ビジネスパートナーも含め,多様な人が行き交うアトリウム。「個」の知を組織の知へと変換する場をめざした。
まるで街のなかを歩くような緊張感があるという Photo : エスエス東京 島尾 望
ワークスタイルの「選択可能性」
ワークプレイスには個人の業務・研究活動のほか,打合せや会議,来客対応,憩いやリフレッシュ…など,多様なシーンがあふれている。ワーカーの業務スタイルも,リラックスしているときもあれば,繁忙期で集中したいときなど,時間や状況によりさまざまであろう。開放的なオフィスは,大人数で同じ空間を共有して業務を行うことでお互いにコミュニケーションや刺激を与えるのに効果的であるが,個人で集中したいときにはその大空間が少々煩わしく感じることもありうる。
健康医療機器開発メーカーのオムロンヘルスケア研究開発および新本社は,「ワーカーが個々の創造力を最大限発揮できる新拠点」として計画された。オフィス・実験室をもつ6層の高層棟と,ショールーム・社員食堂などが配された2層の低層棟が中庭をはさんで向かい合う構成である。高層棟ではオフィスと実験室をアトリウムで近接させることで,研究・開発プロセスの「見える化」を図り,発想や知識などの「ナレッジ」を社内で共有させる効果をもくろんだ。アトリウム空間を活かした「空中会議室」や踊り場などでのちょっとした情報交換から,オープンな会議まで,「集い」の場が多様に用意されている。
その一方で,オフィスの隅々を見渡すと,あちこちに小さなスペースが設けられているのがわかる。窓に面したり,パーティションで囲われているなど,自席に限らず,ひとりで集中・没頭できる場所も充実している。
このように同じオフィスのなかで「集い」と「個」を共存させ,ワークスタイルや時間を自由に選択できることで,ワーカーの持っているポテンシャルを「最大限発揮できる」魅力的な空間となった。
時の移ろいや,人の動きなどが感じられる重層的な空間
Photo : 新建築社写真部
オフィスと実験室を近接させた空間計画のなかで,会議や打合せスペースなどの「集い」の場とひとりで作業に没頭する「個」のスペースが共存し,ワーカーのアクティビティに応じて自由に選択できる
①空中会議室 吹抜けを介して見る・見られる関係を構築。事務室・実験室の双方から利用できる
②アトリウムの階段と踊り場 上下階や事務室と実験室をつなぎオフィスの一体感を高め,アイデアや情報を交換する場
③アトリウムに面した打合せスペース
④集中作業スペース 仕事を中断させない集中作業のためのスペース
⑤オープン集中スペース
⑥リフレッシュスペース
Photo : エスエス東京 島尾 望(③を除く上記6点)
Photo : 松村芳治
オムロンヘルスケア
研究開発および新本社
- 場所:
- 京都府向日市
- 発注者:
- オムロンヘルスケア
- 設計:
- 当社建築設計本部
- 用途:
- 事務所,研究施設
- 規模:
- SRC(柱)・S(梁)造 7F 延べ16,318m2
2011年10月竣工(関西支店施工)
第25回日経ニューオフィス賞,第46回SDA賞,
第11回環境・設備デザイン賞,第54回BCS賞など受賞
「チームオムロン」として組織の連結力を高める——というコンセプトは,実際に完成したオフィス空間だけでなく,つくるプロセスでも反映された。新しいオフィス検討にあたり,社内のプロジェクトチームが要望や意見集約を行いコンセプトを策定した段階で,社員全員による設計施工者の選定投票が行われた。
選定においては,各社の模型・説明パネルなどを社内ホールに展示,全社員を対象にウェブを利用してアンケート投票を行った。アンケート項目は「外観デザイン」「フレキシブルなコミュニケーション空間,交流・活動の活発化」「顧客視点,世界一,世界初の開発が実現できる環境」「働く人々の職場環境」「地域との共存」「環境配慮」など多岐詳細にわたるもの。
鹿島は,同社のめざす「健康創造拠点」で繰り広げられるワークスタイルのあり方を,「研究者の一日」としてイメージした絵巻物風に提案した。ワーカー個人の視点に立った建物空間のプレゼンテーションがわかりやすかったなどの評価を受け,設計施工者に選定された。
模型などの展示を見比べて社員全員が投票を行った