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折りと包みと結びと歳時

人生儀礼

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図版

千歳飴の袋。かなり現代化しているが、様式化した図像学的な約束事はたがえずに描かれている。
飴も白紅がねじられた飴となり、対立している白と紅が一体となっている

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「人生儀礼」とは

「人生儀礼」とは,聞き慣れない言葉ですが,生まれてから死ぬまでの間に年齢に応じて行われる儀礼を表しています。ある社会の一員となるための通過儀礼(イニシエイション)という側面があります。地縁や血縁で結ばれて,成り立っていた社会(コミュニティ)に伝統的に伝わってきた儀式のかたちで,民俗学的用語です。

「折形」は年中行事や人生儀礼と深く関わっています。伊勢貞丈の『包之記』には妊婦の岩田帯の包みが紹介されています。妊娠5ヵ月目の安定期に入った戌(いぬ)の日に,犬が安産であることにあやかって,妊婦が腹帯を巻く習慣がありますが,その帯を贈るという人生儀礼に関わる包みが武家故実の中にあることは興味深いことです。

人生儀礼は近代的な都市生活では急激に失われ,形骸化したものばかりかもしれません。その人生儀礼の典型は,成人式,結婚式や葬式という冠婚葬祭ですが,今回は,ふたつの人生儀礼を取り上げて,そこに込められている意味や価値観,社会観をもう一度見直してみたいと思います。

人生儀礼としての七五三

まず取り上げるのは,七五三です。11月15日に行う年中行事でありながら,人生儀礼でもあります。3歳,5歳,7歳になると近くの神社にお参りをして,千歳飴を頂いた記憶をお持ちの方も多いかもしれません。

この七五三の儀礼の原型が出来上がったのは江戸時代,武家や裕福な商人たちの間で行われ,都市部の庶民に一般化したのは明治期といわれています。

さらに遡れば,3歳は「髪置きの祝い」と呼ばれ,幼児が頭髪を剃るのをやめ,初めて髪を伸ばすときの儀式。5歳は「袴着の祝い」。7歳は「帯解きの祝い」といわれ,幼児の着物に縫い付けてあった付け帯を取り,大人と同じ帯を締める儀式がありました。頭髪を切り揃えたり,袴をつけたり,帯を締めたりと発達過程を示す様子が儀礼の原型にあることがわかります。医療の発達していない昔は,出産を含め,新生児が無事に育つことは容易なことではなかったことでしょう。七五三は子供の成長を喜び感謝し,氏神様に詣でて,末永く無事であることを願う素朴な信仰から生まれた儀礼が形式化し,人生儀礼となったものと考えられます。

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千歳飴の図案

神社に七五三でお参りをしたときに神社からお分かちされる千歳飴の包みに描かれる絵柄を読み解いていきたいと思います。太陽が赤々と昇りそれを背景に鶴が舞っています。鶴は千年,亀は万年生きるといわれますが,それが天地に配されています。さらに松,竹,梅が描かれ,梅は左に白梅,右に紅梅となり,折形の結びの白紅のならいと同じになっています。

宮中故実によれば,平安時代の宮中では皇子が(碁盤を須弥山(しゅみせん)や宇宙に見立てて)碁盤の上で袴をつける「着袴(ちゃっこ)の儀」,その碁盤の上から飛び降りる「深曽木(ふかそぎ)の儀」がありました。それは現代の皇室にも受け継がれ,秋篠宮殿下のご長男の悠仁親王殿下の儀式の様子が伝えられて話題となったことがありました。

その一端を窺(うかが)わせるように千歳飴の絵柄にも,赤い脚付きの盤の上に翁(おきな)と嫗(おうな)が対になっている姿が描かれています。通俗的でキッチュな千歳飴の袋の絵柄には子供の成長と長寿への願いが込められているようです。

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図版

紙衣(かみこ)は和紙でつくられた着物。風を通さず暖かいので、日本では古くから防寒具として使われてきた。
奈良の東大寺の「お水取り」の際に練行衆が身につけることで知られている。
それにヒントを得て折形デザイン研究所と美濃手漉和紙職人とで共同開発した紙衣の赤いちゃんちゃんこ。
頭巾は、切り込みが一切入らない韓国の帽子をヒントにデザインしている

人生儀礼としての還暦

人生儀礼としてもうひとつ,還暦の祝いのお話をしたいと思います。満60歳,つまり61歳は,干支(えと)が一巡して,生まれた元の干支に戻る本卦(ほんけ)還り,つまり暦が還ることから「還暦」と呼ばれています。一種の生まれ直しと考えられ,また厄年でもあるので,子供の袖なしの羽織りや産着になぞらえて「赤いちゃんちゃんこ」を着る習慣があります。赤には魔除けの意味合いがあり,験(げん)担ぎと厄(やく)祓いが還暦の祝いでしょう。

また,赤いちゃんちゃんこには赤い大黒頭巾が付きものです。大黒様は,俵の上に乗り右手には打出の小槌,左手に大きな袋を抱えて,頭巾を被った七福神の一人です。もともとは,インドの破壊や富などの神様でしたが,日本では大国主命(おおくにぬしのみこと)と習合して民間信仰の神となり,富や福をもたらす神に変容します。大黒頭巾を被っていることは,富や福をもたらす力を持っていることを示しています。

七五三では,着袴の儀で袴をつけることでコミュニティの成員になる第一歩となり,還暦では,ちゃんちゃんこを着て生まれ直し,大黒頭巾を被って富や福をもたらす力を持った老人に再生するのだろうと思います。

子供と老人のふたつの人生儀礼を読み解いていくと,重層化している民族の無意識の集合がしきたりの形となって浮かび上がってきます。

やまぐち・のぶひろ

グラフィックデザイナー/1948年生まれ。桑沢デザイン研究所中退。コスモPRを経て1979年独立。古書店で偶然に「折形」のバイブルとされる伊勢貞丈の『包之記』を入手。美学者・山根章弘の「折形礼法教室」で伝統的な「折形」を学び、研究をスタート。2001年山口デザイン事務所、同時に折形デザイン研究所設立。主な仕事に住まいの図書館出版局『住まい学大系』全100冊のブックデザイン、鹿島出版会『SD』のアート・ディレクターなど。著書に『白の消息』(ラトルズ、2006)、『つつみのことわり』(私家版、2013)、句集『かなかなの七七四十九日かな』(私家版、2018)など。2018年「折りのデザイン」で毎日デザイン賞受賞。

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