計に着手以来,施主,CM会社,設計・施工の担当者が主体となって,週1回のペースでワークショップを開催している。
研究員の細かな要望に応えているのは,水谷誠次長兼設備工事課長だ。設備だけでなく建築工事にも精通し,杉本所長同様にこれまで研究施設を手がけてきた。
水谷次長は「要望内容は,実験スペースの割付けから電源用コンセントの位置まで多岐にわたります。フロアのレイアウトはプロポーザルからの3年間で大幅に変更されました」と,説明する。
工事と並行しながらの作業となり,工事が進んでくると,要望の変更に対応できなくなる部分も出てくるため,移転工事期間中に「改修」するものもあるという。
要望から生まれた効率的な施工方法
設計変更の中には,屋外に設置する予定だった機械式駐車場の地下化という大掛かりなものもあった。着工以前の基本設計の段階でのことだ。
埋立地にある施工現場は,表層8m程度が埋土で,それより深い場所には,厚さ20m程度の軟弱なシルトが堆積する。支持層があるのは,地表面から30m以上の深さ。地盤が軟弱であるうえに,敷地は,その西側に貨物線の地下トンネル,北側にみなとみらい線の地下駅,東側に共同溝といった地下構造物に囲まれるように近接している。掘削中の地盤変位の抑制は,至上命題だった。
すでに基本設計では,地下1階が機械スペースとして確保されていた。掘削する深さは9m。駐車場スペースを地下に設けるには,さらに掘り下げなければならず,地盤の変状を抑えるためにより剛性が高い土留めが必要不可欠になる。これは,コストや工期にも大きく影響する。
そこで,現場に加え,当社の設計部門や技術研究所を交えて,フロントローディングを実施。施工段階での問題点を洗い出し,施主の要望を実現するための方法を模索した。
杉本所長は「地下1階にあたる建物の外周躯体の深さはそのままとし,最深部となる建物中央部分のみ深さ15mまで掘り下げて,機械式駐車場を収めるピットを設けました。外周躯体はロの字形をした構造になります」と解決策を説明する。
最深部を近接する構造物から離すことで,掘削時の周辺地盤への影響を抑えられる。また,深さを階段状に2段階に分けて掘削するので,剛性が高い土留めを構築する必要もなくなった。
工事は,全面を深さ9mまで掘削し,外周躯体を構築。並行して,最深部を深さ15mまで掘削した。外周躯体が完成すると,土留めを支える切梁が不要になる。1段目の切梁がないオープンな状態にすることで,最深部の躯体工事や地下1階部分の鉄骨建方工事の際の施工性を高めた。また,外周の躯体工事と,最深部の掘削工事を同時並行して施工することで,設計変更による全体工程への影響を最小限に留めることができた。
杉本所長は,「要望の追加がきっかけでしたが,全社一丸となってフロントローディングを行うことで,多岐にわたる条件を満足する方法を導き出すことができました」と振り返る。
残工事量で進捗を評価
この建物には,同じプランのフロアが2つとして存在しない。各階によって,用途が異なるからだ。「研究所エリアになる5~14階は,吹抜けになっている上下2つのフロアの組合せが繰り返されているようですが,実際には,鉄骨の配置も少しずつ異なっています」。建築工事の全体を担当する遠藤崇工事課長は,このように話す。
同じプランのフロアがないということは,すなわち施工方法も各フロアで少しずつ異なっているということを意味する。例えば,5階で試行錯誤のうえで確立した施工手順を,7階でもそのまま生かせるわけではないのだ。
そこで,この現場で欠かせない存在になっているのが,BIMだ。3次元の画像を見ながら,協力会社の担当者と施工手順を打ち合わせするだけでなく,作業員にも見てもらい,作業手順のイメージを共有する目的で活用している。
ICTツールをフル活用する一方,建築工事の竣工まで半年を切った今年5月からは,この現場で工夫した「ラストスパート工程表」と呼ぶ表を採り入れている。この工程表の特徴は,内部の仕上げを中心にフロア別に工種ごとの残工事量を歩掛かりで表記している点だ。1日につき作業員をどれだけ配置すれば,いつまでにその工種が完了するか,明確にした。1週間ごとに実際の進捗状況と照らし合わせることで,作業手順や,作業員の配置計画を見直す判断材料にすることができる。さらに,昨今の労働力不足に対しても,人員を確保できる見通しが立てば,それを工程表に反映させやすい。
遠藤課長は次のように話す。「竣工間際の工程が厳しいことは,着工当初から予想していました。従来の工程表では,分かりにくかった残工事量を“見える化”することで,大幅な遅れが生じる前に,早い段階で手を打てるようにしました」。
ラストスパート工程表は,残仕事量管理表と連携させるため,現段階では,進捗状況を現場担当者が細かくチェックしていく必要がある。将来的には,ITツールやBIMと連携することで,より効率的な運用が期待できそうだ。
来年4月のグランドオープンまであと半年ほど。これからは新規の実験設備などの移設工事も本格化する。その間にも,研究員が段階的に引っ越してきて,実際に施設が稼働し始める予定だ。新たな研究空間で開発された商品が世界へ向けて発信される日は近い。
“お客様の「心に響くものづくり」の実現へ!”を所長方針に掲げる杉本所長は,施主と一緒になって建物をつくっていくことを心掛けている。コミュニケーションを取りながら,単に要望を実現していくということだけではない。
「積極的に現場へ興味を持ってもらうことで,私たちと一緒に,建物をつくっている感覚を共有していただければと思っています」と,杉本所長は話す。施主を立柱式へ招待したり,実物大の外装モックアップを製作し,建物の仕上がりを体感してもらったりする一方,資生堂の企業イメージを現場に取り込んだ。
その1つが工事現場を一周する仮囲いだ。現場の出入口には,全面にモノクロの女性の口元を写した写真の上に“SHISEIDO GLOBAL INNOVATION CENTER”と書かれ,それに重ねるように赤いルージュが引かれたグラフィックが表現されている。デザインは,資生堂社内で商品パッケージのデザインを手がけている部署に依頼。ルージュのほか,ファンデーションやマスカラなどのバージョンも設置し,資生堂が持つブランドイメージでスタイリッシュな現場を演出した。
また,通常,グレーなどに塗られる鉄骨の錆止めに,同社の「コーポレートカラー」である赤を採用した。完成時には隠れてしまうものの,近隣や作業員の目には新鮮に映り,好評だったという。このほかにも,提供された資生堂のポスターを貼ったり,いただいた商品のサンプルを配布したり,女性技術者によるたんぽぽ活動を活性化するなど,現場内で施主のことを常に意識しながら,工事を進められる工夫が凝らされている。