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ユニバーサルデザイン(Universal Design:UD)とは、利用者の身体能力・利用者が置かれている状況・利用者の体格・性別・国籍などにかかわらず「使いやすく」「わかりやすい」建築・情報・サービスを創造するという考え方です。社会の急激な高齢化を背景に、その重要性はますます大きくなっています。
私たちはユニバーサルデザインの重要性を認識して、さまざまな工夫を重ね、ノウハウを蓄積し、できるだけ多くの場面での適用を心がけています。ここでは医療施設におけるユニバーサルデザインの取り組みをご紹介します。
鹿島の取り組む医療施設のユニバーサルデザイン
利用者視点で取り組む
医療施設のユニバーサルデザイン
医療施設は、外来・検査・診療・病棟など多様な機能が包含され、複雑に関係している一つの街のような建物です。また、その利用者は、様々な疾病・疾患に罹っている患者さんや高齢者が多く、そうした利用者にとって「いつでも安全・安心」「誰にでもわかりやすい」「どんなところでも使いやすい」というユニバーサルデザインの考え方で作られた空間、環境は非常に重要と考えています。鹿島は、手摺、エレベーター、自動ドア、音声案内などの一般的なものに加え、様々な工夫と試みでユニバーサルデザインに取り組んでいます。
五感に訴えるユニバーサルデザイン
空間認識は視覚だけでなく聴覚、触覚、嗅覚を複雑に組み合わせ、さらにそれを無意識に統合して認識していると考えられます。それらの感覚に情報を与えるようなデザインで判りやすい空間をつくることができます。
色彩とピクトグラムによる直感的な認識
天井照明による誘導
色彩と歩行感による誘導
天井照明による交差点の空間認識
身体能力だけでなく認知能力への配慮
超高齢社会に入り、利用者の大半を占める高齢者のためのデザインは不可欠な要素となっています。高齢者の特性として身体能力に加え、認知能力の低下がみられます。鹿島では産業総合研究所や国立障害者リハビリテーションセンターと共同で高齢者の認知特性を把握し、客観的なデータを基にユニバーサルデザインに反映しています。
時間認知サポート
視野角配慮と代替手法による空間認知
こんなところにもユニバーサルデザイン
「わかりやすい」「使いやすい」だけでなく医療施設では患者さんの不安を軽減させることもユニバーサルデザインの一つと考えています。また、患者さんだけでなく医療スタッフにも配慮した工夫もおこなっています。
患者支援ピクトグラム
手術室新空調システム(KVFS)
透析室の多機能放射冷暖房ユニット
ベッドとトイレをつなぐ手摺
長時間治療に配慮した大規模透析室
ユニバーサルデザインにも個性を
誰もが「わかりやすい」「使いやすい」ことは、どの施設も同じようなデザインにすることを意味するものではありません。また、環境や設えに魅力がなければ多くの人に利用してもらうことができません。建物の立地、環境の歴史や文脈を踏まえた上で利用者のニーズに合わせた個性的な工夫を一つ一つ積み重ねていくことも重要だと考えています。
京都の通り庭を再現した外来動線
富山の雁木空間を再現した歩車分離動線
一歩先のユニバーサルデザインへ
具体的なニーズに即した課題を先端技術で解決
より効果的なユニバーサルデザインを実践していくためには、これまでの知見や経験だけに頼るのではなく、具体的なニーズに即した課題を解決するために、新しいアイディアや試みを積極的に導入していくことが必要です。
そこで欠かせないのが、課題解決に向けた技術開発と、それらの効果を検証するための事前シミュレーションや竣工後の検証実験によるフィードバックです。
ロービジョン者の見え方は、疾患や病状の進み方、経過年数などによって千差万別ですが、中でもコントラストの差が小さい事物が見えにくく発見しにくいと言われ、形状やデザインが多用されている空間では必要な情報を取捨選択しにくいとも言われています。
こうしたロービジョン者の見え方の特徴に着目して「コントラスト」で工夫することで移動しやすく、わかりやすい空間を実現しています。
コントラストの差を大きくした内装計画
コントラストの差を大きくしたサイン計画
色の違いよりも図と地とのコントラストによる読みやすいサインを基本として、大きさや形状、設置高さはもちろんのこと独自に工夫したピクトグラムを使用することでわかりやすさを追求したサイン計画をしています。
よりわかりやすいサインとするため、ユニバーサルデザインの重要な手法として、視覚や聴覚、触覚など、複数の情報を組み合わせる方法(「五感に訴えるデザイン」)があります。
例えばサインに関しては、文字情報の代わりにピクトグラムを利用することで、空間情報をよりわかりやすくすることが試みられています。こうした視覚領域での工夫に加え、音案内による空間情報が加えられれば、より多くの人にとってわかりやすいサインとすることができます。
技術研究所では、公共トイレにおいて、無意味・非言語音声を基調とした音響案内および多言語同時再生の音声案内は、男女の識別を目的としたトイレの音案内という事前知識があれば、いずれの方法も高い確率で男女の識別が可能であることを、実験的に検証しました。
従来の音声案内が、必ずしもその情報を必要としない人にとっては煩わしいといった問題点を考えると、男性・女性の歌声など、無意味または非音声による音響案内は、今後の適用が期待される技術の一つとなるでしょう。
鹿島の技術研究所では、音による空間認知をサポートすることを目的とした研究を行っています。360度の立体音響を体感できる装置を利用することで、スピーカの位置や向き、反射面の吸音などを考慮した「音サイン」をつくることができます。これを体感できるシミュレーション装置を開発し、足音の種類や残響時間を利用した正しい方向への誘導や、受付と待合のわかりやすい配置などを設計する際に活用しています。
病院には「携帯電話ブース」と呼ばれる携帯電話通話の専用空間がよく計画されています。しかし、この携帯電話ブースで話す声が、実は通話相手に聞き取りにくい(「音声崩壊」と言います)ということがよくあります。小さなことのように見えますが、せっかく設けた空間が、実は使いにくいものだったなんて、大変もったいないことです。
こうした携帯電話ブースの音声崩壊は、まずそのメカニズムを理解・分析することによって効果的な対策を講ずることができます。空間容積に応じた吸音対策の定量的な評価や扉の工夫などが有効です。
鹿島が施工を担当した柏瀬眼科では、内装・サイン計画のコンサルティングを行いました。高齢者など、ものが見えにくい方でも識別しやすい色の組み合わせをシミュレーションし、結果を反映したり、床の素材感の違いによる誘導や注意喚起などを試みました。竣工後、視線を動きを測定する機会を使って評価実験を行い、デザインの効果を検証することで、次の設計に行かせるエビデンスやノウハウを蓄積しています。
西葛西・井上眼科病院では、避難誘導照明内蔵手摺を開発しました。通常は常夜灯として使用するLED内蔵手摺ですが、災害時に避難方向に向かって点滅するというものです。
導入にあたり、被験者実験により避難方向を判断するまでの時間が短く、方向認知の高かった点滅速度を採用しました。また、煙を炊いた状態での点滅状態を確認し、その効果を検証しています。
病室の睡眠環境を改善すると様々なメリットが考えられます。例えば、入院患者さんの夜間行動が減り、患者さん自身の転倒・転倒リスクが低減するほか、医療スタッフは呼出が減ることで夜間勤務の負荷・疲労が低減して医療過誤リスクが減るなどです。経営的にも療養環境の改善によるベッド回転率の向上や就労環境改善によるスタッフの離職率の低減もはかることができると考えられます。
睡眠に関しての専門家の監修のもと被験者実験やシミュレーションを行い、心理量・生理量のデータ分析から医療エビデンスを伴った睡眠環境向上型病室のための技術を開発し、その一部をあけぼの病院に採用しています。
睡眠環境向上型病室の概要
- 光環境:昼間(特に朝方)に高照度暴露ができる環境
- 音環境:明瞭度を低減するとともにマスキングノイズにより入眠をサポート
- 温熱環境:温湿度環境に対する個人差と寝具内の環境改善のための個別循環空調とマット送風システム
昼光暴露を考慮した病棟
片側のみになりやすい食堂とデイルームを両側にとり、ダブルコリドーで動線を短縮、端部に大きな開口を設けることで共用部に多くの自然光を取り込み昼間の暴露照度を高める工夫をしています。
昼光暴露照度を高めるためのライトシェルフと個別循環空調を採用した病室
常時開放されている欄間からの光がライトシェルフにより部屋内部まで天井を照らし、4床室廊下側のベッドでの昼間照度をあげています。ベッド毎の吹き出し口の向きを変えられ、個別に入り切り可能な個別循環空調については、夏季は扇風機のように涼感を得られ、冬季は暖気の循環をよくして底冷えを防ぐことができます。
眼科三宅病院では照明効果について基本設計段階でシミュレーションを行い、照度やサインの認識、照明による人物のシルエットを確認して竣工時の効果を確認しています。
CGによる空間シミュレーション
照度シミュレーション
実現した空間
実際の空間の使われ方や人の動きをモニタリングして問題点や改善点を把握することや、計画している施設の使われ方をシミュレーションして妥当性を検証することが重要です。モニタリングすることによって根拠のあるシミュレーションが可能となる上、目に見えにくい使われ方を「見える化」することで関係者の合意形成も促進されます。
行動モニタリング技術
既存施設、あるいは類似空間において鹿島の保有するレーザーセンサーを用いて実際の人の行動を正確にモニタリングすることができます。その結果を分析することで実際の空間の使われ方が「見える化」し、課題が明確になると同時に、事前に課題を具体的に解決します。
シミュレーション例
新しい施設計画に反映するために。既存施設の使われ方を「見える化」して課題を抽出しました。
既存病院1階
既存病院2階
行動シミュレーション技術
新しい計画施設の使われ方を「見える化」することで具体的なスペースの調整や運用方法について事前に検討ができます。行動モニタリング技術により得られたデータを活用することで具体的かつ根拠のあるシミュレーションとして配置計画や動線計画の妥当性を検証しながら計画をすすめます。
透析専門病院のシミュレーション例
1フロア150床の透析室を計画するにあたって、入院患者用30床を検証対象外とし、対象となる120人の患者さんの入退室のシミュレーションを行いました。待合や更衣室の規模と動線計画の検証と合わせて、どのように患者さんをグループ分けして入退室スケジュールを組んだら良いかを具体的に検証することで、運用後に想定されるリスクを軽減します。透析室の入退室や待合、更衣室が患者さんの集中・混雑によって問題が起きないようにするために予め計画平面上で患者さんの行動をシミュレーションしました。検証の結果右の動画のように患者さんを1グループ40人の3グループに分けて透析開始時刻を30分ずつ遅らせることでスムーズに透析室へ入室できることが確認できます。
火災時の避難経路や避難距離、防火区画に関しては、建築基準法で定められています。しかしながら、この規定は健常者を想定したものであるため、病院を利用する患者さんや高齢者などの歩行困難者に対しては決して安全であるとは言えません。
特に病棟では、水平区画(同じフロアを耐火壁や防火扉で区画する)により一時避難エリアを形成することが有効です。また、近年正式に認められた避難用エレベーターを併用することで更なる安全性を確保することが重要と考えています。