ホーム > スペシャルコンテンツ > 建設博物誌 > > 橋の歴史物語 > 第2章

橋の歴史物語

目次へ戻る


  2-1 ローマの石造りアーチ橋
 

ファブリチオ橋

ファブリチオ橋

橋の歴史を見るとき、もっとも輝かしいのはローマです。 古代ローマの中心を流れていたテヴェレ川には、現在4つの橋が残っています。 そのうち古いものとしてファブリチオ橋(BC62年)、チェスティオ橋(BC43年)があります。 そのどれもが石造りアーチ橋で、2000年近く前につくられた橋が今も使われているのです。その上を自動車が走っている姿を見ると、ローマ人が優れた技術を持っていたことが分かります。

 
 
 
  2-2 ローマの中心となったサンタンジェロ橋
 

サンタンジェロ橋(ローマ)

サンタンジェロ橋

サンタンジェロ橋はその華麗さで古代ローマ橋を代表する橋です。紀元136年に建設された5連のアーチ橋で、欄干には、16,7世紀、彫刻家ベルニーニの天使像が据えられました。17世紀に完成したカトリックの総本山、サンピエトロ寺院を背景に、美しい姿を川面に映しています。

 
 
 
  2-3 石造りアーチ橋の由来
 
石造りアーチ橋の由来

アーチ橋をつくる技術は、どのような経路でローマに伝わったのでしょうか。 その起源は紀元前4000年から3000年の古代メソポタミアの時代にさかのぼります。紀元前4000年、地下の墓や神殿には、レンガの尖頭型アーチが組まれています。古代メソポタミアで生まれたアーチの技術は発展しながら、エジプト、エトルリア(イタリア中部の古代国家)を経て、紀元前後ローマに伝わったといわれています。
そのころにはローマ人が作った円形アーチの技術はできあがっていたと思われます。

エトルリア人の測量技術

エトルリア人の測量技術

 
 
 
  2-4 ローマの水道橋…「セゴビア水道橋」
 
セゴビア水道橋

セゴビア水道橋

ローマでは水道橋の建設も盛んにおこなわれました。 ローマ帝国が占領した地域で、最初に取りかかったのが水道の敷設だったのです。 紀元前80年頃、スペイン、セゴビアを占領したローマは、17km上流の川から町に水をひくためにセゴビアの水道橋を建設しました。
橋の全長は728m。径間6mのアーチが119個も整然と続く壮大なアーチ橋です。 地上からの高さ28mに対して、幅はわずかに4m。どうしてこれだけのものを積み上げることができたのか、当時の建設技術の優秀さを物語っています。
ローマ帝国が滅び、中世になって、橋をつくる技術も滅んでしまった頃、当時の人々には、この橋がどんな方法でつくられたのか想像できなかったのでしょうか。 この橋は「悪魔の橋」とよばれており、悪魔が一晩でつくった橋という伝説が残っています。

 
 
 
  2-5 ローマの水道橋…「ガール水道橋」
 

ガール水道橋

ガール水道橋

南フランス、ニームの町の近郊にあるこの橋は、ガール川の上流からニームの配水槽まで続く導水路の一部として、紀元前18年完成。緑におおわれた深い渓谷にどっしりとかかっている石造りの3段アーチ橋です。

長さは最上段で275m、高さは49mです。 一個の重さが6トンという巨大な石灰岩の切石を4346個、寸分の狂いもなく噛み合わせて造られています。
導水路の長さ50kmに対して、水道全体の高低差は33m。1キロ当たりわずか66cmという精巧さです。長い間、水道は使われていませんでしたが、今では復旧されてニームの町に水を運んでいます。

 
 
 
  2-6 中世ヨーロッパの橋
  ローマが完成させたアーチの技術はヨーロッパ全域に広まり、絢爛たる石橋文化の花を咲かせます。 橋は都市の中心に建てられ、街のシンボルとなりました。  
 

アビニヨン橋

アビニヨン橋

フランス:「橋の上で踊ろうよ、踊ろうよ…」という歌で有名な「アビニヨン橋」
 
 

リアルト橋

リアルト橋

イタリア:水の都、ベネチアのシンボルとして、ルネッサンスの息吹きを今に伝える「リアルト橋」、橋全体が三階建ての商店街になっているフィレンツェの「ベッキオ橋」
 
 

カール・テオドール

カール・テオドール橋

ドイツ:ドイツ・ロマンチシズムを象徴する古城と大学の町ハイデルベルクの風景の一つとなっている「カール・テオドール橋」。ゲーテはこの橋を見て、『ここからの眺めは世界のいずれの橋にも及ぶまい』と語ったと伝えられています。
 
 
 
  2-7 新たなアーチの出現
 

15世紀から16世紀にかけて、石造りアーチ橋に、技術革新が起きます。 橋のアーチが円形アーチから扁平のアーチになったことも見落とせません。橋の印象はどっしりとした重量感のある橋から、優雅な橋へと変わったのです。(リアルト橋やベッキオ橋など)

ルネサンスのイタリアでできたこの橋の形式は、ヨーロッパに新しい橋の息吹を伝えました。 パリのセーヌ川にはこの形の橋が多く架けられ、その優雅さを競い合いました。パリのセーヌ川に美しい影を映す「ポン・ヌフ」などがその代表的な橋です。

ポン・ヌフ

ポン・ヌフ

 
 
 
  2-8 家も建っていた中世の橋
 

ベッキオ橋

ベッキオ橋

石造りの橋は丈夫なので、中世には主な橋の上には家を建てるのが通例でした。 橋の通行税や橋上の家からの家賃などを橋の維持費にあてたのです。

パリのセーヌ川にかかるノートルダム橋には4階建ての家が、シャンジュ橋やマリー橋には6階建ての家が建っていました。

イタリア・ベネチアのリアルト橋、フィレンツェのベッキオ橋などには、今も橋上にプティックや宝飾店などの店舗が軒を並べており、観光の名所となっています。

「ロンドン橋落ちる、落ちる…」という歌で有名な旧ロンドン橋は、13世紀の初めにできたときから家が建っていました。 1281年には異常気象で大量の流氷が押し寄せ、橋は流されましたが、再建後も家や店舗が建ち並び、14,5世紀にはこの橋の上がロンドンで一番にぎわったといわれています。 19世紀になると老朽化したために立て替えられることになり、それを機に、橋の上の家も姿を消すことになります。

 
 
 
  2-9 ヨーロッパ最古の木の橋「カペル橋」
 

カペル橋の天井画

カペル橋の天井画

ヨーロッパでは石橋が発達しましたが、木の橋も架けられました。現在も残っている最古、最長の橋がスイス・ルツェルン市にある「カペル橋」です。この橋は、1367年にたてられた屋根付の木造橋で、橋の中央が折れ曲がっており、そこに八角形の「水の塔」があります。その姿は中世の面影を残す町並みや湖水とよく調和し、観光名所となっています。1994年に火事で焼失しましたが、すぐに再建されています。

カペル橋

カペル橋

 
 
 

 

※このコンテンツは、2001年に開催されたインターネット博覧会出展時のアーカイブです。

ホーム > スペシャルコンテンツ > 建設博物誌 > > 橋の歴史物語 > 第2章

ページのトップへ戻る

ページの先頭へ