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Interview ユーザー多様性に向けた建築計画へ 松田雄二・東京大学准教授に聞くUDシティへの期待

2020年に向けて各地で施設整備が進むなかで,公共施設のバリアフリー化も拡充されている。オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたアクセシビリティ協議会の作業部会メンバーでもある東京大学の松田雄二准教授にUDシティへの期待を聞いた。松田准教授の専門は,視覚障がい者の歩行環境,重度重複障がい者の地域居住環境,そして福祉施設の計画など,幅広いフィールドワークを実践。これからの建築計画学を担う研究者として注目されている。

Profile

松田雄二 (まつだ・ゆうじ)

松田雄二 (まつだ・ゆうじ)
東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
1977年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。
久米設計,お茶の水女子大学大学院准教授などを経て
現職。博士(工学),一級建築士。
著書に『福祉のまちづくりの検証』(共著,彰国社),
『空き家・空きビルの福祉転用』(共著,学芸出版社)など。

UDシティを日本から世界に発信する

UDとは,誰でもが社会参加できるような仕組みであり,そのインフラづくりをめざしたひとつの思想です。今回提案されたUDシティのビジョンは,興味深い考え方ですね。実現にあたっては2つの理念,「平等な社会参加」と「世界に発信する視点」をもって取り組んでほしいと思います。とくに後者は,グローバリゼーション,世界標準化という昨今の流れのなかで日本がローカルにもっている技術を各国で標準化していく姿勢が重要です。UDシティの実現によって「誰もが参加できるまちづくりを日本はここまで実行していますよ」と世界に発信していきたいですね。

グローバル化時代になった現在,建築において材料・構造分野はその高い技術力を海外に発信し,間違いなく世界をリードしています。今後は,意匠,歴史,計画の分野での海外への発信が求められていると考えています。先日,福祉先進国とされるスウェーデンのなかでも評価の高い高齢者施設を訪問しましたが,居室の面積以外は日本の施設とあまり変わらないなと,拍子抜けする思いでした。日本の計画技術は,十分高い水準にあります。今後は高齢者や障害者のための居住のシステムを,戦略的にアジアなどへ輸出していくべきなのです。

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長期的ビジョンでまちをつくる最後のチャンス

2020年に向けて改めて注目が高まっているオリンピック・パラリンピックでは,国際パラリンピック協会が「アクセシビリティガイドライン」を作成し,大会の度に改訂しています。そのなかの重要なテーマが「アクセシビリティ」と「インクルージョン」です。アクセシビリティとは誰もが情報や社会的交流,教育の機会などに触れられることを示した広い概念です。インクルージョンとは社会的包摂,すなわち誰もが社会に参加できることを意味します。これは,これまで社会をつくる上で暗黙のうちにマイノリティを排除してきたことを反省し,見直そうという考えです。

建築や都市を設計する際,すでに想定されている「普通の」人たちのニーズは十分に検討されていると思います。問題はそうではなかった人たちのニーズをいかに顕在化し,都市に反映していけるかです。今後,日本国内では人口減少と高齢化,少子化が進んでいきますが,その課題に対して長期的なビジョンでまちを変えていく最後のチャンスが2020年にほかなりません。

そうしたまちの変え方を考えていくにあたり,従来の街路や都市が限られた人を対象につくられてきていたことを,あらためて意識しなければなりません。高齢者が出歩いて,ベビーカーを押して歩ける都市にする。オリンピック・パラリンピックが開かれる東京に限らず,地方都市でもモビリティ,アクセシビリティを高めることが必要です。

高齢者や障害者がまちに出ることで消費も生まれ,経済も循環していく。現在の外国人観光客のにぎわいの要因は,円安だけの問題ではなく,充実したアクセシビリティによるところも大きいでしょう。地方都市の空港や交通もアクセシビリティを強化すれば,きっとより多くの外国人観光客が訪れます。

先端技術と建築のマッチングを考える

アクセシビリティの観点では,交通電子マネーは視覚障害者の活動の幅を広げ,携帯電話のメールの普及は聴覚障害者の生活を一変させました。障害者をターゲットとしてつくられたものではない,誰もが身近に使える先端技術こそがUDを体現しているのです。今後もこのような先端技術による「普通の」生活の便利さはさらに広がるでしょうし,その進捗は,5年後は予見できないほどのものでしょう。

建築はというと,制約の非常に大きな状況のなかで安全性を最重要視する技術ゆえに,変化は比較的ゆっくりしています。そこに進展のめまぐるしい先端技術をどう組み込んでいくか,建築とのマッチングは設計者のアイデアの見せ所ともいえます。

道路に関しては,視覚障害者誘導用ブロックを敷くことは,ある程度の効果はあるものの,本質的な解決にはならないと考えています。むしろ,電柱をなくし障害物のない道路構造を整備することや,視覚障害者も視認しやすい舗装色にしたりするなどにより,安全で歩きやすい道路がつくれるはずです。その計画や更新を国や自治体と計画し実現するのは,ゼネコンではないでしょうか。

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相反するニーズを判断する

公共空間におけるUDでは,当事者参加という設計の進め方が最も効果的です。しかし,当事者が参加すればただちにひとつの答えが得られるわけではありません。たとえば羽田空港国際線旅客ターミナルビルの設計段階では,フライト情報掲示板に流れるテロップについて,聴覚に障害のある方はなるべく早いスピードを,視覚に障害のある方は逆にできるだけゆっくりとしたスピードを希望されました。このような相反するニーズを,専門家はどのように考えればよいのでしょうか。視覚障害者は音情報も利用できますが,聴覚障害者はテロップが唯一の情報源となります。ですから,テロップについては聴覚障害者のニーズを優先するべきです。このようにひとつの環境をさまざまな状況の方が利用される時に,誰が一番困っているのかを考え,具体的に判断する専門家の能力が,UDで都市や環境をつくる際に必要になってきます。

設計の質は当事者参加によって向上しますが,大事なのはつくった時の質ではなく使っていく時の質です。西葛西・井上眼科病院の場合では,当事者参加で設計を行いましたが,障害をもつ当事者だけでなく,多くの病院スタッフも参加しました。設計者による幅広いユーザーへの説明機会があったことで,結果として設計の意図がより深く理解され,建築の使われ方の質の維持と向上に大変有効に働いています。

多様なユーザーの声を一般化し,設計に反映させる

さまざまな意見を丁寧に聞きながらものをつくるのは,時間と費用に余裕がないとできません。ユーザー参加型で示されたニーズが建築として正しいかどうかは,最終的に専門家である設計者の判断に委ねられます。ですから,設計者がユーザーとのやりとりに際し,必要な情報を専門知識としてもっていることが最も大事です。しかし,現在の建築教育には希薄な観点といわざるをえません。

そうした意味で,大規模な当事者参加が行われた稀有な実例である中部国際空港,新千歳空港国際線ターミナルビル,羽田空港国際線旅客ターミナルビルで得られた知見を,他の施設の設計に応用できるよう整理し,一般化しなければいけません。それは私たち研究者の仕事であり,いままさに建築計画学に求められている役割なのです。

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写真:当社のコンサルティングにより,色や素材感によるわかりやすい空間づくりを追求した柏瀬眼科医院

当社のコンサルティングにより,色や素材感によるわかりやすい空間づくりを追求した柏瀬眼科医院(上)。竣工後に,松田准教授と当社の共同研究を実施。視線の動きを計測するカメラによって,弱視者の視線を検証し,UD手法の有効性を確認した(右上・右)

写真:竣工後に,松田准教授と当社の共同研究を実施

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