インドネシア・ジャカルタで進めてきた「スナヤン・スクエア」の開発フェーズ完了という記念すべき年となった。ショッピングモール,オフィス,アパートメント,ホテルからなる都心型複合施設で,日系企業が手掛ける最大規模の開発事業となる。押味社長は期央経営総合会議のなかで,「開発・設計・施工・運営をオール鹿島で手掛けた,世界に誇ることのできる事業の一つ」と評した。
戦後70年という歴史のなかで,当社が海外で果たしてきた役割を見ていくと,日本が主権を回復したサンフランシスコ講和条約の発効(1952年)まで遡る。戦後賠償の一つとして,日本の建設業は1954年に海外工事を再開。当社が担ったバルーチャン第2水力発電所(ミャンマー)が,戦後初の海外工事である。その後,東南アジアの近代化を背景に,ダムや発電所からドックや工業地帯の埋立てなどにシフトし,オフィスビルやホテル,日系企業の生産施設など,大型の民間建築需要にも対応していく。
東京五輪が開催された1964年には,米国への第一歩を踏み出している。ロサンゼルス市「リトル・トーキョー」の再建・美化の要請に応えるため,海外現地法人を創設し,日本の建設業初の本格的な米国進出を果たした。
その後,米国,欧州,東南アジアなどを統括する現地法人を設立。現在,各地域の特性に合わせた独自のビジネスを行っている。米国で展開する同一規格の高層アパートメント「SkyHouse」も,その一つ。2011年に第1号案件に着手後,これまで17件手掛けている。月報では「スナヤン・スクエア」のほか,英国のPFI事業,南仏のリゾート開発を特集した。
アフリカでは,エチオピアの国道3号線改修工事を1999年から継続的に施工してきた。現在もエチオピアの基盤整備のため,最後の未改修区間の工事を進めている。
また今年,新たな市場開拓のためカジマ・オーストラリア(KA)を設立。人口増加を背景に安定した経済成長が続くオーストラリアで事業を開始した。