ホーム > スペシャルコンテンツ > 建設博物誌 > > 橋の歴史物語 > 第6章

橋の歴史物語

目次へ戻る


  6-1 世界のトップクラスの長大橋がならぶ本四連絡橋
 

明石海峡大橋

明石海峡大橋

南備讃瀬戸大橋

南備讃瀬戸大橋

本四連絡橋が計画された頃、日本の橋梁技術は、欧米に半世紀は遅れているといわれていました。しかし、日本初の近代橋といわれた「若戸大橋」(1962年 367m)の架設に続いて、「関門橋」(1973年 712m)によって、技術を修得し、本四連絡橋によって、世界のトップ水準に躍り出ることができました。 完成した本四連絡橋は、世界長大橋の展示会場のような観を呈しています。現在、世界第1位の明石海峡大橋、10位の南備讃瀬戸大橋、以下世界の長大吊り橋のトップ20の内、6つを占めています。 また、斜張橋では、第1位の多々羅大橋、第11位の生口橋など、斜張橋ランキングでも、世界トップ20の内、2つ含まれています。

橋の構造で見ても、明石海峡大橋や南北備讃瀬戸大橋はトラス補剛桁、伯方・大島大橋や来島大橋はイギリス式の箱桁を採用しています。その他、斜張橋、鋼製アーチ橋やトラス橋もあります。世界のすべての優れた橋梁技術がこの本四連絡橋に使われています。 1999年7月には、アメリカの技術雑誌ENR誌による、ここ125年間で世界のトップクラスの125プロジェクトの選定にあたって、明石海峡大橋と多々羅大橋が選ばれました。

 
 
 
  6-2 瀬戸大橋
 

瀬戸大橋

瀬戸大橋

瀬戸大橋は、本四連絡橋の内、児島~坂出ルートの島々を渡る六つの橋の総称です。 児島側から、吊り橋の「下津井瀬戸大橋」(span=940m)、斜張橋の「櫃石島橋」「岩黒島橋」(ともに420m)トラス橋の「与島橋」、最後に備讃瀬戸を越えるのが吊り橋の北備讃瀬戸大橋(990m)、南備讃瀬戸大橋(1100m)です。南北の備讃瀬戸大橋は、海中に築かれた共通のアンカレイジ(吊り橋のケーブルを引っ張っている重し)で結ばれた2連構造となっています。 この主塔とアンカレイジの基礎は「設置ケーソン工法」によって建設されました。

アンカレイジ

アンカレイジ 1

アンカレイジ

アンカレイジ 2

 
 
 
  6-3 瀬戸大橋の列車通行試験
 

瀬戸大橋は上段を車、下段を列車が走るダブルデッキ構造です。 1100mの瀬戸大橋に1000トンの列車を時速100kmで走らせることは、世界でも経験したことがありません。そのため、吊り橋に重量列車を通す緩衝桁を開発しました。

橋の完成後、16両編成の新幹線の重さにあたる1000トンの列車を走らせたところ、橋の中央部で約80cm下がりました。 しかし、橋桁の下降はこれ以上になります。 真夏の太陽が照りつける日中にはケーブルが伸びて約3m下がります。 また、貨物列車が橋の中央ですれ違い、上段では大型トラックがびっしり渋滞になるという一番荷重のかかる条件を想定すると、橋にかかる重量は8240トン、橋桁は最大5.1m下がる計算になります。

瀬戸大橋は、完成当時、ダブルデッキ構造の吊り橋としては、世界第1位でしたが、 1997年、ホンコンに完成したツィン・マ橋にその座を奪われます。 この橋も、瀬戸大橋と同じく、道路・鉄道併用橋で中央径間は1377m。 新空港のあるランタオ島と本土を結ぶ橋で中央径間の長さでも世界第5位です。瀬戸大橋で開発した緩衝桁の技術はこの橋にも生かされています。

 
 
 
  6-4 明石海峡大橋
 

世界一の吊り橋、明石海峡大橋の着工は1986年(昭和61年)4月、瀬戸大橋完成の2年前でした。それから12年の歳月を経て1998年、中央径間1991mの優美な長大吊り橋が明石海峡に完成しました。この世界一の長大吊り橋を建設するにあたっては、文字通り、日本の橋梁技術のすべてが結集されました。

 
 
 
  6-5 基礎を据える地盤
 

明石海峡の幅は架設地点で4km。これを1つの橋で渡るには、主塔の海中基礎を神戸側と明石側に1基ずつ、ケーブルを支えるアンカレイジを神戸側と明石側の岸に1基ずつ設置しなければなりません。その基礎を支えるためには、しっかりした地盤が必要です。他の本四連絡橋では海底の地盤が、花崗岩であるのに対して、明石海峡では、海底が、花崗岩の上に、砂岩や泥岩で構成される神戸層・砂礫層の明石層があり、その上に沖積層があるという複雑な構造になっています。明石大橋の主塔の基礎は、神戸層や明石層においていますが、こうした地盤に基礎を据えても安全であるということが分かったのは、最新のコンピュータによる解析をしたからです。

その基礎の場所については、170万年前以降に動いたすべての活断層だけではなく、すべての断層を調査して、その箇所を避けて決めています。

明石海峡大橋 地質断面図

明石海峡大橋 地質断面図

 
 
 
  6-6 風への対策
 

台風のよく来る明石海峡では、風に対する対策が重要になってきます。 強風観測で今日までで最も強かった記録は、1965年(昭和40年)の台風23号の時の瞬間最大風速40mでした。 明石海峡大橋の設計では、風速78mまで耐えられることとし、橋の構造について、70分の1の精巧な模型をつくり、風洞実験を行いました。風洞実験では、トラス桁を採用した場合と、箱桁を採用した場合とを比較しながら、最も強風に耐える構造を検討し、結果的にはトラス桁を採用することとなりました。箱桁の研究は、今治-尾道ルートの来島大橋で活かされることになります。 明石海峡大橋で、橋にかかる風荷重を減らすために、橋の中央に風を通すグレーチングを設けたことも研究成果のひとつです。

 
 
 
  6-7 主塔基礎の洗掘防止
 

明石海峡の潮の流れは速く、1日4回も流れを変えます。こうした場所に構造物をおくと、洗掘という現象が起きて、基礎の周辺の土砂が流され、基礎が傾いてしまいます。 この洗掘を防ぐために、海底の地盤を20m以上掘り下げて、そこに基礎を据え、その周りに重さ1トンくらいの石を高さ10mまで積み上げて基礎を保護しています。基礎の掘削面積は直径110m。甲子園球場とほぼ同じ広さとなります。

 
 
 
  6-8 設置ケーソン工法
 

ケーソンと船

ケーソンと船

高さ300m近い主塔を支える基礎は、直径が80m・高さ70m。霞ヶ関ビルとほぼ同じ容積になります。瀬戸大橋では、直方体でしたが、明石海峡大橋では、潮流が速いので円筒形につくられました。 この巨大ケーソンは、三重県津市の造船所で製作され、紀伊半島を回って、明石海峡まで十数隻のタグボートで曳航され、潮の流れのない時を見計らって設置されました。ケーソンの沈設後、二重壁の間にコンクリートが打設されます。ここでは、新開発の水中不分離性コンクリートが使われました。このコンクリートは水中でも溶けず、しかも流動性が良いので、海中で打設しても、隙間なく硬い基礎をつくることができます。

 
 
 
  6-9 主塔の建設
 

明石海峡大橋の主塔の高さは、297m。日本一の超高層ビル、横浜ランドマークタワーよりも1m高くなっています。 その主塔を海上で建設するのにも最新の技術が使われました。 主塔はブロック毎につくられ、現場で積み上げられて接合します。 主塔の設置誤差は極力少なく抑えられ、接合面で許される誤差はわずかに0.04mmという厳しい条件でした。 そのため、この接合面の工場での研磨は、温度が一定になる夜間に行いました。 また、設置後の接合面の検査は、厚さ0.04mmの金属箔(隙間ゲージ)を差し込んで行われ、これが通るようなら、やり直しとなる厳しい検査を経て、完成しました。

 
 
 
  6-10 ケーブルの架設
 

主塔が完成すると、次はケーブルの架設工事です。 ケーブルの架設は、高張力鋼のワイヤを百数十本束ねた六角形をしたストランドを一本ずつ掛け渡して行われます。 主塔間の最初のパイロットロープは、ここでは、ヘリコプターによって掛け渡されました。このパイロットロープで順次太いワイヤーロープを架けていって、キャットウォークという足場をつくります。それからいよいよ、ケーブルの架設が始まるわけです。 ストランドを290本束ねるとケーブルができあがります。 吊り橋は、橋桁を支えるケーブルの支持力が命です。そのため、吊り橋建設のために、引張りに強い高張力鋼が開発されてきました。 昭和60年に架けた南北備讃瀬戸大橋では、ワイヤの強さは1mm2当たり160kgでした。それから約10年後、明石海峡大橋では、20kg強い180kgとなっています。こうした技術革新によって、橋荷重を支えるケーブルも2本ですますことができたのです。

 
 
 
  6-11 橋桁の架設
 

ケーブルが完成すると、橋桁の架設になります。この作業では、橋桁のブロックを架設地点の真下まで運び、クレーンで架設する方法が採られました。 橋桁のブロックは最大で2400トンもの重さになります。これをクレーンで一括架設するのです。 橋の中央部では、この方法は、船舶通行の妨げになるので、主塔のところで、橋桁や補剛トラスの部材をつり上げ、橋上で組み立てて、張り出しながら建設していく方法が採られました。 こうして設置した橋桁の上に橋床を載せ、その上を舗装した後、照明や情報機器、道路標識などを取り付けて橋は完成します。

 
 
 
  6-12 震度7という激震にも耐えた建設中の明石海峡大橋
 

この明石海峡大橋の建設の最中に、1995年1月17日、阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震がその直下で発生しました。震度7という激震に明石海峡大橋は見事に耐えたのです。 この時、主塔にケーブルを掛け渡した直後でした。震度7という激震にあい、二つの主塔は最大で1m近く地盤ごと移動し、また、両端のアンカレイジも1.1m広がりましたが、その後の調査で、主塔他橋の施設には何ら損傷がないことが分かりました。念には念を入れた地震対策の面でも、明石海峡大橋の技術は世界でもトップクラスであることを証明したのです。

 
 
 

 

※このコンテンツは、2001年に開催されたインターネット博覧会出展時のアーカイブです。

ホーム > スペシャルコンテンツ > 建設博物誌 > > 橋の歴史物語 > 第6章

ページのトップへ戻る

ページの先頭へ