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医療・福祉施設

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授 博士(工学)、一級建築士 松田雄二先生

ユニバーサルデザイン(以下UD)とバリアフリーは何が違うのか?
医療施設にUDを展開する上で、もっとも留意すべきポイントとは?
UDと医療に関するいろいろな疑問について、東京大学大学院でUD研究に取り組む松田雄二准教授に伺いました。

大切なのは、設計段階からバリアをなくすこと

そもそもUDとは何なのでしょう。バリアフリーとは違うのでしょうか?

UDとバリアフリーは似て非なる概念です。日本では1990年代から交通や建築関係の法律が整備され、一定規模以上の駅や公共施設を新築(または大幅改修)する際には、段差などをなくしてバリアフリー化することが義務付けられました。

こうした流れは歓迎すべきことですが、しかし、そもそもなぜバリアが存在するかといえば、建物や道路などが社会のマジョリティである「普通の」ユーザだけしか想定していない計画になっているからです。東洋大学の川内美彦教授はこの状況を批判し、最初から誰にとっても使いやすいUDを志向すべきだと提唱しました。

これがバリアフリーとUDの違いです。端的には、バリアフリーが「後からバリアをなくすこと」であるのに対して、UDは「はじめから誰もが排除されない環境をつくること」と言うことができます。

「最初からすべての人に配慮した計画を行う」ことが、UDを考える際のもっとも基本的な発想に他なりません。それに、後からバリアフリー工事を行うくらいなら、最初からUD化した方がずっと効率的です。また、UDによってユーザが自律的に判断し、移動できるようになれば、施設側の負担も軽減されます。今後は、ますますUDへの注目が高まっていくでしょう。

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当事者参加は「勉強」の場。議論を通じて、設計者も当事者も成長する。

UDを展開する上で、有効な手法はありますか?

障がい者や高齢者など、当事者の参加が非常に効果的です。設計段階で当事者の意見や要望を聞くのはもちろん、竣工後も実際の使い勝手を評価してもらい、その知見を次へとつなげていく――。この当事者参加とスパイラルアップこそ、建築におけるUDの最重要ポイントと言っていいでしょう。

松田先生が関わったプロジェクトのなかで、当事者参加やスパイラルアップが
重視されていたものはありましたか?

はい、私は2008年から2010年まで、羽田空港国際線旅客ターミナルビルのUD計画に関わりましたが、ここでは当事者参加とスパイラルアップの実現が強く意識されました。そのため、まず行ったことが2004年竣工の中部国際空港のセントレアの見学です。

セントレアは、日本における当事者参加型プロジェクトの先駆けとなった空港です。羽田空港国際線旅客ターミナルビルの建設時には、セントレアでの経験を活かしつつ、さらなるスパイラルアップを図りました。ちなみに、この2つの空港はどちらも鹿島さんが施工を手掛けられていますね。

具体的には、約3年間にわたって毎週、当事者参加のワークショップを実施しました。それも、会議室の中で話し合うだけでなく、施工が行われている現場も見てもらいながら、身体、聴覚、視覚に障害を持つ当事者の意見を聞き、それぞれのニーズを徹底的に洗い出していきました。

当事者の皆さんは、当然建設についての専門家ではありません。そのため、設計者や施工者の立場からは「非常識的」なご意見も少なからず聞かれます。しかし、それでもいいのです。こうしたワークショップは、いわば設計者と当事者の双方が勉強するための場なのです。設計者は当事者のニーズを学び、当事者も設計側への理解を深めていく。そうやって風通しをよくして情報交換を行うことで、最終的によいものができあがるのだと思います。

小規模病院こそアクセシビリティが求められる時代になってきた

現在、もっともUDの視点が求められているのはどのような場所ですか?

実は、UDを本当に必要としているのは小規模な施設だと考えています。空港のような大規模施設には大勢のスタッフがいるので、困っている人がいても人的支援で対応できますが、ギリギリの人数で運営している施設では、なかなか人的支援に人手を割くことはできません。だからこそ環境のUD化を進め、利用者が困る場面を減らす必要があるのです。

中でもUD化が急がれるのは、小規模な医療施設です。大病院における初診料の自費負担を大きくしたことに代表されるように、現在、医療提供に関する体制全体が見直され、地域における小規模病院の役割がますます大きくなりつつあります。ですから「小さい病院は、大病院よりも行きやすい」と思ってもらわねばならないのですが、現状は逆で、小規模病院ほどアクセスが悪く、バリアも多い状況です。医療と介護をシームレスに提供することを目指す地域包括ケアを実現するためにも、早急に対応が必要な部分です。

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では、医療施設で当事者参加を実施する際は、どんなことに留意すべきでしょうか?

医療関係者でも、患者のことを知っているようで気づきにくいことがよくあります。たとえば足の悪い患者は、当然ながら椅子に座って順番を待ちたいと考えます。そこまでは想像できても、いつ呼ばれるのか分からず、心配でトイレを我慢して待っていることや、帰る際に呼んだタクシーがいつ来るかわからないから、ずっと寒い窓際で立って待っていることまでは思い至らないかもしれません。

医師は病状については知っていても、待合室での様子まではわからない。受付スタッフは窓際に立つ患者の姿を見ていても、足が悪いことを知らなければ問題意識を持ちえない。そのような、院内に分散されている状況や知識を持ち寄りつつ、そこに当事者にも加わってUDを検討する。そうすることで、患者が必要とするアメニティのあり方がより明確に見えてくるのです。

設計者がUDに精通していることも大切なポイント

空港のようなナショナルプロジェクトとは違い、小規模施設では予算も限られています。
何かよいアイデアはないでしょうか?

たとえば東京都のある区では、3000平米ほどの障害者相談施設を建設するにあたり、当事者を招いてモックアップ検証を実施しました。といっても、会場はふつうの会議室。その床にテープを貼ってトイレの広さと扉の位置を示し、便器は椅子で代用、壁には手すりやリモコンの形のプリントアウトしたものを貼りつけ、車いす利用者でもきちんと使えるか確かめました。エレベータは、業者さんから借りた押しボタンの部品を壁に掛けて、ボタンの高さや視認性を確認しました。いかにも手作り感あふれる情景ですが、それで十分に事足りました。要は工夫次第ということです。

「当事者参加をやる予算も時間もない!」というときは――実際に実務の場面ではよくあることなのですが――、設計者の知見が頼みになります。過去に当事者参加型のUDを経験している設計者なら、当事者がどんなことを望んでいるのか、誰にとっても使いやすい建物とはどういうものかなど、さまざまな知識やノウハウが蓄積されているはずですから、相談に乗ってもらうといいでしょう。そもそも、これまでの話と矛盾するようですが、設計のたびに当事者参加をするというのもおかしな話です。当事者の負担もありますし、本来的には当事者のニーズをきちんと設計者が知っているべきです。2020年にはオリンピック・パラリンピック競技大会もあることですし、そろそろ設計者は本気で勉強するべきです。

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誰もが参加できる社会を実現するために

松田先生の現在のご研究についても教えていただけますか。

現在主に取り組んでいる研究テーマは、大きく二つあります。一つはロービジョンの方が歩く際に利用する、視覚情報に関することです。アイマークレコーダという、人が見ている場所を記録できる装置を装着したロービジョンの方にいろいろな場所を歩いてもらうことで、何を見て、何を見ていないかを調査しています。どのような障害物が視認しにくいのか、どのようなサインや目印ならば目に留まるかなどを明らかにして、UDに活かすことが目的です。
もう一つのテーマは、重度の身体・知的の重複障害を持った方の地域居住に関することです。例えば「座位が取れない人が自宅で介助者を伴い入浴するには、浴室・脱衣室にどれくらいの広さが必要なのか」といったことを調べています。

このほか、オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたアクセシビリティ協議会の作業部会メンバーとして、航空輸送におけるアクセシビリティ改善もお手伝いさせて頂いております。

最後に、UDに関わる設計者や施工者への要望があれば、
ぜひお聞かせください。

UDというと、なんらかの制約条件と感じてしまうかも知れません。確かに、バリアフリー法や福祉のまちづくり条例、その他ガイドラインなど、「しなければならない」ことが増えるように思われるかもしれません。でも、そこで少し想像して頂きたいのです。世界は、いわゆる「普通」のひとたちだけでは無く、多様な特性を持った人たちによってもできていることを。

皆さんが関わられている仕事にUDの視点を取り入れることで、より多様な、そしてより多くの人々が使える建物になるのです。それは、なにかを狭めることでは無く、むしろ世界をより豊かで多様な場所にしてゆく営み以外の、なにものでもありません。UDとは、皆さんの作られている建物を制限するものでは無く、むしろより豊かなものにする発想だと言うことを、是非感じて頂きたいと思っています。

INTERVIEW

井上眼科病院 井上賢治 理事長

眼科三宅病院 三宅謙作 理事長

東京大学 松田雄二 准教授

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