当社社員であれば誰しも目にしたことがある「事業成功の秘訣二十ヵ条」。
1936(昭和11)年10月,鹿島守之助の鹿島組取締役就任後に発表されたもので,
業績不振から飛躍的発展への原動力となった。
そして,約85年経った現在もその精神は脈々と受け継がれている。
「鹿島グループ中期経営計画(2021~2023)」がスタートし,
長期的な成長を目指す挑戦の真っ只中にいる今改めて,発表当時の背景とともに内容を確認したい。
学者から事業家へ
1896(明治29)年,守之助は兵庫県揖保郡で600年以上続く旧家・永富家当主の四男に生まれた。父は漢学者・漢詩人でもあり,守之助はこの父と信心深い母との訓育のもと幼少期を過ごす。中学・高等学校時代には,文学や哲学を好み,世界中の文学書を読み漁ったという。1920(大正9)年東京帝国大学卒業後,外務省に入省。1927(昭和2)年,鹿島精一の長女・卯女と結婚,イタリアに赴任する。1930(昭和5)年,イタリア大使館在勤を最後に外務省を退官して帰国,衆議院議員選挙に立候補した。政界の革新と理想選挙を希望し,中立で選挙に臨んだが落選,それを機に学究生活に入る。1934年には「世界大戦原因の研究」により東京帝国大学から法学博士の学位を授与されるなど,外交史および国際問題の真摯な学究として,また外交評論家として活躍した。
一方で,鹿島組は経営不振に陥っていた。1936年,かねてより精一から家業の継承を依頼されていた守之助は,「自信を失って,皆が困っている時に,養子にきた大黒柱が逃げたら,とんでもないことだ。やりましょう」(『わが経営を語る―理解と創造―』)と鹿島組への経営参加を決意した。
新経営方針策定の基礎固め
当時の鹿島組は,封建的制度から脱しきれずにいた。取締役に就任した守之助は,まず徹底的に赤字経営の原因と鹿島組の病弊を探った。日本だけでなく,欧米各国から土建事業と会社経営に関する書物を集め,専門家の意見を聞き,自社の欠陥に結びつけた。
導き出した帰結が「事業が古くなるとその五割は失敗する」であり,「失敗するのは内部要因による場合が多い」との分析だった。これを自らの信条と結び合わせて生まれたのが「事業成功の秘訣二十ヵ条」である。取締役就任から約半年後のことだ。
外交官出身と畑違いの守之助の施策を疑う声もあった。守之助は高い理想と固い信念のもと,1938年に社長就任。その後,施工能力の増強と科学的管理の二大原則による経営管理の革新を断行し,社運隆昌の道を開いたのだった。
事業成功の秘訣二十ヵ条
事業が古くなると,その五割までは失敗するといわれている。なぜ,かれらは失敗するのであろうか。外部からの原因で失敗するものは割合に少ない。むしろかれらが正しいと思ってやっていることが,事業失敗の原因になっていることが多いのである。
一般的見地より事業成功の秘訣と思わるるもの二十ヵ条をあげてみよう。これらはわかりきったことであるかもしれない。しかしわかりきったことだといって馬鹿にしたり無視してはならない。真理はきわめて平凡である。わかりきったことがなかなか実行できない世の中である。この中の一ヵ条でも適用せられ,ただ一人の社員にでも感化を与えることができれば筆者の労は報いられる次第である。
『わが経営を語る—理解と創造—』
古い設備,古い方法で満足しようとする心は慢性病のように恐ろしい。絶えざる改良を試みずして事業の発展するはずがない。
「今までこれで成功してきたのだ」ということを盾にとって改善しようとしない支配人はその会社を亡ぼすものである。
自然界は適者生存の世界である。有能なる指導者のいる会社は繁昌する。
「何事もオレでなくては」と思って万事を一人で切りまわすのもよかろう。しかしそういう人は寿命よりも二〇年も早く死ぬ。そして事業もその人とともに亡びる。
「どうにかなる」と考えるよりは「どうなるか」を研究して「どうするか」の計画を樹立すべきである。
研究するには本を読まなければならぬ。自分の独特の考えだと思っていることも,その実,たいていは本からきている。
給料や設備にかけた金はかならず戻る。
けっして経費ではない投資である。
本当に偉い主任は,人を働かせることを本職と心得,きまった仕事を人に与えて働かせるばかりでなく,これは少しむずかしいなと思われる仕事でも,これを部下にやらせて見る。
働くものも怠ける者も,一律同様の俸給であり,また,儲ける者と,損をかける者との取扱い上たいした差異がないならば,経済活動は枯死する危険がある。
機械は生産原価を下げる。しかして,生産高を増すものである。
会社は身体のようなものである。身体はたんに指や胃や腸が集まったものではない。これらが協同して組織をつくっているところに生命があるのである。
物大なるをもって尊しとせず,小なりといえども釣合いのとれていることが肝心である。
まず計画,つぎに実施,最後に統制,これは能率方法の定石である。
常に時勢に後れてはならない。上に立つ者の一番恐ろしいことは自分の無知を知らずにいることである。
専門家の説を聞かず,これまでの方法に執着ばかりしているとかならず失敗する。
反対論は聞いてみて損になるものではない。むしろ自説の土台を固める上に役立つものである。
欠陥に直面し,虚心坦懐なことが必要である。
成績のあがらない場合にはまず自分を非難して,方法を変えるのが一番である。競争者を非難するのはくだらないことである。
ムダというものは何人にも利益しない。
四六時中経営のために浮身をやつして,しかも余裕綽々たるためには,仕事を道楽化することが必要である。
※説明部は『わが経営を語る—理解と創造—』から
一部抜粋
- #一貫する進歩改良への精神
- #鹿島建設中興の祖
- #次の20ヵ条をつくるのは君だ!