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橋の歴史物語

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  4-1 コンクリートの発明はローマ人
 

コンクリートの歴史は古く、これを発明したのはローマ人といわれており、橋や水道橋をつくるにあたっても、使用していたようです。(注1) しかし、コンクリートが構造物の建設に本格的に使用されるようになったのは近代になってからです。18世紀になって、現代のセメントと同じ、ポルトランドセメントが発明され、セメント工場がヨーロッパ各地で建設されるようになり、コンクリートは急速に普及しました。(注2)

 
 
 
  4-2 コンクリートの橋
 

鉄筋を入れないコンクリートだけの橋は、引張りの力に弱く、初めの頃は、中央桁間(桁間の距離)は数メートルだったようです。しかし、コンクリートは石の代わりにアーチ橋で使われ、1900年の初め頃までさかんにコンクリート橋が建設されました。 1906年にドイツのケンプテン(ミュンヘンの約西方100km)近くのイラー川にかけられた鉄道橋は、鉄筋を使わないコンクリートアーチ橋で中央桁間は64mだったそうです。

 
 
 
  4-3 鉄筋コンクリート橋の登場
 

19世紀後半に鉄筋コンクリートが発明され(注3)、それを使った橋も建設されます。 コンクリートの中に鉄筋を埋め込むことによって、圧縮には強いが、引張りに弱いコンクリートの弱点が克服されたのです。 1875年にフランスで最初に架けられた鉄筋コンクリートの橋は、長さ16m、幅4mでした。また、1890年にはドイツのベレーメンで開催された北ドイツ勧業博覧会では、中央桁間40mの鉄筋コンクリート橋が架けられています。

グロースメン近くのドナウ川にかけられた鉄筋コンクリート桁橋、いわゆるゲルバー桁橋(注4)は、三つの開口部を持ち、中央の中央桁間は61.5m。当時、プレートガーダー式の鉄筋コンクリート橋としては世界最大のものだったそうです。この橋は1945年に破壊されます。

 
 
 
  4-4 日本のコンクリート橋の始まり
 

明治維新を終えた日本でも、コンクリートの導入は早く、1875年(明治8年)工部省深川製作寮出張所で初めて、ポルトランドセメントの焼成に成功しています。ヨーロッパでセメントの焼成工場ができて、およそ30年後のことです。 最初のコンクリート橋は、1903年(明治36年)鉄骨コンクリートによるものといわれています。1909年(明治42年)には鉄筋コンクリートの橋も架けられています。

 
 
 
  4-5 鉄筋コンクリートアーチ橋
 

20世紀初期から鉄筋コンクリート(RC)は橋の材料として本格的に使われるようになります。初めのうちはRCは石の代りに石造アーチの形で多く使用されていました。 しかし、だんだんと鉄筋コンクリートの特性が認められるにしたがって、RCアーチ橋は数多く架けられるようになります。 RCアーチに傑出した技術者はスイスのロベール・マイヤールとフランスのユージン・フレシネです。 マイヤールは独創的で大胆なアーチを設計しています。 スイス山岳地帯にあるザルギナトーベル橋は景観的に優れたアーチ橋の一つです。 フレシネは独自の工法で大スパンのアーチを架けています。アーチの頂部をジャッキで押し拡げることによって、アーチにプレストレス(注5)を導入したのもフレシネです。 コンクリートは硬化にともない乾燥収縮するので、プレストレスの効果により応力状態が改善されます。プレストレス工法の一つのフレシネ工法は、彼の名前に由来しています。

 
 
 
  4-6 プレストレスト・コンクリート橋(PC橋)の登場
 

鉄筋コンクリートは、やはり、長いスパンに橋桁を架けるには、橋桁自身の重量が大きくなりすぎ、無理が生じます。そこで登場したのが、プレストレスト・コンクリート橋(PC橋)です。

プレストレスト・コンクリートは、コンクリートの中に埋め込まれたPC鋼線によって、コンクリートに予めプレストレスを与え、コンクリートを桁の両端からPC鋼線の引張力で強く締め付ける構造となっています。 1928年にフレシネが実用化に成功したプレストレスト・コンクリートは、その後、1940年代になって、実用化の時代を迎えます。 このプレストレスト・コンクリートを橋桁に応用することによって、中央桁間が100mを越えるPCコンクリート橋が架けられるようになります。

たとえば、戦後復興のドイツでも、ライン川に中央桁間100mを越すスマートなPCコンクリート橋が姿を現します。1952年、ニーベルン橋(span=114m)。1953年モーゼル橋、(span=114m)などです。

 
 
 
  4-7 PC橋の施工
 

これらの橋は片持梁構造(注6)で設計されているので、橋脚から左右に伸びる橋桁は、荷重バランスが釣り合うようになっています。二つの橋脚から伸びてきた橋桁が中央で出会ったところで両方の橋桁をヒンジで止めて固定します。 そのため、建設にあたっても、左右橋桁のバランスをとりながら、ブロック単位で橋桁を伸ばしていく工法で架けていきます。橋桁の建設に架設の支保工を建てる必要がないので、激しい船の交通を少しも妨げることなく、橋を架けることができるようになりました。

PC橋の大きな特徴は橋桁と橋床を一体化した箱桁をも同時に施工できることです。特に、高速道路の高架橋の建設では、多くの橋脚の上を連続的にこの箱桁をのばしながら架けていく方法が採られました。中には、橋脚の高さが100mを越すものもありますが、できあがった橋床を作業基地として、1スパン分の架設用の作業台を次の橋脚に架け渡して作業するので、地上で作業するのと何ら変わることなく作業できます。

 
 
 
  4-8 鋼製ガーダー橋とPC橋
 

高架橋の架設で活躍したもう一つの橋にプレートガーダー橋があります。これは、橋桁を橋脚に架けるいわゆる桁橋です。この橋桁にも、PCのものと鋼製のものがあります。鋼製のものは、幅1m以上のH鋼を橋桁として橋脚と橋脚に架けた構造で、工場で製作した橋桁をそのまま、架け渡して、その上に鉄筋コンクリートで床板をつくるという方法です。 長大橋でない高架橋は、ほとんどがこのPC橋とプレートガーダー橋の二つによって、架けられています。 高速道路の建設が進むにつれて、橋脚(ピア)が連なり、その上を高速道路が走るおなじみの風景が日本全土に広がっていったのです。

プレストレスト・コンクリートは、そのほかにもラーメン橋、アーチ橋に採用され、長大橋をつくる際に威力を発揮します。

 
 
 
  4-9 エクストラドーズドPC橋
   

小田原ブルーウェイブリッジ

小田原ブルーウェイブリッジ

エクストラドーズドPC橋は、従来のPC橋よりも、支間距離を大きくとることのできる新しい形式の橋で、従来、桁高の範囲に配置されていたPC鋼材を桁の外側へ、大きく偏心して配置したPC橋です。

通常の桁橋に比べ、桁高を低くすることが可能になり、また、主塔高は斜張橋の半分程度に低くできるため、施工性の向上が図れます。斜ケーブルは斜張橋のような張力調整が不要で、斜材は活荷重による応力変動が少なく、通常の桁内ケーブルと同様のものを使用できるため建設コストの削減ができます。

 
 
 
  4-10 浮体橋
 

レーシー・マロー浮橋

レーシー・マロー浮橋

古代から仮設橋として、舟橋や浮き橋がつくられてきましたが、最近になって、浮体橋が見直されています。鉄やPC(プレストレスト・コンクリート)といった強くて耐久性のある浮体ができるようになってきたからです。大がかりな橋脚の基礎を建設する必要がないので、海底地盤が軟弱な海域や湖、フィヨルドのように水深が深い湾口では、浮体橋が架けられています。 アメリカ西部、ワシントン州ワシントン湖にかかるホーマーハッドレー橋は、長さ1770m。5車線の車道の傍らに歩道を持ち、一日10万台の車を渡しています。 フィヨルド海岸の続くノールウェーでは、ベルグソイスンド橋(L=845m)など2つの橋が架けられています。

 
 
 
  4-11 夢洲~舞洲連絡橋(仮称)
 

夢州~舞州連絡橋(仮称)

夢州~舞州連絡橋(仮称)

コンクリート製ではありませんが、日本でも新たに浮体可動橋が完成します。 2008年大阪オリンピック開催候補地である臨海部の夢洲、舞洲を結ぶ夢洲~舞洲連絡橋(仮称)です。 橋長878m、浮体橋部410m。 浮体橋は、アーチ橋を2つの鋼製ポンツーン(58×58×8m)で支持した大型浮体構造物で、海上部にある2基の係留橋脚で、ゴムフェンダーを介して、横支持、係留されています。非常時には、舞洲側係留橋脚と浮体端部をピン固定し、数隻のタグボートで舞洲側ポンツーンに押すことにより、浮体橋全体を片側旋回させることで航路解放をはかります。2000年7月浮体橋部分が工場から曳航され、据え付けられました。

橋長:410m
中央桁間:280m
有効幅員:31.2m 6車線+両側歩道

 
 
 
  4-12 世界のコンクリート橋
  コンクリート橋の締めくくりとして、構造の違うコンクリート橋について、世界の主な橋を示します。

(1)コンクリートアーチ橋

(2)PC橋
 
 
 

 

※このコンテンツは、2001年に開催されたインターネット博覧会出展時のアーカイブです。

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