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都市をはかる:第3回 公平性をはかる

古都京都。その住所は,「上ル」「下ル」「東入ル」「西入ル」と表現されることがあり,土地勘のない人には,一見すると難しく思えるかもしれません。例えば,京都市役所の住所は「京都市中京区寺町通御池上ル上本能寺前町488」と表現され,「寺町通」と「御池通」が直交する交差点を「上ル」,つまり寺町通を北に向かった場所に市役所があることを示しています。このように交差点から東西南北の方角で場所を表現できるのは,京都が中国・長安の条坊制に倣った,碁盤の目(グリッド)状の街路をもつからこそと言えます。このグリッドシステムのおかげで,「通り」の名前を覚えれば,京都では住所からおおよその場所を把握できるようになります。そのために京都には通りの名前と並び順を覚えるためのわらべ唄があるくらいです。

一方通行が多いことも京都の特徴です。一方通行は近代以降,モータリゼーションの結果,交通事故や渋滞を減らすために設定されたもので,対面通行のできない狭い通りが多い京都では,その数が必然的に増えました。京都で車を運転したことがある方ならお気づきかと思いますが,目的地の方向がわかっていたとしても,なかなか辿り着けないことがあります。つまり,京都はグリッドという空間を把握しやすいシステムがあるのにもかかわらず,一方通行がそのメリットを妨げていると言えます。別の言い方をすれば,地理的な条件はよくても,周辺の一方通行の状況で不便になり,ある方向からは便利でも別の方向からは不便という,不公平な場所があるということになります。

そこで今回は京都を舞台に,一方通行がいかに2地点間の距離を歪めているかを,場所の「公平性」が変わる様子からはかることにします。

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図版:図1

図版:図1

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図1 京都市街地のグリッド状の道路。
赤く示した道路が一方通行になっている

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誰にとっての公平性か?

都市の計画では,公共施設などをすべての人にとって利便性の高い,できるだけ公平な場所に計画する必要があるでしょう。しかし,一言に「公平」と言っても,誰にとって公平であるかにはいくつかの考え方があります。例えば,右図のAのようにエリア内の「一番遠い利用者に配慮」して,その人の負担をできるだけ小さくする考え方。一方で,Bのように「利用者全体」から平均的に近くする考え方もあります。

このA,Bそれぞれの基準で,エリア内のすべての交差点に順位をつけることができます。それによって,図3や図4に示すように,どこが最も公平な立地場所であるかがわかるのです。

ただ重要なことは,目的にあった公平性のはかり方を見つけることです。例えば消防署などの緊急施設はAの考え方が相応しく,Bの基準で計画した場合は,その中で最も遠い場所に住む人は救えないかもしれません。逆にBの考え方は多くの利用者が訪れる図書館や駅などの利便施設に相応しいと言えます。

図版:図2

図2 公平性の違いとは?

街を複雑に見せる一方通行

「誰にとって」のほかに,先述の通り,京都のような一方通行の多い都市では,行きと帰りで距離が異なることがあるため,計画する施設に利用者が「来る」ことを重視するのか,もしくは施設から「向かう」ことを重視するのかで,公平な立地場所は異なることがあります。

図3の①は先ほどのAでいう「一番遠い場所に住む人」に配慮し,都市の各場所へ「向かう」施設を考えた図です。消防署や救急病院など緊急性を要する施設は,担当するエリア内の最も遠い場所へも短時間で到達できる必要があるので,これらの施設配置を考えるときの下敷きとなるでしょう。

①では最も公平になる立地場所は南側にあります。もし一方通行が一切なかったらと仮定したのが②の図で,一方通行がなければ最も公平な場所は,単純に碁盤の目状の街路の中央にくることが見てとれます。一方通行は本来,安全性を高めたり渋滞を抑制して交通を整えるものですが,その反面遠回りを増やしてしまうことにもなり,公平な立地場所の選び方から見れば,整然とした碁盤の目の街並みを複雑なものに変えてしまうことがわかります。

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図版:図3

図3 消防署や救急病院などの緊急施設の配置を考えた公平性。一番遠い場所に住む人に配慮し,施設からエリア内の各場所に「向かう」ことを重視した考え方。
一方通行のあり/なしを比べると,一方通行を設けることで最も公平な場所が南に大きく移動していることがわかる

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都市の不公平さを解消する一方通行

図4はB「利用者全体」から平均的に近いほうがよく,利用者が「来る」施設,すなわち図書館や駅などの利便施設の配置を考える場合に適した場所を示したものです。

このケースでは先ほどとは違い,一方通行のあり/なしでは最も公平になる場所の位置は変わりません。ただ,一方通行があるほうが,どこからも近く利便性が高い場所=赤いエリアが僅かに少なくなることがわかりました。(図4にカーソルを合わせると,一方通行なしの結果が表示されます)これは一方通行がある場合,遠回りが生じて利用者の移動距離がその分長くなるためです。結果として,極端に便利になる場所が少なくなり偏りが減って,都市全体でみると不公平さが多少解消されていると言えます。

また,交差点のランキングを詳しく見てみると,その順位が変動し,一方通行により公平な場所が変わる様子がわかります。施設をどこかに計画しようとするとき,予算や既存の施設との関係で必ずしも1位の場所に建てられるとは限りません。そうした際にこうしたランキングも計画の検討に役立てることができます。

図版:図4

図版:図4

図4 図書館や駅などの利便施設の配置を考えた公平性。利用者全体から平均的に距離が近くなり,利用者が施設に「来る」ことを重視した考え方
(カーソルを合わせると,一方通行なしの結果が表示されます)

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社会問題として考える

公平性とは,公共施設のみならず,商業施設や駅などの計画にも応用できる重要な考え方です。今回は京都の例を通して,碁盤の目のような空間を把握しやすい街路をもつ都市でも,一方通行という制限が加わると,地理的には条件がよい場所が,特定の方向からはアクセスしにくく,立地場所の公平さが変わる場合があることを紹介しました。

公平性の指標は数学的に導かれるものです。しかし,今回見てきたように,誰にとっての,あるいはどの施設(サービス)の公平性を考えるかによって,それぞれに適切な指標を選ぶことが重要です。施設の特性によっては,ここで紹介した以外の指標も検討する必要があります。こうして考えれば,公平な立地場所という問題はひろく社会の課題として考えるテーマになり得るのです。

図版:Lecture

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Profile:hclab. エイチシーラボ

國廣純子,新井崇俊,市川創太を中心とする都市研究室。タウンマネジメント,都市解析,都市・建築設計などに携わりながら,デザインの下敷きになりえる都市・建築の構造や潜在価値を探るために,評価・設計支援ソフトウェアを独自開発している。都市工学を現実のデザインにアプライすべく,ユーティライズを行い,形の特性,空間情報と統計情報などとのブリッジを得意とする。「ICC都市ソラリス展」「杉浦康平・時間地図デジタイズ プロジェクト」など。
http://hclab.jp

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