貯金箱から酒瓶まで
この連載でも紹介した世界的に著名な米国の建築事務所,エース・アーキテクツの建築ミニチュアのコレクションに,ボストンにあるオールドサウス教会の外観を模した鉄製の貯金箱がある。ミニチュアには1876年の記載がある。ゴシック様式を取り入れた重厚な教会の完成を記念して,コミュニティの人たちや関係者に配布されたものだろう。
建築ミニチュアは,貯金箱と親和性がある。米国では1920年代,各都市にある銀行や金融機関が自社の店舗をかたどる貯金箱を制作して,広告宣伝を兼ねて顧客に配布することが流行したという。日本でも戦後,銀行が新たな本店ビルを竣工させた際,プラスチック製の貯金箱を預金者に提供した事例が各地にある。
貯金箱だけではない。記念品としての建築ミニチュアは,単なる置物としてではなく,さまざまな機能を託される場合が多い。私のコレクションにも,ドーム球場の菓子箱,スタジアムの灰皿,タワーの筆記具や温度計,超高層ビルの一輪挿しや鉛筆削り,聖堂のドームをモチーフにした呼び鈴などがある。新築を果たした放送局が,ビルのかたちをしたラジオを記念品として制作したものもある。
酒類のボトルを兼ねた建築ミニチュアもある。なかでも有名なのが,今回紹介するブルーハウス “The KLM Houses Collection”だろう。KLM航空は1950年代以降,ワールドビジネスクラスの利用者に,オランダ各地の伝統建築物を模した陶製のミニチュアハウスを搭乗記念として配布してきた。
それぞれのミニチュアは,オランダ産のジンのミニチュアボトルを兼ねている。煙突にしては太く見えるが,屋根に突き出した円筒部分が注ぎ口となっている。デルフト焼独特の藍色が美しい。
KLM航空のブルーハウスは,コレクター向けのアイテムになっている。専用アプリで検索すると,そのミニチュアの家の所在地が地図で示され,実物の写真を見ることができる。
毎年10月7日,KLM航空の創業記念日に新作を発表するのが恒例である。
複製芸術としてのミニチュア
プレハブ住宅など規格化されたものを除いて,建築は基本的に単品として生産される。同じ大工が手がける伝統的な家屋であっても,敷地の形状や施主の想いによって,それぞれの姿は異なる。大量生産品ではないがゆえに,そこにデザインや芸術性の付加価値を託すことが可能である。
対して建築のミニチュアは,有名な建物を素材としつつ,縮尺を変え,デフォルメを行い,一定の量が制作される。作家性のあるミニチュアもあるが,多くは複製であるがゆえに,そこにある芸術性は問われない。
デルフト製のブルーハウスのなかには,オランダを主題とする日本の遊園地で販売されているものもある。このテーマパークには,異国の都市にある現物を手本として再現された建物が並んでいる。私たちはいわば模造品の都市にある売店で,複製品のミニチュアを購入することで,擬似的な海外旅行の気分を味わっているわけだ。
その経験を,偽物と批判することはたやすい。しかしこの種の複製品を媒介として異文化を楽しむ習慣は,工業化社会にあって,また大衆社会の到来にともなって,私たちが手に入れたものだ。建築ミニチュアは,複製芸術の所産であると言って良い。本物がもつ価値は減衰しているが,複製を媒介とすることで,新たな楽しみが生じていることは明らかである。
今回は,オランダのブルーハウスに加えて,デンマークのコペンハーゲン市内にあるニューハウンの街並みを再現したミニチュアも紹介しておきたい。ニューハウンとは,「新しい港」の意味である。かつては船乗りたちでにぎわう繁華な港街であった。色とりどりに塗装された18世紀に建造された木造家屋が,運河に沿って街並みをかたちづくっている。現在は,かつての住まいを飲食店やアンティークショップに転用,観光客で賑わう名所となっている。色彩を統一したオランダのブルーハウスとは対照的に,実にカラフルな複製芸術である。