上巳(じょうし)の節供(せっく)は,五節供のひとつです。ちなみに五節供とは1月7日の人日(じんじつ)の節供,3月3日の上巳の節供,5月5日の端午(たんご)の節供,7月7日の七夕(しちせき)の節供,9月9日の重陽(ちょうよう)の節供のことです。
これらは,中国を発祥として日本では宮中行事として取り入れられ,一般化する中で民間の土俗的習俗などと習合し,上巳の節供は女の子の雛祭りとして定着しています。これは,日本文化の特徴のひとつでしょうが,いろいろな「もの」や「こと」を習合させて新しいものを生み出しています。神仏習合がその代表例といえますが,上巳の節供もそのひとつです。その際の雛飾りの菱餅に添える黄粉(きなこ)包みの折形についてお伝えしようと思います。
菱形について考える
まず,菱餅の形についてお話したいと思います。諸説ありますが,菱餅の菱形は正三角形が2つくっついた形ともいえます。正三角形は6つ集合すれば正六角形となります。このように正三角形は正六角形へと増殖していくところから家の繁栄につながると考えられ,吉なる形として古来から尊ばれてきました。日本の家紋や文様にたくさん散見されます。たとえば,三菱であったり麻の葉文様などが挙げられるでしょう。
正三角形を基礎に置き菱形から正六角形へ展開する形の増殖は,新しい折形を考えるにあたり多くのヒントがあることに気づかされます。さらに,その幾何学的に連続する線を折線と考え,その折線に山折り谷折りを加えていけば,折るだけで立体化し最終的にはバックミンスター・フラーのジオデシックドームのような球形をつくることもできます。菱形を平面的な文様と見ると同時に,幾何学的図形と考えることができそうです。数学者が折り紙を幾何学的命題と考えているのと同じかもしれません。
菱餅の形と色
雛祭りのお供えものにする菱餅の形には,深い意味合いがあります。まして,餅は稲作文化圏のわれわれには特別な意味合いをもったものでしょう。自然からの恵みである米を杵と臼でつくことで生まれる餅,その際の杵は男性性,臼は女性性のアナロジーでしょう。そこから生まれた餅には特別な意味合いがありそうです。
さらにその餅は三色に色分けされています。淡い萌木色に白,その上に桃色が重なります。淡い萌木色は地面の草色,白は雪,さらに桃色は桃の花を象徴しています。まさに三月弥生の,春に変わる節目の風景を映し出しています。
『古事記』では,イザナギが黄泉の国から逃げ帰る際に黄泉比良坂(よもつひらさか)で,桃を投げつけ追手を追い払う場面がありますが,桃には特別な霊力があると信じられてきました。季節の節目に餅をお供えものとして捧げ,その餅を下げ,分け合って食べて体内に入れ,菱のもつ増殖する力や桃の霊力を授かろうと祈念したのです。菱餅の桃色にはそのような意味が込められています。
その菱餅を食するときに黄粉をつけていただきました。そのための黄粉の包みと設(しつら)えを今回はご紹介します。
上巳の節供の黄粉包みの折形
「物を包むには其物の紙の外へ少見ゆるやうに両はしを出して包む物也 何ともみえぬ様に紙の内へ包みこむる事あるべからず(中略)但薬香(ただしくすりこう)などはこぼるる物なる間包みこむべし」(『包之記』*)と記されています。(折形は)先方が贈りものの中身をただちに確認できるように,すべてを覆い隠さず一部を見せて包むこと,ただし薬や香など粒や粉状のものは,こぼれないように包み込むのが原則だと述べています。
* 江戸時代中期の武家故実家,伊勢貞丈の著書,『包結図説』の上巻。包む中身や用途に従った各種の礼法が定められている。
その教えに従い,こぼれないように包み込む,伝統の上巳の節供のための黄粉包みをデザインしました。和紙を帯状にして巻き込むように正三角形をつくりつつ,さらに増殖するよう菱形をつくる折形です。においは淡い萌木色と桃色とし,桃の花を添えています。女の子のいらっしゃるお宅に桃の花包みとして贈り物としたら喜ばれるに違いありません。
このように伝統の中の民間伝承や民俗学的な知見や現代的な数学上の研究成果を統合することで新しい折形が生み出せたらと思います。